METI解体新書

創薬スタートアップを応援!日本を再び創薬大国へ

庄 剛矢:経済産業省 商務・サービスG 生物化学産業課。創薬スタートアップ支援や経済安全保障に関する業務を担当。

【生物化学産業課】に聞く、創薬大国への道すじとは?経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している政策について、現場の中堅・若手職員が説明する「METI解体新書」。今回は、生物化学産業課、通称「バイオ課」で創薬スタートアップの支援を担当する庄 剛矢さんに話を聞きました。

創薬スタートアップ、なぜ大事?きっかけはパンデミック

―――庄さんの部署ではどんな政策を行っていますか?

生物化学産業課(以下、バイオ課)は、バイオ産業の振興を担当しています。生物の能力や性質を利用したバイオテクノロジーのプロセスで作っているものは、どれもバイオ産業です。バイオプラスチックやバイオ燃料、人工肉もそうですし、現在では創薬もバイオプロセスが主流です。私が担当している政策の一つに、創薬スタートアップの支援があります。

―――創薬スタートアップはなぜ大事なのでしょうか?

私が着任した2021年は、新型コロナウイルス感染症で「まん防」だ、「緊急事態宣言」だといわれていた時期でした。当時、政府一丸となって様々な対応をしていたわけですが、同時に将来への備えに向けた議論も始まっていました。バイオ課に課せられたお題は、次なる感染症の流行に備え、日本国内でワクチンを作れるようにすること。日本でも、モデルナ製やファイザー製のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンを使いましたよね。このmRNAワクチンの開発に成功したのは、実は海外のスタートアップでした。モデルナは2010年にアメリカで設立されたスタートアップですし、ファイザーはドイツの「BioNTech」というスタートアップの技術を用いて共同開発により実用化しました。世界を見渡すと、新しい医薬品を開発する主体は、どんどんスタートアップになっているんです。創薬全体の売上でみると、6割以上は大手の製薬企業ですが、開発品目のシェアは8割がスタートアップというデータもあります。それだけ、スタートアップの存在が大事になっています。

一般の医薬品市場でも、売上高では大手製薬企業が64%を占める一方、創薬開発品目数ではベンチャーが80%を占めており、ワクチンに限らず、世界的にベンチャーが創薬開発の担い手となっている 
(出所)IQVIA社資料を基に経済産業省作成

新しい技術のシーズを開発して実用化するのはスタートアップの得意分野です。大手製薬企業は薬を売る販路を持っていますので、スタートアップに投資して最終的にM&Aを行うケースも増えています。

これはあまり知られていない事実かもしれませんが、新薬を生み出せる国は世界でもそう多くありません。日本は数少ない新薬創出国の一つですし、まだまだ上位に食い込んでいます。しかしながら、ワクチンが象徴的な事例ですが、アメリカが圧倒的なのです。日本の創薬力をさらに強化していくためにも、創薬スタートアップの振興をしていく必要があると考えています。

海外市場を狙う重要性 必要なのは資金と人材ネットワーク

―――なぜ海外市場に注目しているのですか?

大前提として、日本に住む人たちに薬が届くことが重要だと考えています。一方で、薬の市場は、社会保障制度とのリンクもあり、他の産業と比べて特殊な面があります。日本だと国民皆保険制度があるので、薬をもらう時の消費者の負担が軽いですよね。制度の財源は健康保険料や税金で、薬の価格は薬価という制度で国が決めます。全ての国民に薬へのアクセスを保証する素晴らしい制度ですが、製薬企業からみると、薬の値段を自ら決めることができないという側面があります。例えばアメリカには、日本のような制度がありません。大きく稼げるビジネスモデルを作るためには日本の市場は大切にしながら、世界の市場も見ることが大事になってくると思います。

―――どこの市場に注目しているのでしょうか?

開発している薬の対象疾患領域や、各企業の戦略によっても異なると思います。ただ、市場の大きさという観点では、やはりアメリカですね。世界の医薬品市場は約200兆円ありますが、およそ40%はアメリカです。日本の市場が約10兆円であることを考えれば、その大きさが良く分かると思います。アメリカでは製薬企業が価格を決められるので、高い価格で新薬の市場販売が開始されやすく、革新的な新薬はアメリカから上市される傾向があります。今、多くの製薬企業はアメリカに投資を集中させているのです。欧州や中国ももちろん大きな市場ですが、各国の社会保障制度の違いや投資環境など、ビジネス上の難しさもあると聞いています。ただ、アメリカも薬の価格が高くなりすぎたため、「インフレ抑制法」という法律で、連邦政府が公的医療保険について製薬企業と薬の価格交渉ができるようになるという動きもあります。状況は揺れているので、よく時流を見る必要があります。

―――創薬スタートアップの成功事例を作るにはどうしたらよいですか?

実際は、言うは易しで、「アメリカ市場を狙おう」と言ったからといって、すぐに実現するわけではありません。資金と人材ネットワークが必要です。

アメリカでの治験は、日本の数倍のお金がかかります。FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認にも現地でのコンサル費用や様々な外注費がかかる。日本でビジネスをするだけでもお金が足りないのに、アメリカに行く資金をどう工面するのか、というのが大きな課題でした。その資金を、今回、予算事業(創薬ベンチャーエコシステム強化事業(創薬ベンチャー公募))で支援できるようにしました。日本に登記されているスタートアップであれば、アメリカで治験をする費用にも使っていただけるのが特徴です。

※創薬に特化したハンズオンによる事業化サポートを行うベンチャーキャピタル(VC)を認定し、その認定VCによる出資を要件として、創薬ベンチャーが実施する実用化開発を投資金額に対して2倍の補助金で支援。特に、日本に加えて海外市場での事業化を行う計画について積極的に支援する。詳細は末尾のリンク先を参照。

もう一つは人材です。資金があっても、ノウハウをもつ人材が少ないという課題があります。「人材」にも色々あって、技術者はやはり大事ですが、経営がわかる人材も大事で、それがなかなか足りていないのが実情です。一番てっとり早いのは、海外で成功している方にメンタリングしてもらうことではないでしょうか。今回の事業では、創薬スタートアップに投資する認定ベンチャーキャピタル(以下、認定VC)に国境の制限を課していません。国内のVCも頑張ってくれていますし、アメリカの認定VCも入ったので、裾野を広げることができれば近道になります。

認定VCは現状17社ありますが、VCが出資するということは、資金のコミットをして株式を取得し、スタートアップの経営にも関わるということです。本気で事業を成功させるインセンティブがあるため、単純に国が補助金だけ出すより効果が高いと考えています。

補助金だけでは解決できない。きっかけ、モメンタムを作る

―――今年6月に、ボストンでバイオ分野の日本の取り組みをPRする初のイベントを実施したそうですね

予算を配るだけでなく、成果につなげるために様々なトライアルをしています。

ボストンで実施した「Japan Innovation Night」はそのひとつです。バイオ分野の世界最大級のビジネスマッチングイベントの開催に合わせて、日本の政策やスタートアップをはじめとする産業界の取り組みをPRするイベントを企画し、JETROや、ボストンのCIC Cambridgeなどの協力を得て開催しました。でも、ただイベントをやるだけではモメンタム(勢い、流れ、弾みなどの意味)にはつながりません。

そこで、アメリカ政府と調整し、5月に開催された西村経済産業大臣とレモンド米国商務長官の、第2回日米商務・産業パートナーシップ閣僚会合の共同声明の中で、「Japan Innovation Nightといった両国におけるイノベーション・エコシステム間の交流を更に促進」し、「両国の創薬スタートアップ間の連携を促進するために協働する」というコミットメントを、イベントに先駆けて共有しました。アメリカ政府もスタートアップで日本と協力したいとの意向があり合意に結びついたのですが、政府の協力を得ることで産業界にも訴求していくと考えています。

レモンド米国商務長官と西村経済産業大臣(第2回日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)閣僚会合)

―――現地の反応はどうでしたか?

イベントには想定を超える750名の参加がありました。日本からはスタートアップ11社が参加してプレゼンを行いましたが、立ち見の方も多く、会場は入りきれないくらいの人で溢れていました。より強いメッセージを発信するため、事前に官邸と調整し、当日は岸田総理から、「世界全体が高齢化していく時代にあって、日本こそ、その先駆け」「日本のスタートアップに、70億ドルを超える予算を投じる」「今こそ、日本の創薬スタートアップに投資する時」という内容のビデオメッセージもいただきました。

実際に、イベント参加者から連絡が来ていて、次につながる手応えは感じています。単発で終わらせるのではなく、創薬スタートアップ支援の効果を最大化する施策の一環として、今後も継続的にやっていきたいと思います。

Japan Innovation Night の岸田総理ビデオメッセージ

―――これからの展望を教えてください!

イベントの前後に、ボストンの関係者と意見交換しましたが、若い人に活気があり、大手の製薬企業やVCが投資をする良い好循環が起きていると感じました。もちろん、素晴らしい技術がMITやハーバードにあることも大きいですが、MITの教授は「ボストンは10年前、20年前はこうではなかった。ここ数年ですごく盛り上がっている」とおっしゃっていました。私も学生時代、2013年にボストンで行われたバイオ分野の大会に参加したことがあるのですが、10年間で街の雰囲気はすっかり変わったと思います。大手製薬企業のオフィスがずらりと並んでいて、スタートアップと連携しようという姿勢が一目で分かります。

ボストンの変化が、ここ数年ないし10年と思うと、今後10年で日本でもできないことはないと思っています。その中核となる技術は、日本の大学にも眠っています。1つ、2つの成功事例が次の投資や良い循環につながるので、そのきっかけを作るお手伝いをしていければと考えています。10年後には、国の予算がなくても自然に回っていく世界になっていると良いですね。

経済産業省の剣道部で大会に出る庄さん。もともとバイオが専門で、「思い入れのある分野で、アイディアが形になることはやりがい。現場の皆様の役に立てるよう頑張りたい。」と話してくれました。

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激戦バイオ~新たな産業革命~ | 経済産業省 METI Journal ONLINE
バイオ政策 (METI/経済産業省)