世界で戦う。宇宙スタートアップ第一人者が堅く守る起業の鉄則
アストロスケールホールディングス。まだ耳慣れない人も多い、創業からわずか9年のスタートアップが、全世界から最も注目される日本企業の1つになっている。人類が人工衛星を安全に利用し続けていくために不可欠でありながら、手つかずとなっていた宇宙ごみ(スペースデブリ)の除去という課題に、技術的な答えを出しつつあるからだ。
米タイムズ誌の「2022年世界で最も影響力のある100 社」に選ばれたのに続き、政府が今年設けたロールモデルとなる起業家を表彰する「日本スタートアップ大賞」に輝いた。
日本からスタートアップを発展させるために何が必要かを考える今回の企画。その第1弾として、アストロスケールホールディングス創業者兼CEOの岡田光信氏に語ってもらった。
宇宙を持続的利用可能にする”ロードサービス”の提供が目標
地球の周回軌道上には、ロケットや人工衛星の残骸など10cm以上の物体だけでも3万6500個ぐらいあります。秒速8km、つまり約90分で地球を1周する猛烈なスピートで動いています。こうした宇宙ごみが運用している衛星と衝突することが懸念されています。実際にニアミスは膨大に増えています。
現代の地球上の生活は、宇宙の利用なしでは成り立ちません。安全保障はもちろん、交通や物流、放送、通信、災害監視、金融、IT、あるいは農業、漁業も、衛星を使っています。このまま放っておくと、宇宙は持続的に利用できなくなり、70年以上前の時代に戻らざるを得なくなってしまいます。
アストロスケールのお客さまは、各国政府や宇宙機関、民間の衛星運用者などです。大量の衛星を打ち上げる企業からは、新しい衛星を送る際に古い衛星が邪魔にならないようにするための開発費をいただいています。すでにある宇宙ゴミを除去する場合のお客さまは、政府です。JAXA (宇宙航空研究開発機構)からも受注しています。衛星の寿命延長、故障機や物体の点検・観測のサービスなども開発を行っています。
宇宙空間で技術を実証できている会社は、他に米国に1社あるだけです。それも5年分ぐらいはアストロスケールが先行していると思います。SDGsの期限である2030年までに、「宇宙のロードサービス」とも呼べる軌道上サービスを当たり前のものにすることを目標に掲げています。そして、長期的な宇宙の持続可能性「スペースサステナビリティ」を実現していきます。
毛利衛さんのメッセージに再会し発奮。中高年こそ起業すべき
大学は農学部で遺伝学を専攻しましたが、4年生の1月に阪神・淡路大震災がありました。すでに決まっていた大学院にいったんは進学したものの、政策の重要性を震災で痛感したこともあり、国家公務員試験を受け、1997年に旧大蔵省に入りました。
幸いにして得た米国留学の機会で、目の当たりにしたのがドットコムブームです。起業というと特別な人がするというイメージでしたが、普通の人が相次いで起業していました。当時日本はすでに「失われた10年」と言われていただけに、米国経済のダイナミクスを実感しました。私も民間で戦おうと決意し、米国から退職届を送り届けました。留学費用は国にお返ししています。
コンサルティング会社を経て、IT業界で起業を経験しました。しかし、40代を目前にしてこれからどう過ごそうか悩んでいたのです。そのときに、高校時代に参加した米航空宇宙局(NASA)のスペースキャンプで、宇宙飛行士の毛利衛さんからいただいた直筆のメッセージをたまたま見つけたのです。「宇宙は君達の活躍するところ」と書かれていました。
自分のやりたいことは宇宙かもしれないと思い、宇宙に関する学会に参加しました。そして宇宙ごみ問題がホットトピックということを知り、専門の学会に参加。そこで、宇宙ごみの問題に誰も解決策を持っていないことを知り、10日後にアストロスケールを創業したのです。
回りからは「市場なんてないよ」と言われましたが、逆に可能性を感じました。市場がないということは競合がいないということです。IT業界ではいつも数十社と競争して疲弊していましたし、何よりも誰かがやらなければいけないことなのは明らかだったからです。家族には小さい子どもがいて不安もありましたが、ワクワクする気持ちの方が強かったです。
日本には起業は20歳代、30歳代がやるものだという、変な誤解があると思います。むしろ40代、50代、60代こそやるべきです。「GAP」のドナルド・フィッシャーは41歳で創業していますし、IBMのチャールズ・フリントは61歳でした。日本でも本田宗一郎がホンダを創業したのは42歳ですよ。
初めからグローバルを目指せ。ビジネスはすべて英語が必須
起業で最初に苦労したのが、仲間づくりです。学会で発表されていた論文のうち数百本を読み、300本くらいは精読して完全に理解しました。宇宙ごみを除去するため仮説を自分なりに作り、論文に書いてあったアドレスが書いてある著者にメールを次々と送りました。1年半の間で3回世界各地を周り、研究者に会いに行っている間に、いろいろと教えをいただいたり、開発を手伝ってくれたりするようになりました。
お客さまや国、地方自治体、宇宙機関、サプライヤー、メディア、投資家、それに一般市民の方々、すべてが私たちを育ててくれるエコシステムです。その中で信用を積み上げていくしかないです。信用ができれば、お金が集まり、人も集まり、良い製品が作れて、それが新たな信用を生みます。信用を失うのも、一瞬であることを忘れてはなりません。
これだけグローバルにつながった世の中で、スタートアップはどんな業種だろうと、最初からグローバルを目指さないといけません。日本で成功してから海外という考えはやめるべきです。日本は世界市場の数パーセントしかありませんし、いろんな国の人と事業をやることで考え方も磨かれるからです。
日本のスタートアップには、投資金額が少ないという指摘もありますが、それは日本だけでプレーしているからです。グローバルでプレーをすればよいだけだと考えます。
口酸っぱく言っておきたいことは、ビジネスでは徹頭徹尾、英語を使うことです。インプットもアウトプットも普段から英語です。日本語では情報が入ってこなければ、発信もできません。
「日本スタートアップ大賞」を受賞できたことは、とても誇りに思います。スタートアップは、従来のウェブやIT関連から裾野が広がっている中で、宇宙業界から選ばれたことに大きな意味を感じます。非常に技術的にも難しく、お金も時間もかかりますがディープテックにチャレンジしている方にとっても、良い刺激になると思います。
岡田光信(おかだ・みつのぶ)
1973年生まれ。東京大学農学部卒業。旧大蔵省(財務省)主計局勤務を経て、米国パデュー大学クラナートMBA 修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルティングに従事した後、携帯電話の通信インフラ・サービスを手掛けるSUGAOを設立するなどIT業界を中心に活躍した。アストロスケールは2013年に創業。2021年から2022年にかけ、衛星「ELSA-d」を打ち上げ、軌道上で宇宙ごみの捕獲・除去に必要なコア技術の実証に成功した。現在、日本、米国、イギリス、イスラエル、シンガポールに拠点を構え、従業員は約300人。累計334億円の資金を調達している。