「LINE Pay」元開発者らの挑戦。認知症でも買い物を楽しめる社会基盤を
世界一の「長寿大国」である日本。そのもう一つの側面といえる認知症の人の数は年々増加し、2025年には国内で約700万人に上ると予測される。「65歳以上の5人に1人が認知症になる」計算だ。認知症の人でも暮らしやすい社会システムの構築が急務となる中、認知症の人の日常生活をサポートする新たな商品やサービスが注目されている。
認知症になっても安心して買い物を楽しめるよう、認知症の人との対話からヒントを得てお金の使い過ぎなどを防止する決済サービスを開発したのが、スタートアップの「KAERU(カエル)」(本社・東京都中央区)だ。
カードとアプリで買い過ぎ・買い忘れを防止
決済サービスは、スマートフォンのアプリとプリペイドカードを組み合わせて使う。買い物の際の決済は、カードで行うが、1日に使える金額をスマートフォンのアプリで設定することができ、使い過ぎを防止する。
KAERUが目指すのは、「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中」だ。決済サービスは、専用口座に必要な金額を振り込み、カードに「チャージ」して利用できる。コンビニエンスストアやスーパー、ドラッグストアなど利用可能な店舗で使うことができる。
専用アプリは、買い忘れをなくすために、買い物リストが分かるメモ機能を搭載し、買ったものを写真撮影し、重複して買うことを防ぐ機能も持っている。認知症の人や家族ら周囲が買い物の際に不安を感じているお金の使い過ぎをはじめ、買い忘れ、同じモノを買ってしまう多重買い、支払いやおつりの計算が難しいといった点を気にせずに自身で決済できるようにしている。家族らが操作を代理して必要な金額をチャージし、カードは認知症の人が使うといったことも可能で、決済をすると家族らに通知が届くことで見守り機能も持たせている。
KAERUは、岡田知拓CEOと福田勝彦COOが2020年10月に設立した。2人は決済サービス企業で一緒に働いた後、岡田CEOはLINEでスマホ決済の「LINE (ライン)Pay(ペイ)」の立ち上げ、福田COOはメルカリで決済サービス「メルペイ」の事業に関わるなどして合流した。2人が決済を中心としたフィンテックの事業開発の経験を生かそうと、たどり着いたのが「キャッシュレス」と「認知症」を組み合わせたサービスだった。
「ITの支えで便利に暮らせる」。200人に話を聞き確信
岡田CEOと福田COOは、これまでに認知症の人や家族、介護、医療専門職ら約200人に困りごとなどを聞いたという。起業間もない2020年末には、若年性認知症になりながら写真家として撮影した写真をSNSにアップしている男性の存在を知り、直接、メッセージを送ったこともある。2021年1月に面会に応じてもらい、男性がいろいろな工夫をしながら暮らす様子を間近で見ることができた。
認知機能は低下するが、スマートフォンのメモやスケジュール機能、位置情報などITやデジタル関連の新たなサービスを使いこなすことで、生活を充実させていた。福田COOは、このような人たちが今後、確実に増えていくと感じたという。「ITやデジタル技術を駆使したサービスなど、適切なサポートによって認知症になっても便利に暮らしていける」。福田COOにとって認知症に対するイメージが変わった瞬間だった。
決済サービスを開発したのは、認知症になってもやりたいことができている人がいる一方で、認知症のために家族から買い物を禁止されている人が少なくない点に気づいたためだ。「孫が遊びに来た時に玩具を買ってあげたい」。自分で決済ができない人の切実な思いを聞いて何とかしたいと考えた。買い物は人間の尊厳を体現している。お金を自分の好きなモノに使えるという自由がある。高齢になっても安心してお金を使える環境、認知機能が低下してもお金を使える社会基盤をつくることの意義と必要性を実感したという。
高齢化が進むからこそ、日本は世界に先んじられる
2019年6月に閣議決定された「認知症施策推進大綱」は、「認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会」を目指している。認知症の人の暮らしを支えるために住み慣れた地域で暮らし続けることができる「共生」に重点を置いており、その中で認知症の人が買い物しやすい環境の整備を掲げる。
認知症と診断されたからといって急に何もできなくなるわけではない。認知症になっても自分らしく暮らせる社会の実現が重要だ。全国各地の商業施設で認知症の人が買い物をしやすいサービスが広がっている。
岩手・宮城県内にスーパーを展開するマイヤは、認知症の人が自分のペースで買い物を楽しめる「スローショッピング」に取り組んでいる。2019年7月にスタートしたマイヤ滝沢店は、毎週木曜日の午後に「スローショッピング」の時間帯を設けている。家族のほかにも、「パートナー」として一緒に買い物をするボランティアもいる。他にも認知症の人にとって買い物という行為が生活に好循環をもたらすことに着目し、買い物支援サービスの充実を図る企業や自治体も少なくない。
認知症のリスク因子には、加齢などがあげられる。2022年の高齢者の総人口に占める割合は、日本は29.1%と過去最高を更新した。この数字は世界で最も高く、日本に次いでイタリア(24.1%)、フィンランド(23.3%)が続く。福田COOは「日本は高齢者の割合が高いからこそ工夫や努力がしやすく、世界に先んじてイノベーションを起こせる」とみる。今後、認知症の人を支える家族らへのサービスの充実をはじめ移動手段等の支援にも着目する。
福田COOは「現在、起業の際に社会課題にチャレンジしたいと考える人が多い。今後、自分たちの強みを生かしたいと認知症関連の市場の参入者が増えるのではないか。我々も一番やりがいがあると感じて参入した」という。と同時に「何歳になっても自分らしく生きることができるようにすることがこれからの社会に必要。高齢の方々の可能性が広がるように貢献していきたい」と新たなサービスの構築を見据える。