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「デジタル通貨」 日本発の技術で世界制覇を目指す

ソラミツ代表取締役社長 宮沢和正さん

 

ADX ソラミツ 宮沢和正社長

世界で中央銀行による法定通貨をデジタル化する「デジタル通貨」(CBDC)の発行に向けた動きが活発化している。CBDC活用の先駆けとなったカンボジアの「バコン」の発行を技術面で支えたのが日本のスタートアップ、ソラミツ(本社・東京都渋谷区)だ。同社代表取締役社長の宮沢和正さんは、ソニー出身でソニー時代から日本発の技術による電子決済サービスの世界制覇を目指して挑戦を続けてきた。宮沢和正さんにソラミツでの事業にかける思いを語っていただいた。

――― カンボジアで使われているバコン誕生の経緯を教えてください。

「カンボジア国立銀行です。デジタル通貨発行をサポートしてほしい」。2016年12月、カンボジアの中央銀行であるカンボジア国立銀行からSNSでメッセージが入りました。その後のやりとりで、当社のブロックチェーン(分散型台帳技術)のサービスに真剣に興味があることがわかり、カンボジアに渡りました。カンボジア国立銀行では、海外留学経験があり、局長クラスのポジションを占める30代、40代が中心となってプロジェクトを進めていました。「カンボジアで新しい決済システムをつくりたい」という熱い思いが伝わってきました。2017年4月に正式に事業者として選ばれ、共同で開発を始めました。きめ細かなサポート体制と長きにわたる付き合いを大切にする日本のメンタリティーへの信頼もあったようです。

――― バコンを使うとどのようなことができるのでしょうか。

バコンはスマートフォンのアプリを使用し、個人や法人間での送金、店頭などでの支払いに利用できます。2019年7月にシステムが完成し、2020年10月に本格運用が始まりました。カンボジアのリエルと米ドルの取引が可能で、現在までの約2年間で個人のユーザー数が当初比10倍の44万5000人、銀行間の取引にも多く使われておりユーザー数は延べ1090万人となりました。少額の個人向け決済から大手法人向け決済まで一貫してブロックチェーンで処理しています。リアルタイムで決済可能で手数料もかかりません。

現在の金融システムでは、例えば、コンビニから決済事業者まで、銀行やクレジット会社、中央銀行など5から6くらいのシステムを経ないと決済が成立しません。バコンはブロックチェーンを活用することで決済のチェ―ンを短縮でき、実質、店舗での商品やサービスの購入代金が加盟店の銀行口座にダイレクトに入金できます。

――― ソニー時代から長い間、電子マネーを使った決済事業に取り組まれています。ソラミツに経営陣として参加したきっかけは?

2016年4月、経済産業省の先端技術の研究会で、設立されたばかりのソラミツを紹介されました。自分たちで独自のデジタルマネーをつくろうとしていて、それを支えるソラミツ独自のブロックチェーンの技術にひかれました。自分の得意領域である金融にかかわる分野であり、創業者で当時、共同CEOだった岡田隆と武宮誠の2人の熱意と世界標準を取るために独自技術をオープンソースとする戦略に心が動きました。「世界で流通するデジタルマネーになるかもしれない」という期待にワクワクしました。

※世界標準を取るために世界中のエンジニアが無償で利用することができるオープン戦略を選んでいる。ソラミツは、企業や金融機関によるデジタル資産管理などに使われるオープンソースのコンソーシアム型ブロックチェ―ン・プラットフォーム「ハイパーレンジャーいろは」の元々の開発者。

「ソラミツの技術は世界で流通するデジタルマネーをつくることができると感じた」と語る宮沢和正・ソラミツ社長

ソニー時代に手がけた電子マネー「EDy(エディ)」で味わった悔しさも背中を押しました。ソニーには、エディで使われている非接触IC技術「フェリカ」があり、全世界で使える電子マネーに発展できると考えていました。しかし、フェリカが当初の国際標準化に失敗し、ICカードの国際標準規格に入ることができなかったことが影響し、日本以外に展開できませんでした。「ソニーの技術はすぐれているが国際標準ではない」と海外各地で言われたことが今も教訓になっています。

――― ソラミツのCBDC事業は、経済産業省の「質の高いインフラ及びエネルギーインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業」に採択されました。

ラオスでは、JICA(国際協力機構)の支援を受けて2023年初めにカンボジアの仕組みを使った実証実験を行います。ベトナム、フィジー、フィリピンなどでCBDCの導入に向けた潜在ニーズなどの調査を行います。ブロックチェーンを活用した決済の取り組みでは、新興国は、銀行口座を保有していない国民も多いのですが、そうした人たちも含めて誰でも金融サービスを利用できるインクルーシブな「金融包摂」に対するニーズが高いと感じています。

世界は技術の変革期 成功するまでやめない

――― 今後の事業展開を考えるうえで、大切している視点を聞かせてください。

カンボジアを訪ねた時、カンボジア国立銀行の人が「カンボジアは、貧しいけれどもなんとかこの国を良くしたい」と話していました。バコンの導入で農村部など銀行口座を持っていなかった人々もオンラインで口座を開設できるようになりました。金融包摂を通じた経済発展によって国民が幸せになればいいなと思っています。

今、情報通信の世界は技術の変革点にあります。「GAFA」をはじめ、これまでのSNSの普及に象徴される「Web2.0」の世界で勝負してきた企業にも変化が表れています。「Web3」と呼ばれるブロックチェーンを活用した分散型のシステムを使った新しいWebの世界が到来しています。企業でいえば、株式会社のような経営者と株主に利益が集中するのではなく、例えばクリエイターやファンが相互に情報をやり取りしながら生まれた新しい価値を分散、分配し、共有できる仕組みも生まれてくるでしょう。一部の人に富が集まる中央集権型ではなく分散型の世界が広がってほしいです。そこに日本企業が勝ち残っていけるチャンスもあります。

――― ご自身が仕事をするうえで基礎となった出来事を教えてください。

ソニー勤務時代の1990年代半ばにアメリカに渡り、シリコンバレーでパソコン「VAIO」をインテルとマイクロソフトと一緒に開発しました。ハードウェア偏重からソフトウェアやサービスへとビジネスの大きな変化を目の当たりにしました。出井伸之社長(当時)は、インターネットを使ったさまざまなビジネスが広がる世界を見通し、「ソニーとしてどのように食い込んでいくか」を常に真剣に考えていました。その後、ソラミツの顧問としてアドバイスも頂きました。

ソニーの金融事業をつくった伊庭保CFO(当時)からは人生哲学を教わりました。電子マネーの事業化に向けては「電子マネーというビジネスは難しいけれども、人材が育つなら安いよ」と数十億円規模の投資を認めてもらいました。自分自身、一度、成し遂げようと思ったことは、成功するまで止めません。途中で壁にぶち当たって戦術を変えることはあるけれども目指す頂上は変わりません。むしろ挑戦する過程で新しい技術に触れ、世の中がどう変わりつつあるのかを見ることが楽しいです。さらに、その変化の中に飛び込んで実際に携わりたくなります。日本の技術の力でこれまでにない価値を作りたいという気持ちは、ソニー入社当時も今も変わりません。

カンボジアの首都プノンペンのカンボジア国立銀行(画像=hippomyta – stock.adobe.com)

【プロフィール】
宮沢 和正(みやざわ・かずまさ)
ソラミツ代表取締役社長

1956年生まれ。東京工業大学大学院修了。1980年ソニー入社。日本での電子マネーの草分けであるEdyの立ち上げに参画。運営会社ビットワレット常務執行役員、楽天Edy執行役員を経てソラミツ入社。著書に『電子マネー革命はソニーから楽天に引き継がれた』『ソラミツ 世界初の中銀デジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』

【関連情報】
【事前周知】令和5年度「質の高いインフラ/エネルギーインフラFS事業」等の公募日程|経済産業省HP(2022年12月19日)