耳鼻咽喉科に特化したモノづくりで、医療の未来を切り拓く
東京都文京区の第一医科
大学病院や医療機器関連企業が集積する東京都文京区。同地で1953年から事業を営む第一医科は、耳鼻咽喉(いんこう)科向けに特化した医療機器メーカーだ。耳鼻咽喉科は主に耳、鼻、のど、めまいに関する症状が対象領域だが、同社はとりわけ「めまい」の領域で高度なノウハウ持つ。新しい機器の開発や医工連携にも積極的に取り組み、モノづくりを通じて医療の発展を支えている。
めまいの新たな治療法を展開
めまいの症状に悩まされる人は多い。難聴や耳鳴り、耳閉感を伴うめまいが反復して表れる「メニエール病」は特定疾患の難病の一種だが、その国内患者数は約5万人と推定されている。同社は、富山大学、河西医療電機製作所(東京都文京区)、ハイメック(富山市)、富山県新世紀産業機構と連携し、メニエール病のめまい発作を軽減するための研究や医療機器開発を実施。2012年度の経済産業省の補助金を活用して、国内初の中耳加圧装置「EFET(エフェット)」を開発した。
この装置を用いる治療法は「中耳加圧治療」と呼ばれ、メニエール病などの治療で一般的な生活改善や投薬による治療と、手術の中間に位置する。耳の中に機械で圧力をかけることでめまい発作を軽減するこの治療法は、海外では多くの国で承認され、一定の効果が確認されていた。ただ、海外製の機器は国内で未承認なうえ、治療時に鼓膜を切開する必要があり患者負担の面で課題があった。
エフェットを使った治療では、鼓膜を切開する必要がなく、在宅や職場で機器を耳にあてるだけで済む。チューブで鼓膜面に空気を送り込み、中耳腔を加圧して耳小骨連鎖に作用し、内耳に溜った余分なリンパ液を排出することで、めまいの症状を抑えられる。エフェットを使用した治療法は「非侵襲中耳加圧療法」として国内で認可を受け、同社が世に出した中耳加圧装置は2018年に薬事承認、保険収載(適用)された。
新しい医療機器は治験と薬事承認を経ることで、安全性や品質が担保される。しかし、公的医療保険の対象となるためには、安全性に加えて治療行為の経済性が様々な面から問われる。また、中小企業がもともと規格が定められていないような医療機器を1から開発し、保険収載までに至った事例は極めて少ない。
「国民・患者にとってメリットはあるのか」「病院側は適切な収益を確保できるか」「医療機器の供給に問題は無いか」。こうした要件に向き合う中で、林社長は「新しい治療法や医療機器が社会に出たというだけでなく、それ自体が『持続可能な治療モデル』とならなければ本当の意味で患者のためにはならない」(林社長)ことを改めて認識したという。林社長は「今までに存在しなかったモノに対して、安全性や有効性を証明する大変さを痛感した」と振り返るが、エフェット事業で得た経験や思想は大きな財産となっている。
患者の「しんどい」気持ちに向き合う
設計開発から保険収載まで、医療機器事業における一通りのステップを経験した第一医科。医療機器は、顧客であり医療の現場を知る医師、研究者らとの連携に加え、治療や臨床を受ける患者、それをサポートする看護師など多くの人が携わりながら世に送り出される。そして、今後は「多様な立場の人の困りごとに貢献していきたい」(林社長)とし、(健康維持や術後ケアなどを包括する)ヘルスケア領域でも貢献を目指す。
新たな取り組みとして、術後ケアに使用する嗅覚リハビリテーション器具「りすめる(Re・Smell)」を商品化した。がん治療などで喉頭(こうとう、=のどぼとけ)を摘出した患者は、呼吸の通り道が変わるため呼吸がしにくくなり、嗅覚の刺激を受け取る細胞へ匂いが届かなくなることがある。同製品は、NAIM法と呼ばれる鼻の気流を誘導するリハビリを行うための器具。舌と下あごを上下に動かし、口腔内を陰圧にすることで口から鼻に空気を送り込み、においの成分を感じられるようにする。鼻に空気を送り込むと、パイプを伝って水を入れた容器の中で水泡が立つ。嗅覚の低下を感じている人でも、匂いを嗅ぐ動作を目で確認しながらリハビリでき、少しずつ感覚を取り戻すことにつながるという。
りすめるは言語聴覚士とタッグを組み、欧州で行われていたNAIM法を日本に取り入れるため製品化した。林社長は「医療は患者を治療することが重要。だが、医療の手が届きにくいところで患者が『しんどい』と感じる場面は少なくない。治療のあとに向き合う術後ケアやリハビリなどの過程でも、モノづくりの力で患者のQOL改善に役立てれば」と思いを語る。
コロナ禍にも医工連携が機能
2020年以降の新型コロナウイルス禍は、医療界にも様々な影響を与えた。感染者数が増え続けた結果、重症患者や入院患者の受入病床は逼迫し、感染症への警戒感から通常診療に来院する患者は減少。耳鼻咽喉科の医院も影響を受け、多くのクリニックでは感染拡大が落ち着いた時期でも来院者数が例年並みの水準まで戻っていないという。
こうした状況下でも、医工連携は力を発揮した。打ち合わせをリモートに移行し、地元大学病院に加え、各地の医療関係者やモノづくり企業などと情報交換を実施。診療時の感染症対策に寄与する医療器具の開発・供給にもつながった。新型コロナウイルス感染症の影響は、依然先行き不透明で、医療界もメーカーも正念場が続く。第一医科が長年積み上げてきたモノづくりの技術とネットワークは、この難局を乗り越えるための重要なカギになるはずだ。
【企業情報】
▽所在地=東京都文京区本郷2の27の16▽社長=林正晃氏▽設立=1955年▽売上高=非公表