政策特集人生100年時代 社会人のチカラ vol.7

キャリア権、それは変化に挑む「羅針盤」

法政大の諏訪康雄名誉教授「自分らしい働き方、法理念も後押し」


 人生100年時代―。あらゆる世代が意欲とやりがいを持って活躍し続ける上で直面するのは、「なぜ働くのか」「どう働きたいか」という根源的な問い。ひとつのよりどころとなる概念が「キャリア権」。提唱者である法政大学の諏訪康雄名誉教授は、経済社会の変化に挑む「羅針盤」と表現する。働き手、企業の双方に何をもたらすのか―。

職業を核に人生を有意義に

 ―「キャリア権」。聞き慣れない言葉ですが、どんな権利と言えるのですか。
 「働く人や働こうとする人が、意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し、職業生活を通じて幸福を追求する権利と考えられています」
 ―「職業選択の自由」や「幸福の追求」は憲法にも定めがありますよね。
 「そうです。憲法には『個人の尊重』『幸福追求権』(13条)や『意に反する苦役からの自由』(18条)『職業選択の自由』(22条)『教育・学習権』(26条)、さらには『労働権』(27条)など、働くことやキャリア形成につながる権利が規定されています。もともと憲法に散在するこれら権利を、個人の職業人生の観点から、整理し体系化すると、『キャリア権』の理念がくっきりと浮かび上がってきます」
 「つまり、教育と学習によって職業の能力形成を準備、継続し、就業を開始し、終焉していく一連の過程を自ら主体的に決定することの重要性を認め、職業を核に人生を有意義なものとし、人間的にも成長していく生き方を、法の世界においても尊重し明確に位置づけていこうとする考え方です。初めて提唱したのはもう20年以上も前のことです」

キャリア権の考え方

目指す世界は同じ

 ―いま、キャリア権が注目されるのは、「人生100年時代」はまさにこうした社会を目指しているからでしょうか。
 「そう思います。そもそも、私がこの概念に行き着いたのは、経験やスキルが処遇改善に結びつかないパートタイム労働者の問題に取り組んだことがきっかけです。多様な働き方を認めると同時に、正社員でなくても教育訓練機会を与え、自己研鑽に励んだ人にそれなりの政策対応をするべきだとの問題意識が根底にあります。個人の職業人生がより長期化するなか、『いかに自分らしく働き続けるか』というテーマは、キャリア権の観点からもっと後押しできるはずです」

   

 ―個人に「キャリア権」があるとすれば企業には「人事権」があります。企業と働き手の間に緊張関係をもたらしませんか。
 「日本はチーム力や中間層の強さを競争力の源泉として経済成長を遂げてきました。現在、通年勤務の民間給与所得者の平均年齢は46才。企業の多くでは、将来の出世につながる社内選抜が40才前後に行われます。結果、40代半ば過ぎの相当数が働くことに対する意欲を失ってしまっては、単に労働力として確保できたとしても、生産性や付加価値の向上は期待できません。企業と個人が対話を通じて尊重すべき対象として『キャリア権』を位置づけ、環境整備や支援策をともに考える中でこそ、企業と個人の双方の成長につながると考えます」
 ―働く側は権利を主張するだけでなく、納得のいくキャリアを実現するには努力も必要だと。キャリアオーナーシップの考え方ですね。
 「世界的にみても日本ほど、中年社会人が学ばない、学びずらい国は珍しいです。キャリアの先行きが予測困難な人事制度、転職の難しさ、慢性的な長時間労働、長期有給休暇の取得の困難などが背景にありますが、キャリア権の観点から、社会として、もっと学び直しを後押しするべきです」
 ―まだ法理念の域を大きく出ていないというキャリア権ですが、どう定着、発展していくことを望みますか。
 「法の実際面で課題があることは事実です。そこでまずは、関係省庁間でキャリア尊重について理念一致させることで、キャリア形成について教育や職業能力開発、産業人材育成などあらゆる面から政策対応していくことを期待します。根拠法が制定され、これに基づき、施策が進展していくことが望まれます」

主体的に挑め

 ―学び直しを実践する個人、人材力による付加価値向上を迫られる企業。双方が思考の整理をする上でもキャリア権はよりどころとなりそうですね。
 「第4次産業革命の到来や構造的な人手不足を前に立ちすくむのではなく、今こそ一貫した理念に基づき、主体的に変化に挑むべきです。その『羅針盤』となるのが、キャリア権。こうした理念を念頭に置いた企業経営や、個人尊重の考え方が社会に広がることを願っています」