【マツダ・前田育男常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当インタビュー】デザインはブランド価値そのもの
「クルマを製品や商品ではなく、『作品』と呼ぶことにした」
企業にとってブランドの個性は自らの価値そのもの。そしてブランドを支えるデザインもまた知的財産である。そのデザインで攻めているのがマツダだ。2012年以降の新型モデルから採用している「魂動デザイン」のデザイン性の高さが注目されている。最終回では、マツダの常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当である前田育男さんに、ブランドとデザインの考え方などを語ってもらった。
次世代のマツダデザイン
―マツダ車の「魂動デザイン」が好評です。それを受け継ぐ、次世代のコンセプトモデルを2台「東京モーターショー2017」に出品しました。改めて位置づけを教えてください。
「前回の東京モーターショーに出品した『RX-VISION』と、今回出品した『VISION COUPE』の2台が、次世代のマツダデザインの“ブックエンド”になっています。つまり、この2台のクルマで次世代マツダデザイン全体を表現しようとしているわけです。前者は色っぽくて艶っぽい『艶』、そして後者はシャープで端正な『凜』を表現しています。今回もう1台出品した『魁 CONCEPT』は、艶っぽい前者のデザイン表現を受け継いでハッチバックに置き換えたものです」
―魂動デザインでは野生動物の持つ生命感や一瞬の動きの美しさを車に宿らせようというのを基本的な考え方に掲げました。この点はどう変わっていくのでしょうか。
「クルマに命を与えるというテーマは変えません。そこを基本にしながら、表現をよりシンプルにすることにトライしようとしています。いろいろな要素をすべて除いていって、光の映り込みで生命感を表現しようと。周りの景色や車の角度が変わることで残る、キラキラした残像から生命感を感じてくれたらいいなと。なぜそんなことをやろうとしているかというと、根底にはとにかくクルマを自然と一体化させたいということがあります。クルマはあまりに人工的で、主張が激しくて環境を壊すことも多いですよね。そうではなく、どんなきれいな自然の中に置いてもその景色の中の一部になっていくようにしたいのです」
いろいろなものをそぎ落とす
「これは非常に高度なタスクを自分たちに課していると思っています。というのも、いろいろなものをそぎ落としながら美しい形を追求するのはすごく怖いんですよ。どんどん特徴がなくなって、身ぐるみはがれていく感じ。だけど全部はぎ取った時に出てくるものが度肝を抜かれるような光の動きだったりする。余分なものをそぎ落としていく日本的な美の感覚も背景にはあります。過去にもマツダは『ときめきのデザイン』といって、光と影をテーマにきれいな映り込みを作ろうということをやっていましたが、周りの環境に合わせて映り込みをどう変えていくかまでは創造できていませんでした。『VISION』と名付けたモデルは、いわゆる普通のコンセプトカーではありません。次の世代に込めたビジョンを表現したもので、次世代車にも何らかのこの形が反映されていくというコミットメントのようなものです」
―ショーの手応えはどうでしたか。
「結構大きな反響をいただきました。あの2台には、大げさでも何でもなくデザイナー生命すべてを注ぎ込んだ感じです。絶対成功させるというか、世界が注目するものを作りたいとずっと考えていたので、モーターショーが終わった後は気が抜けたような感じになっていました。魂動デザインは今までいい評価をいただいてきましたので、次世代車のデザインは決して失敗できないというわけで、この数年間のプレッシャーはすごかったです。会場で見ていると、特にVISION COUPEの方は、ターンテーブルで回っている姿を延々と眺めておられるお客さまが多くいらっしゃいました。一般の方々が美しいものに飢えている感じもあるのかなと思いました」
美しさには時間がかかる
―飢えているといいますと?
「やはり今日、効率化を最重要課題として追求するような時代にあって、工業デザインの世界でも短期的に作ることができる形が大きなトレンドになっていると感じています。美しさを創り込もうとするとどうしても時間がかかるのです。一瞬で美しいものなんてできないですし、ありとあらゆる形が世の中に氾濫している中からシンプルで美しいものを創るって結構大変なんです。デザイナーがその困難に立ち向かわなければならない一方で、企業がそれを求めないケースも多い。結果、一般の人たちもそういう美しいものに接する機会が少なくなっているのではないでしょうか」
―お手軽に短期的に作ったデザインってすぐわかるものですか。
「一瞬でわかりますね。今はツールがデジタルに置き換わっているので、デジタルツールならではの特徴もあります。というのもデジタルツールはシステム上、複雑な形もすべて0と1に置き換えていくので、複雑なものを簡素化するという特徴がある。使う側も、あえて数値化しにくい、微妙な変化や激しい変化の形を作らなくなってきていますね」
―ちなみに今回のコンセプトモデルは、どれくらい時間をかけて作ったのですか。
「VISION COUPEでいうと、ゼロからスタートしてクルマができあがるまでに2年かかっています。あの立体のフォルムを作るだけでも10カ月くらいかかっています。何回ダメ出しをしたか覚えてないくらい。光を映し込むサイドの面の造形も、本当に微妙な変化なんですね。すごく我慢しないとできてこないような形をしていまして、パッとデジタルに置き換わる簡易なものでは創れません。おそらくあれを3次元測定機で計測して再現しても、一発で同じものはできないでしょうね」
「全員アーティストであれ」
―ところで、2009年にマツダのデザイン本部長に就任してから、仕事のプロセスなり組織のあり方なり、何をどう変えてきたのでしょうか。
「仕組みやプロセスは後からついてくるものなので、まずは大きな目標を作ろうと。マツダというブランドの価値を高いレベルに持ち上げていくことを目標にしたデザイン戦略を創り、それに準じた体制を構築した上で、最後にデザイン本部の中にブランドスタイルを統括する部門を作りました。あとは本部としてのスローガンを『全員アーティストであれ』として、クルマを製品や商品ではなく、『作品』と呼ぶことにしました。最初にやったのはそうしてターゲットをリセットすることでした」
「プロセスで言うと、アートワークというか、実際のクルマづくりではないところに相当ウエートを置いてデザイン開発するようになりました。みんなで本当に工芸品を作ったり、アートコンペに出すようなものを創ってみたり。そうすることで、実際のデザイン開発がスタートする前の段階で、引き出しにいろんなものを詰め込んでおける。熟成の時間を取ることができてデザインの質が上がっていきます」
「あとは、新車を出す前に、一般の人にデザインモデルを見せてアンケートを取る『クリニック』というプロセスを廃止しました。デザインの承認を取るにも何らかのエビデンスが必要で、そういう調査を行っていたのですが、それってデザインのプロが意思決定を第三者に委ねて自分では責任を取らないということで、考えるとおかしいですよね。今は社内の意見だけで意思決定しています。だけど我々も市場の声を無視しているわけではありません。いろいろなところに出て行っていろいろな人に会って話を聞いた上で、我々のフィルターを通して形にしている。アートに触れる活動というのは、そのフィルターの感度を高めるねらいもあります」
―マツダのデザイン部門の特徴として、立体を形創るモデラーの力が強いというのもあるのですか。
「イラストを描くデザイナーと、クレイモデルなどを作るモデラーの立場は並列、対等です。形創りにヒエラルキーは必要ないと思っていて、デザイナーとかモデラーとか関係なく、美しい形ができるのであれば誰がどうアプローチしてくれてもかまわない。おそらく標準的なやり方では、デザイナーの下にモデラーがいて、デザイナーが描く絵を待って、それに従ってモデラーが立体を作るという方法でしょう。うちではデザイナーからの指示は参考にしつつも、モデラーがかっこよく創りたいと思えば創るし、参考にならないと思えば使われない。逆にモデラーから提案したりもする。二人のアーティストが競争/共創して形を作りあげていく。モデラーが持つ権限と責任領域は他社に比べて広くて、デザイナーの指示通りにやってりゃいいというのではまったく認められません」
スケッチがないクルマ
―マツダ車でも、デザイン的に優れていると言われる「RX-7」とか「ユーノス500」といった車は独特の曲面が美しいですよね。平面のデザインだけではああはならないのかなと素人考えで思うのですが。
「その通りです。特にVISION COUPEなんてデザイナーが絵で描けない形をしている。あの微妙な光の移ろいみたいなものなんて描けないじゃないですか。だからあれは本当にスケッチがないクルマ。初期のスケッチだけで延々と、デザイナーも交えながら、三次元のモデルで1年以上試行錯誤している」
デザインはブランド価値そのもの
―ところで質問が一般論になりますが、製造業、特にBツーCのメーカーにとってデザインはどういう役割を持つべきだとお考えですか。
「難しいですが、まずはその会社のブランドが何をお客さまに対して訴えかけていくのかを考えるべきでしょうね。我々マツダで言えば、クルマの元々の本質みたいなものをきちんと作り込んでいくというのがブランドのミッションなので、やっぱりクルマはかっこいい、美しいものでありたいということをデザインでもうたっています。ブランドの方向性を素直に体現しているだけのことなんです。モノの形はメッセージとしては一番強く、誰が見たってわかりますよね。企業やブランドが持っている思想や方向性、エンジニアリングの考え方を端的にわかりやすく表現することがデザインの役割ではないでしょうか。そういう意味でデザインの抱える責任はすごく重いと思います。『デザインを付加価値として利用して・・』という言葉が大嫌い。デザインは付加価値ではなく、ブランド価値そのものだと。ブランドの思想が形として表れていないから、そこらへんにある流行りの形を付加価値として乗っける。その結果、浅いデザインしかできてこない、というケースがありうると思いますね」
―マツダ以外でいいなと思うデザインはありますか?
「一番今注目しているのはボルボ。ちょうど我々と同じ時期にフォードファミリーの一員で、同じ時期にそこから卒業しました。彼らも我々と同じように『自分たちのオリジンとは何か』相当考えたと思うのです。そしてたどりついたのが安全思想とスカンディナビアンデザイン。彼らは自分たちのブランドの柱としてその二つを持つと明言しています。北欧デザインという歴史がある大きな様式を根に持つのは強いですよね。シンプルで居心地の良い北欧家具のような空間と、それを素直に包み込むエクステリアデザイン。近年ではすごく質のいい素晴らしい形を創るように進化を重ねてきていると思います」
デザイナーのプライドで守る
―最後になりますが、デザインと知財の関係について。
「できたデザインをただ守るところだけに注力しすぎると、悪いデザインすら守ることになりますよね。だから、守りたくなるようなデザインを創るということが先に来なければいけないと思います。守らなくていいものは守らなくていい。マツダで言えばブランド表現に関わる領域はきちんと守らなければいけません。理想で言うと、法律でそれを守るというよりは、デザイナー自身のプライドで守ってほしい。デザインはそれぞれのプライドが魂を込めて創っているものですから、ほかのブランドが入ってはいけない領域というものは、プロなら見ればわかります。そこに平気で入ってくるというのは、プロとして志が低いと感じますね」
「生意気なのですが、まずは国の財産だと言えるところまでデザインのレベルを高めて、後世まで残るような作品を積み重ねて行く方が重要でしょう。変に権利だけが一人歩きすると、いいものを作る上で足かせになったりもします。仮にレベルの低い作品の意匠権を避けて通らなければならないようなことが多発すると、いいものを作れなくなります。ただ、一方ではコピー商品が氾濫しているような国もありますので、悪意のあるものととそうでないものを整理していく。そして悪意のあるものは排除していくことが大切だと思います」
【略歴】
前田育男(まえだ・いくお)京都工芸繊維大学卒業。1982年に東洋工業(現マツダ)入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発を担当。米フォード・モーターのデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事する。チーフデザイナーとして「RX-8」「デミオ」(3代目)を手がける。2009年にデザイン本部長に就任。商品デザイン開発に加え、モーターショー、販売店デザインの監修など、「魂動デザイン」の具現化をけん引。2016年から常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。広島県出身、58歳