政策特集デジタルが拓くプラントの未来 vol.4

技術だけじゃない 理念共有が原動力になる

【トップが語るDX戦略】三菱ケミカル 福田信夫常務執行役員


 プラントの競争力向上の切り札として、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)によるビッグデータ解析をはじめとするデジタル技術の「実装」が現実味を帯びてきた。こうした新たな潮流をどう受け止め、経営改革にどうつなげようとしているのか。DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略の裏にあるトップの思いとはー。

技術のバリエーション広がる

 ー三菱ケミカルではセンシング技術を活用したデータ収集や解析、ドローン(飛行ロボット)による点検業務といったデジタル技術の実装を、国内すべての事業所を対象に段階的に進めるそうですね。
 「労働人口の減少という日本が直面する構造的な課題と技術の進展がプラントにおけるデジタル化に拍車をかけています。技術活用の切り札としてまず有望視しているのは、安全性の担保を基本としつつ、プラントの生産性や効率性を高めるための方策です。化学プラントは老朽化が進み、50年近く稼働しているものが少なくありません。人手によって行われた点検作業を、センサーや画像を活用する形で効率的に行い異常予知や計画的な保全につなげていく発想は一例です。これを可能にする技術のバリエーションも広がってきました」

 ー具体的に教えてください。
 「例えば岡山事業所(岡山県倉敷市)ではドローンによる撮影画像からAIによってプラント表面などの腐食状況の解析を進めています。その他の事業所でも、これまで人によって行われていた温度や圧力、流量などのデータ監視を、センサーを通じて収集、分析するといったさまざまな取り組みがみられます」

ルール見直しへの期待

 ープラント内のデータをIoTで収集、活用するには、防爆規制の合理化が期待されるのではないですか。
 「実は当社の三重事業所(三重県四日市市)では、市が検討するコンビナートにおける先進技術の活用策の一環として、指定された安全面の条件を満たしたうえで非防爆のタブレット端末をプラント内のより幅広い範囲で使用することが認められています。現場の担当者の話によると、機器の使い勝手が向上し、現場と離れた場所でもリアルタイムで情報共有できる意義が大きいとのことです」

さまざまな先進的な取り組みが進む三重事業所

 -プラントの点検をめぐり政府は、現在の目視検査の制度についてドローンでの代替を可能にする形で新たな技術に応じた制度に見直すことを検討してます。
 「三重事業所での実証事業で得られた知見も生かし、検討が重ねられ規制の見直しが進むことを期待しています」

 -デジタル技術を積極的に活用する上で、今後必要となる人材像や企業風土改革についてはどうお考えですか。
 「当社では、設備や生産プロセスなどプラント技術を担当するエンジニアを『データエンジニア』として育成する方針で、2025年度をめどに対象者全員の教育を完了する予定です。自社で人材を育てると同時に、即戦力としてデータサイエンティストなどのキャリア採用も進めますし、工場やプラントなど製造業の分野におけるデータ解析にポテンシャルを感じておられるIT企業や大学とのオープンイノベーションも重視しています」

 ーデジタル技術の活用の可能性は、設備管理にとどまらずプラントオペレーションそのものの最適化や自動運転にも広がるのでしょうか。
 「いずれそうなるかもしれませんが、プラントは安定運転していることが前提ですから、静的なデータからわずかの変化を予兆することは案外難しいのです。まずはさまざまなデータを収集することが第一歩となるでしょう。それだけではなく、デジタル技術の導入によって生産性を向上させることで、従業員をよりやりがいのある業務へシフトさせ、一般的に日本企業では低いと言われる仕事へのエンゲージメントの向上にもつながると思います」

今こそ求められる姿勢

 ーデジタル技術を活用して新たな価値を創造するDXの意義が叫ばれる昨今ですが、新たな技術や手法を現場が受容し、経営改革につなげていく上で大切なこととは。
 「デジタル技術によって何を実現したいのか、それぞれの事業所が主体的に捉えることと、製造現場で守るべき基本的な心構えや理念を共有することだと思います。当社は2017年に、業容も企業文化も異なるグループの化学系3社が統合した際に、『ものづくりの心プロジェクト』と称する活動を推進しました。製造現場で守るべき基本的な心構えや継承すべき理念について議論を重ねながら価値観を共有する土壌づくりが狙いです。こうした姿勢は、いかにデジタル技術が進展しようとも、あるいは技術が進展するからこそ、不変のものであり、プラントにもさまざまな技術革新が押し寄せているなか、大切にしたいと感じています」