政策特集ひろがる標準化の世界 vol.11

IoT時代の安全概念「Safety2.0」の世界観

三菱電機 堤氏が語るその可能性


 「止める安全」から「止めない安全」へー。人とロボットが協働する時代における機械安全の新たな概念が広がりつつある。各国がさまざまなアプローチでこれを具現化しようと議論が活発化する中、日本は「Safety2.0(協調安全)」という考え方を打ち出し、IoT時代の新たな安全規格として国際標準化を目指している。国際電気標準会議(IEC)副会長を務める三菱電機の堤和彦特任技術顧問にその世界観を聞いた。

隔離から共存へ

 ー「Safety2.0」とはどのような考え方ですか。そもそもなぜ「2.0」なのでしょう。
「機械安全の進展を、人間とライオンの関係に例えて説明しましょう。安全確保を人の注意力や判断力だけに依存していた初期段階を『Safety0.0』時代とすれば、人とライオンが共存する世界にはリスクがつきもので、人間は極力、ライオンに遭遇しないよう細心の注意を払っていました。その後、おりを設置して、ライオンを人間から隔離しました。すなわちこれが、機械技術によって隔離や停止策を講じる『Safety1.0』時代の発想です。ところが、近年は人と機械がいかに協調しながら安全な作業環境を構築できるかが重要になってきたのです」

 -なぜですか。
 「IoT化やロボット化が進んだ結果、稼働している装置に人が近づく度に停止していては、生産性の向上と安全性の確保が両立できないからです。人間と機械、さらには周辺環境が協調しながら安全を構築する新たな視点が求められているのです」

「止めない安全」そのゆえん

 -それが技術で実現できると。
 「そうです。『Safety1.0』時代には、人間が機械に近づいた場合にはこれを『止める』ことしかできませんでした。しかし今や、例えばセンシング技術やリアルタイムデータを活用することで機械側が危険を予知し、これを回避する動きをしたり、あるいはオペレーターの習熟度によって、速度を落とすといった柔軟な制御が可能になります。これが『止めない安全』と言われるゆえんであり、柔軟な生産体制の構築や人と機械の協業を実現できると考えられています。もちろん、ファクトリーオートメーション(FA)事業を手がける三菱電機としてもビジネスのヒントがあります」

 -こうした発想は世界中で広がっているのですか。
 「欧州では労働災害の撲滅に向けた『ビジョン・ゼロ』や『ゼロアクシデントフォーラム』などの活動を通じて取り組みが活発化しています。11月中旬にはこの分野の専門家が一堂に集まる国際会議『ビジョン・ゼロサミット』がフィンランドで開催され、私も参加しました」

 -どんな印象を持ちましたか。
 「30カ国からおよそ200人が参加し、さまざまな側面から活発な議論がなされ、日本の関係者からの発表も多く、安全の先進推進国としてのリーダーシップもいかんなく発揮されたと感じています。とりわけ印象的だったのは、『ビジョン・ゼロ』は数値目標の達成にとどまらず、職場の安全や健康、幸福の継続的な改善策であることが示された点です。とりわけ欧州では安全衛生は、人間が『よりよく生きる』ことに直結するものと捉えられており、こうした視点は日本が今後、『Safety2.0』を世界に発信するうえで、生かしていきたいと考えています」
 
 -このように協調安全へ向けた世界的な潮流が生まれる中、日本は「Safety2.0」をIEC規格化するため、まずは構想を白書として発行するそうですね。
 「提案手法はさまざまありますが、これまでにはなかった新たな概念だけに、各国が認識を共有する必要があります。IECで私が担当する市場戦略評議会は、毎年ひとつの話題について白書を通じた提言活動を行っていますが、2020年秋にも『Safety2.0』に関する白書を刊行する予定です」

IECがこれまでに刊行してきた「白書」について語る堤氏

 -IECが策定する白書にはどんな意味があるのですか。
 「市場や技術動向を示す場合や、時には特定の産業領域における規格化の必要性を訴え専門員会の設置にまで踏み込むなど、内容はさまざまです。私が初めて関わった白書は2015年に刊行された『工場の未来』。ドイツが提唱し、規格化を主導する『インダストリー4.0』に対し、もっと広範なアプローチで捉えるべきだと主張し(ドイツの独走を)ある種、けん制する内容となったことは印象的です」

白書の検討へ向け日本で開催された会議の初会合。日本の取り組み事例に対し各国からさまざまな質問の声が上がった(10月3日、都内)

日本が目指す議論

 -今回の「Safety2.0」めぐっては、国際的にどんな議論が予想されますか。
 「産業構造や技術革新の進展度合いが異なる国々の間で、『安全』において何を重視するか、やや違いがあるのではないかとみています。日本としては生産現場のみならず、建築、農業やインフラサービス、医療介護などさまざまな分野で展開できる広範な概念と捉えていますが、『Safety2.0』という言葉から、データ管理や暗号化といったセキュリティーの世界を想起する人もいるでしょうし、インドの方々と機械安全について意見交換すると、脆弱(ぜいじゃく)な電力インフラが話題に上ります。『安全』の概念は広いだけに、これを整理し、日本が目指す方向に議論を導いていくことが将来の規格化へ向けたポイントだと思います」