政策特集ひろがる標準化の世界 vol.9

スマートホームにみる 「つながる」時代の規格開発

利用者の安全どう守る


 10月中旬、中国・上海で開催された国際電気標準会議(IEC)大会に合わせて開催された分野別会合のひとつ。ミサワホーム総合研究所の歳川幸一郎上席主幹は安堵(あんど)の表情を浮かべていた。スマートホームで同時に動作する機器やシステムの機能安全を定めた、日本発の安全規格の国際標準化が一歩前進したのである。しかし、歳川氏をはじめとする日本の関係者は早くもその先の規格化を見据え、活動を始めている。

思わぬ不具合 どう対処

 IoT(モノのインターネット)を活用して家庭内の機器を制御し、快適な住空間の実現を目指すスマートホーム。外出先から空調を起動したり、冷蔵庫の中身をチェックする、あるいは子どもや高齢者の安全を確認する-。スマートフォンやスマートスピーカーの普及は取り組み機運にさらに弾みをつけ、関連企業はさまざまなコンセプトを競い合う。その先には家事の省力化やセキュリティー管理にとどまらず、エネルギー使用の効率化といった可能性も広がる。
 技術革新によって、利便性や快適性の向上が見込まれる一方で、ユーザーは、これまでなかった新たなリスクに向き合うことになる。住宅内で同時に動作する複数の機器やシステムが連携した結果、思わぬ不具合が発生する恐れがあるからだ。
 例えば、ガス漏れセンサーと空調管理システムがそれぞれ自動窓開閉システムとつながっていた場合。ガス漏れによって「窓を開ける」指令と、室内を快適な温度に保つため空調システムによって「窓を閉める」指令が同時に発せられたらどうなるのか-。指令の優先度が事前に定められていなければ、それぞれは正常に作動しているにもかかわらず、システム側は混乱し不具合につながるかもしれない。
 現在、IECで審議されている日本提案の規格は、こうしたリスクを低減する狙いがある。スマートホーム分野における機器やシステムの機能安全を規定することで、ユーザーの居住リスクの低減はもとより、サービス提供者のビジネスリスクの低減も期待される。

10月に上海で開かれたIEC SyC/AALの「WG7」。スマートホームの国際標準化が議論されている

 ところが、「システムエラーを対象とした規格だけでは安全対策としては十分ではない」。歳川氏はこう指摘する。機器やシステムそのものに問題はなくても住宅内では、ユーザー側の誤った機器使用や操作を原因とする、あるいは予期しないようなさまざまなリスクが想定されるからだ。ロボット掃除機がぶつかって作動中の暖房機器を倒してしまったら。外出先から消灯した瞬間、幼い子どもがまさに階段を下っていたらー。

自動車の安全基準を参考に

 そこで日本建材・住宅設備産業協会と産業技術総合研究所が中心となって現在進められているのが、システムエラーを対象とした規格ではカバーし切れない危険事象に対する安全規格の開発。2020年度の新規提案を目指し、関係国との調整が進められている。
 機器やシステムの機能安全では網羅できない領域の安全をどう担保するのか。検討を重ねる中で、行き当たったひとつのヒントが自動車分野で策定作業が進む新たな安全基準である。
 「SOTIF(Safety of the intended functionality)」と称されるこの基準はシステムエラー以外の安全性のリスクを想定し、性能限界時やユーザーの誤操作、誤使用などもカバーする発想に基づく。何らかの障害が発生した場合に安全な方向に導くことが中心だった自動車の安全技術だが、自動運転やさまざまな機器とつながるコネクテッドカー(つながる車)をはじめとする技術革新によって、安全に対する考え方も大きく変化していることが背景にある。例えば他のドライバーの運転や天候など、システムのエラー以外の安全上のリスクも想定。「システムに欠陥がなければ安全だという考えに基づく従来の自動車向けの機能安全規格だけでは十分ではない」との認識が根底にある。
 「まさにこれからのスマートホームに必要な視点だと考えています」。歳川氏はこう強調し、住宅版「SOTIF」の具体化へ向け関係者間の調整を進める構えだ。

ミサワホーム総合研究所の歳川氏

どう「予見」するのか

 とはいえ、一定の操作技術の習得を前提にライセンスが付与されるドライバーを想定した自動車分野と、ユーザーの使用環境や属性が多様な住宅分野では、危険事象に対する安全基準において求められるレベルは大きく異なるだろう。また、製品安全の世界では「合理的に予見できる誤使用」を想定したリスクシナリオを想定するが、IoT機器やサービスをめぐる技術革新が日進月歩で進むいま、まさにこれを「予見」することは容易ではない。
 だからこそ、企業や業界の枠組みを超えた分野横断型の取り組みが重要になる。経済産業省では、規格化を通じて、居住者に対する安心・安全はもとより、サービス提供者に対するビジネスリスクの低減を通じて、スマートホーム市場の創出を見込んでいる。