政策特集循環経済が社会を変える vol.3

「デジタルとの融合が競争環境を変える」 東大大学院梅田靖教授

サーキュラー・エコノミーの本質とは【後編】


 欧州連合(EU)が打ち出した新たな概念「サーキュラー・エコノミー(循環経済)」は、ビジネスにどのようなインパクトを与えるのかー。経団連のシンクタンク「21世紀政策研究所」は、こうした問題意識に基づいて、政策的な背景や欧州企業の動向、さらには日本企業の対応方針について調査を重ねてきた。研究主幹を務める東京大学大学院の梅田靖教授に、市場競争の座標軸はどう変わるのか聞いた。

環境対策じゃない、経営戦略である

 -欧州の政策担当者や企業との対話を通じ、浮き彫りになったサーキュラー・エコノミーの実像とは。
 「明確なのは、欧州企業にとってのサーキュラー・エコノミーは、環境対策の域を超え、事業収益をもたらす『経営戦略』の位置づけであることです。しかもこの戦略を、デジタル技術との融合によって実現しようとしています」

 -なぜ、デジタルと循環経済が結びつくのですか。
 「IoT(モノのインターネット)やビッグデータ、AI(人工知能)の活用によってもたらされるデジタルプラットフォームは、資源の有効利用を促進し、サーキュラー・エコノミーの概念が求める製品の長寿命化や再利用、再生産の促進、さらには高付加価値なリサイクルの実現につながるからです。例えば、IoTを通じて製品や部品の状態をリアルタイムで把握できれば、保全や修理、計画的なリサイクルを可能にします。あるいは、デジタル技術によってもたらされるシェアリングサービスや定額制といった新たな利用形態の広がりは、大量生産・大量消費型とは一線を画す社会を実現するからです」

 -循環経済の意義を持ち出すまでもなく、先進的な企業はすでに、新たな機能や価値を提供するプラットフォームビジネスへ舵を切っています。デジタル技術の進展と循環経済を融合させたのが欧州流ということですか。
 「そういうことです。サーキュラー・エコノミーを実現する技術としてデジタルを活用するー。欧州企業は、こうした動きを加速しています。独シーメンスは、デジタル技術と設備保全ビジネスを組み合わせたプラットフォーム戦略を強化、水処理の世界最大手であるフランス・ヴェオリアは水やエネルギー、廃棄物マネジメントに関する顧客の設備情報をIoTによって収集、蓄積し、資源の効率的な活用をモニタリングしています」

日本はどう向き合う

 -日本企業は、個々の製品技術や環境技術だけでなくデジタルに対する取り組みでも引けを取らないはずです。こうした潮流にどう向き合うべきですか。
 「欧州企業で印象的なのは、サーキュラー・エコノミーを経営戦略として進める方針が組織として共有されていることです。サーキュラー・エコノミーは製品開発担当者のモチベーションや現場改善の努力だけで突き進めるものではありません。だからこそ、各社が自社流のサーキュラー・エコノミー戦略を打ち出すことが取り組みの第一歩であり、次のステップとして、製品設計のあり方やサービスモデルをめぐる検討があると考えます」

市場競争の座標軸変える

 ー欧州発のサーキュラー・エコノミーは、雇用創出効果も謳っています。デジタルとサーキュラー・エコノミーの融合ビジネスがなぜ雇用増につながるのでしょう。
 「製品売り切り型のビジネスに代わり、機能やサービス価値を提供し続けるソリューションビジネスが主流になれば、保守点検やメンテナンスが欠かせません。これらサービスを提供する上で、地理的に有利となるのは自国に拠点を構える欧州企業。事業が拡大すれば雇用増につながるからです。すなわち、EUが目指すサーキュラー・エコノミーに近づけば近づくほど、欧州企業に商機をもたらす形に、市場競争の座標軸を変えようとしているのでしょう」

 ーISO(国際標準化機構)ではサーキュラー・エコノミーマネジメントに関する国際標準規格の策定作業も始まるとか。
 「5月の会合では、まだ全体像は示されていないと聞いています。ただ、今後の動向は注視しています」

ーサーキュラー・エコノミー政策は、経済の仕組みそのものを変えようとしているだけに、来たるべき変化に備えておくべきだと。
「そういうことです。EUのサーキュラー・エコノミー政策は、表面的には、海洋プラスチック問題やフードウエイストなど社会的な関心事とうまく絡めて発信されていますが、その裏には、デジタル技術と循環経済を軸とした新たな覇権争いがあります。それはGAFAにも匹敵するプラットフォームづくりを通じた顧客囲い込み戦略そのものなのです」