地域の魅力は、もっともっと身近にある!
観光客が魅せられる古民家や星空
訪日外国人の増大とあいまって、地域活性化の切り札として観光への期待がかつてなく高まっている。そのため新たな魅力づくりに右往左往する地域も珍しくはない。しかし地域の魅力は決して新しく作り出すものではない。むしろ当たり前のようにそこに存在し続けているものにこそ、本当の魅力は潜んでいる。
過疎地の古民家がホテルに
篠山市の中心部からクルマで10分程度走ると、民家もまばらな集落にたどり着く。そこに、その“ホテル”はある。築年数150年を越える古民家を再生した宿泊施設「集落丸山」がオープンしたのは2009年。「集落の住民が自ら運営に携わるため、あえて稼働率は30%程度に抑えている。それでも改修に要したコストは回収し終えた」と、古民家の改修を担ったノオト(篠山市)の星野新治さんは説明する。
山間の集落である丸山は篠山藩の水源に位置し、かつて住民は水守の役目を果たしていた。12棟の古民家が点在し、昔ながらの里山の姿をそのまま残す。しかし宿泊施設の開業前は、そのうち7棟が空き家。住民はわずか19人。「限界集落ではなく消滅集落」という嘆きの声も聞かれた。
この景観を守ろうと2008年から地元住民や専門家、行政などによるワークショップが何度も重ねられ、7棟の空き家のうち3棟を改修し、そのうち2棟を滞在型の宿泊施設に蘇らせた。ちなみに残りの1棟は、改修の出来映えに感銘した持ち主が再び住むことになったとか。古民家再生を担う支援組織として一般社団法人のノオトが設立されたのもこの時。その後もノオトはデベロッパーとして古民家の再生、再利用に取り組み続け、篠山市を中心に約60棟をこれまで手がけてきた。
城下町ホテルのノウハウを他地域にも
ノオトは、歴史的な町並みが広がる篠山市の中心地でも古民家をホテルに生き返らせている。こちらは篠山城下町ホテル「NIPPONIA」として、4棟11室で2015年秋にオープン。現在は5棟12室となり、6棟目も計画中。2020年に10棟30室を目指している。「篠山での取り組みを先行モデルとしてやり遂げ、このノウハウを他の地域にも広げたい」と星野さんは話す。
全国でおよそ150万棟ある古民家のうち、文化財など保護の対象となっているのは約1万5000棟にすぎない。特に地方には多くが人知れず放置されたままである。しかし古民家は、それぞれの地域で育まれてきた暮らしや文化が刻み込まれている、まさに歴史的な資産だ。これを地域再生に生かさない手はない。建物は使用しなければ朽ち果てていくだけだ。「地方では開発が押し寄せてきて古民家が壊されることはない。むしろ内側から崩れて行ってしまう」と星野さんは警鐘を鳴らす。
古民家再生のコストは高くない
古民家再生のコストは決して高くないという。実際、集落丸山もNIPPONIAも、土壁の上に貼られた合板をはがしたり、板張りの床を土間に戻したりはしたが、あとは最低限の改修にとどめた。古民家を活用する事業の収支を考えた上で投資額を決めたこともあるが、ピカピカに直しすぎない方が、古びた風合いが残るという。
古民家活用のメリットは観光の振興だけではない。古民家が蘇ると、なぜかクリエイティブな若者たちが引き寄せられるという。「レストランやアート、伝統工芸のほか、IT系の人たちとも相性が良い。これはやってみて分かったこと」と星野さん。もともと5戸に19人しか住んでいなかった丸山集落も、今では7戸で26人。来年で8戸30人という目標達成もかなり現実味を帯びてきた。
ノオトでは他地域とも連携を深めており、NIPPONIAブランドや予約システムのプラットフォーム提供なども検討しているという。最近ではJR西日本と提携するなど、活動領域は拡大している。今後3-5年で3万棟の再生を目標に掲げるが、それには日本全国で同様の取り組みが広がることが必要だろう。「それぞれの地域で地元プレーヤーが頑張るのが第一」と、星野さんは強調する。
ひなびた温泉地が人気スポットに
「本当の強みは『人』だったんですよ、星空ではなく」と熱く語るのは、マーケティング戦略アドバイザーの永井孝尚さん。無名のひなびた温泉地から、一躍、日本一の星空の「スタービレッジ阿智」として人気スポットに生まれ変わった長野県阿智村のことである。夏の夜には全国からカップルや家族連れなどが集まり、ゲレンデで満点の夜空に歓声を上げる。ちなみに永井さんは阿智村のサクセスストーリーに感銘を受け、フィクションを交えてマーケティング書『そうだ、星を売ろう』にまとめている。
阿智村の昼神温泉は名古屋から中央自動車道で2時間程度。温泉が湧き出たのは1973年と歴史は浅いものの、20軒ほどの旅館は中京工業地帯からの団体客を中心に賑わい、ピーク時には年間でおよそ50万人が訪れた。しかし愛知万博のあった2005年をピークに客足が遠のき出す。リーマンショックも重なり、2011年には35万人程度まで落ち込んだ。新しい動きが兆し始めたのは、ちょうどその頃だった。
当時30そこそこで温泉旅館の企画課長だった松下仁さんは、「このままでは衰退する。どうすればこの地域を子どもに引き継げるだろうか」という危機感に駆り立てられていた。そんな思いで観光関連のセミナーに足を運び続け、出会ったのが、地域づくりの観点から観光を考えていたJTB中部の武田道仁さん。その時、武田さんと名刺交換した受講生は10人以上。しかし実際に連絡をとってきたのは松下さんだけだった。この出会いが導火線となって、「阿智村の強みは?」という試行錯誤が始まった。
年15万人集客も、初日は14人
星空にたどり着いたきっかけは、阿智村のスキー場のスタッフがゴンドラに乗って夏の夜空を楽しんでいるという雑談からだったとか。環境省が阿智村を日本一星空の観測に適した場所として認定していたことが分かったのは、後のことだという。星空ツアーを開始したのは2012年8月1日。初日の客はたったの14人。しかも身内が11人だから、実質では3人だけ。しかし、反応は違った。「すごかった」「感動した」など温泉では間違っても出てこないフレーズ。それがSNSなどで広がり、結局この年は目標の5000人を上回る6500人を集客した。
2年目の2013年は目標の1万5000人に対して2万2000人、2014年は3万人に対し3万2000人、2015年は5万人に対し6万人。2016年は11万人(計画は10万人)と一気に大台を超えた。さらに16年からは冬場(スキー場の麓の駐車場)の開催も始めており、これらを含めると15万人にも達する。
100年続く星の村に
かつて、阿智村のある旅館では稼働率が5割まで落ち、団体客ほしさにお互い値下げ合戦を繰り返してきた。それが現在は稼働率9割。それも定価販売。星空ナイトツアー付きの宿泊プランは瞬く間に売り切れてしまうという。現在、スタービレッジ阿智誘客促進協議会の事務局長を務める松下さんは「顧客満足をアップし、ブームで終わらない、10年、20年、100年続く星の村を作っていきたい」と力を込める。
「自分たちがワクワクしてこそ」
マーケティング戦略アドバイザーの永井孝尚さんに聞く、これからの観光は?
-地域の活性化で、観光の重要性が増しています。その課題は?
「観光業には、製造業など他の業界が抱えている課題が凝縮されている。その中でも問題なのは、プロダクトアウトの考え方。テーマパークが典型だが、東京のコピーでは通用しない。むしろ今は、地元ではどうということの無かった焼きそばを食べに、静岡県富士宮市に年間70万人も訪れる時代だ。『ヨソとの違いが何か』『それは顧客にとって価値があるか』を考えるべきだ」
-阿智村が成功した要因はなんでしょう?
「危機感を持った人がいて、すぐに行動に移したことが大きい。新しいことは失敗して当たり前。その失敗から学ぶことが大切だ。『まずは組織づくりから』なんて考えたら、絶対失敗する。仮説を立てて実行し検証するという、いわゆるPDCAを何度も何度も回していく。それを積み重ねていくほど強くなれる」
-阿智村以外で注目している観光地は?
「熱海が長期低迷から復活しつつある。15年度に宿泊客数が14年ぶりに300万人を超えた。もともと歴史のある場所で見どころもあるので、『意外と良かった』という声から女性客が増えている。モノづくり観光で修学旅行生が増えている東大阪市も面白い。石川県の白山市では、縁結びの神として知られる白山比咩神社を中核に“恋愛成就の旅”をコンセプトにすえた。これが他の地域資源とつながり、女性客を引きつけている」
-消費がモノからコトへと移っていますが、地域の動きはどうですか?
「既成概念にとらわれない動きは増えている。たとえば青森県田舎館村の田んぼアート。色の異なる稲を植えることで、広大な田園に絵を描き、役場の展望台からみせる。田植え前には、その年に何がはやるかを考えないといけない。岩手県花巻市では花巻温泉郷の若旦那3人が、“はなまき朝ごはんプロジェクト”と銘打って地元食材で最高の朝食を提供する取り組みを広げようとしている。これらは皆、楽しんでやっている。自分たちがワクワクしてこそモチベーションも高まるし、人を喜ばせることができる」