政策特集健康大国ニッポン vol.6

地域住民の健康にコミットする自治体広がる

官民連携の新たな仕組みSIBの可能性【後編】

 「あなたの過去の生活習慣に関する問診結果から大腸がんにかかるリスクを特定しました」。こんなお知らせが手元に届いたら、思わず見入ってしまわないだろうかー。大腸がんは早期の適切な治療で完治できる可能性が高いとされるだけに、医療費へのインパクトが大きいとされる。
 その検診受診率向上にSIB(ソーシャルインパクトボンド)を活用したのが東京都八王子市。人工知能(AI)を活用したオーダーメイドの受診勧奨事業を民間事業者が請け負い、受診率向上効果や早期ガン発見者数といった成果に応じて、適正化された医療費を原資に事業費が支払われる仕組みだ。2017年度の事業実施以降の検診受診率(前年度未受診者)は2015年度の9%を大きく上回る26.8%。八王子市は事業者に満額の成果報酬を支払った。
 地方自治体などの行政機関が民間のリソースを活用して社会課題の解決につなげる新たな手法のひとつであるSIB。自治体が政策的経費を使うことなく先進的な事業に取り組むことができることに加え、とりわけ単年度で成果を検証することが難しいヘルスケア分野では、予算の単年度主義にとらわれず取り組みを実施できる利点からも注目されている。
 神戸市では、糖尿病性腎症の患者などを対象に、重症化や人工透析への移行を予防する事業を2017年に開始。食事療法などの保健指導を行うことで生活習慣の改善を目指した。こちらも、対象者109人のうち、疾病などにより除外対処となった105人全員が半年にわたる健康指導プログラムを終了し、目標を上回る成果を上げている。
 新たな手法への期待の高さの一方で、「限られた人員体制ではSIB事業をゼロから構築するのは容易ではない」といった声もあり、自治体間の取り組み格差に対する懸念もある。そんな小規模自治体にとって新たなアプローチとなり得るのが広域連携によるプロジェクトだ。兵庫県川西市と新潟県見附市、千葉県白子町は2018年4月からSIBを活用したヘルスケアプロジェクトを実施している。三市町は全く異なるエリアに立地する「飛び地」だが、同じ問題意識を持つ自治体として結束。タニタヘルスリンクとつくばウェルネスリサーチが中心となり健康増進事業を実施し、筑波大学が事業を評価。5年間で1万人以上の参加を見込み1億8000万円の医療費適正化効果を見込んでいる。
 広がりの背景には、国が官民連携の新たな手法としてSIBを積極的に推進していることがある。未来投資戦略2018に「ヘルスケア分野において、行政コストを抑えつつ、民間ノウハウを活用して社会課題解決と行政効率化を実現する成果連動型民間委託契約方式の活用と普及を促進する」方針を明記。また、川西市などの取り組みのような地方創生推進交付金を活用したプロジェクトも組成され始めている。
 「いよいよ本格的に動き始めたという印象です」。こう語るのは、中間支援組織として、八王子市のプロジェクトなどに携わってきたケイスリーの幸地正樹代表取締役CEO(最高経営責任者)。国が支援するプロジェクトに加えて、「ここへきて自治体が中心となってSIBで事業を動かすケースが増えてきた」(幸地氏)からだ。
 民間事業者側の間でも、これまで培ってきたノウハウや創意工夫が発揮できる活躍領域が広がることへの期待感が大きい。前出の八王子市のプロジェクトに関わったキャンサースキャン福吉潤社長は「検診の受診勧奨ビジネスに特化している当社にとって、成果指標が設定され、しかも手法は任せたとなれば俄然、やる気が出ます」と語り、官民の新たな連携がイノベーションの原動力と受け止めている。

キャンサースキャンが2月に都内で開催したSIBセミナー。自治体の取り組み事例が紹介された


 民間の活力を積極的に取り入れる効果は、厳しい財政状況に直面する国や自治体だけに裨益するものではない。高齢化社会のトップランナーである日本にとって、最先端の医療技術やヘルスケアサービスを広く社会に普及させ、そのメリットをあらゆる人が享受できる社会の実現は喫緊の課題。その上で、期待されるのが医療や介護の現場で生まれた問題意識やアイデアをビジネスとして具現化するスタートアップやベンチャー。こうしたイノベーションの担い手をいかに輩出するかは、「健康大国・ニッポン」の行方を左右する。

※最終回は医療や介護の世界に新風を吹き込みつつある改革の旗手を紹介します。