政策特集エネルギー、未来への原動力 第7次エネルギー基本計画 vol.1

急増するデータセンターを超効率的に冷やす!「液浸冷却」の可能性

エネルギー政策の基本的な方向性を示す「第7次エネルギー基本計画」が2025年2月、閣議決定された。

安全性(Safety)を大前提に、エネルギー安定供給(Energy Security)を第一として、経済効率性の向上(Economic Efficiency)と環境への適合(Environment)を図る「S+3E」の原則を示し、「再生可能エネルギーを主力電源として最大限導入するとともに、特定の電源や燃料源に過度に依存しないようバランスの取れた電源構成を目指していく」「徹底した省エネルギー、製造業の燃料転換などを進めるとともに、供給サイドにおいては、再生可能エネルギー、原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する」などの方針を打ち出した。

ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化といった地政学リスクが高まったこと、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)などの進展に伴う電力需要の増加が見込まれること、カーボンニュートラルに向けた野心的な目標を維持しつつも多様で現実的なアプローチが進められていること、各国がエネルギー安定供給や脱炭素化に向けた構造転換を経済成長につなげるため産業政策を強化していることなど、エネルギーを巡る状況が変化している中、いかにしてエネルギー政策を進めていくのか。

今月の政策特集は、エネルギー政策の今と未来について、企業など第一線の動向を追いながら考えていく。初回は、2023年のG7広島首脳会合において「第一の燃料」として位置づけられ、その重要性が世界的にも再認識されている「省エネルギー」の取り組みを紹介する。

省エネは「第一の燃料」。カギ握るデータセンターの消費電力削減

神奈川県川崎市にあるNECネッツエスアイ新川崎テクニカルベースの敷地内の一角に、12フィートサイズの小型コンテナが置かれている。扉を開くと右奥に「液浸装置」と呼ばれる、四角い箱状の装置があり、その中には透明な液体に浸された状態でサーバーが設置されている。

このコンテナが、KDDIが三菱重工、NECネッツエスアイとともに開発したコンテナ型データセンターだ。高熱を発するサーバーを、空冷技術を使って冷ますのではなく、絶縁性の冷却オイルに丸ごと沈めて冷ます「液浸冷却」の技術を用いているのが最大の特徴だ。

KDDIが三菱重工、NECネッツエスアイと共同開発したコンテナ型データセンター

「ICT(情報通信技術)機器は高性能化が進み処理能力が向上する一方で、消費電力と発熱量が増え、これまでの冷却方式では冷やしきれなくなっています。データセンター事業者としては消費電力の削減も意識する必要があるため、高排熱なICT機器を効率的に冷却できる冷却方式の選択肢を広げるべく、こういった技術検証の取り組みも行っています」

KDDIコア技術統括本部ネットワーク開発部DXクラウド開発部長の中村雅さんは、液浸冷却技術の検証を行ってきた理由をこう語る。

消費電力は増加見通し。処理能力向上と省エネの両立を模索

データセンターとはサーバーやネットワーク機器を設置・管理し、運用することに特化した専用施設のことだ。クラウドサービスやAI技術の進歩に伴い重要性が高まっており、国内外で急速に増え続けている。

課題は、その消費電力の大きさだ。

例えば、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の分析では、省エネの度合いに応じて大きな幅があるとしつつ、データセンターの消費電力量が増加する見通しを示している。現状のペースで省エネが進んだ場合、データセンターの消費電力量だけで日本の電力需要の約5割、省エネが大幅に進んだ場合でも日本の電力需要の約1割を超える水準との分析となっている。

データセンターの消費電力量見通し。「電力需要について」(令和6年6月6日、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会 事務局提出資料)から抜粋

サーバーは高性能化が進んでおり、高い処理能力になるほど高い熱を発し、排熱の必要性が高まる。従来は、サーバールームの室温を下げる空冷技術で冷やしてきたが、冷やすために多くの電力が必要となるのが課題だった。そこで、排熱効率を劇的に高め、サーバーの高性能化と消費電力の削減という、相反する二つの課題の解決を期待されているのが液浸冷却の技術だ。

サーバーをそのまま冷却オイルに。空冷と比べ94%の電力削減

液浸冷却のシステムは、空気と比べて熱を奪う能力が高いという液体の性質を利用しており、サーバーを冷却オイルにそのまま浸して冷却する。具体的には、冷却オイルにサーバーを入れた「液浸装置」と「CDU(冷却流体循環ユニット)」「フリークーリング(外気冷却)装置」で構成され、サーバーを冷やすことで温度が上昇した冷却オイルはCDU内に構成された熱交換器に送られ、フリークーリング装置から送られてくる冷却水で冷やされ、再び液浸装置に戻される。

冷却オイルには絶縁性のものを使うため、サーバーをそのまま入れてもショートすることなく、安全に稼働させることができるという。

液浸冷却のメリットついて、中村さんは「第一に、効率よく熱を奪うことができること。第二に、空冷の場合、たくさんのファンを回す必要があるため、騒音が発生するのに対し、音が出ない『静音性』。第三に、機器の故障原因となるほこりやちりが一切入らない『防塵性』です」と話す。

コンテナ型データセンターの液浸装置内部。冷却オイルの中にサーバーが浸されている

KDDIはこの技術に着目し、2020年に台湾で実証実験を実施。基礎技術と冷却効果を検証し、良好な結果が得られたことから、2021年に開発したのが、前出のコンテナ型データセンターだ。ここでの検証結果では、データセンターの省エネ指数であるPUE値が1.07を記録した。PUE値はデータセンター全体の消費電力を、ICT機器の消費電力で割った数値で、1.0に近いほど効率的とされる。空冷のデータセンターの値1.7から大幅に向上した。

さらに、2022年にはKDDI小山データセンター(栃木県小山市)で、より規模の大きいデータセンターで運用した場合の課題確認や技術の検証を実施。PUE値は1.05と更に改善し、空冷と比べて94%の電力削減に成功した。

KDDI小山データセンターで実施された大規模データセンターの実証試験。空冷と比べて94%の電力削減に成功した

運用変更への対応、エコシステム構築……。商用化には課題も

ただ、商用化に向けては課題も少なくない。DXクラウド開発部コアスタッフの谷岡功基さんは指摘する。

「冷却オイルに浸すということで、今までの運用やメンテナンスのやり方を変えなければならないという難しさがあります。サーバーメーカーに『液浸冷却を使ってもいい』と言ってもらえる体制を作っていく必要があります。保守、サポート含めパートナーを広げ、エコシステムを構築していくことが、非常に大事になってくると思います」

KDDIは2025年4月、AIデータセンターの構築に向けて、シャープ堺工場の土地や建物などを取得。最新のGPU(画像処理装置)などを導入し、「大阪堺データセンター」として、2025年度中の稼働開始を目指している。KDDIとしては、更によりユーザーに近い地域へとデータセンターを広げていく構想を描いている。

電力削減に向け、技術的課題の解決、バリューチェーン確立

渉外・広報本部政策調整部グループリーダーの大田武志さんは、「まずは空冷から水冷に切り替えて消費電力の削減をしっかりやっていく。液浸冷却は現実的にはその先の取り組みになってくると思います」と語る。その上で、今後を展望して、こう強調した。

「電力の大口需要者であるデータセンター事業者として、消費電力削減は課せられた責任です。そこに向けてのアプローチとして、液浸冷却は一つの有効な手段だと思います。技術的な課題を解決し、バリューチェーンをしっかり確立することが大切で、その見通しが立ってくれば、大きく前に進めることができると期待しています」