
Forbes JAPAN編集長 藤吉雅春さん「編集とは、次世代に希望の種を届けることだ」
METIジャーナルオンライン編集長・栗原による編集長対談の第4回は、ビジネスリーダーやイノベーターのためのメディアとして世界から価値のある情報を届けているForbes JAPAN編集長の藤吉雅春さんです。

部数を追う以上に「10人を感動させる」雑誌を
栗原 Forbes JAPANは、企業の経営者をはじめとするエグゼクティブ層の読者が多くいらっしゃると聞いています。創刊以来、そうした支持を集める理由は、どんな点にあると思いますか?
藤吉 Forbes JAPANは2014年に創刊しました。当時すでに、紙媒体の市場は縮小傾向にあり、雑誌販売で利益を出すことが成り立ちにくい時代に入っていました。こうした中で新たに雑誌をつくる決断をした背景には、日本経済が長期のデフレに陥っており、この状態を脱して経済を活性化させなければという思いがありました。
例えば、当時は「スタートアップ」という言葉は日本では一般的ではありませんでした。ソニーやホンダももとはスタートアップだったわけですから、そういう若手起業家とすでにステータスを築いた事業家を誌面で引き合わせられないかと考えました。
創刊に向けて打ち合わせをする中で、オーナーが「10万部を目指すのではなく、10人を感動させよう。10人の行動変容を目指そう」という雑誌づくりの考えを話しました。紙の雑誌として部数を伸ばす努力を続けることは必要ですが、部数を伸ばすことだけ考えると、敷居を低くしてセンセーショナルな内容を掲載する方向に走ってしまいがちです。我々は視座をあえて高くして、内容で、志ある10人を感動させることができたら、やがてその感動が多くの人に伝わって、経済活性化につながる動きが生まれてくるという考えに立ちました。

藤吉雅春(ふじよし・まさはる) 1968年、佐賀県生まれ。2014年のForbes JAPAN創刊時より制作に携わり、2018年に「スモール・ジャイアンツ」プロジェクトを立ち上げ。著書『福井モデル─未来は地方から始まる』(文藝春秋)は、15年新潮ドキュメント賞最終候補作になった。2019年3月より現職。
栗原 「10人を感動させよう」というオーナーの考えを、どのように、経営層やリーダーに支持される編集方針や誌面づくりに反映していったのでしょうか。
藤吉 最初は正直なところ、よく分かりませんでした。模索する中で、Forbes JAPANの定期購読者は、高校生もいれば60代もいるというように、非常に幅広い年代の方に熱心に読んでいただいていることに気づきました。雑誌は、ターゲットとする読者層を年代で細分化している場合が多いのですが、Forbes JAPANの読者は「年代に関係なく、自分がリーダーとなって社会を変えていきたい」という人たちであることがわかりました。コアな読者像が明確になったことから、この人たちのためにつくるという編集の軸が定まっていきました。

栗原優子(くりはら・ゆうこ) 経済産業省大臣官房広報室長補佐(総括)。2009年経済産業省入省。通商、エネルギー、ロボット・ドローン、中小企業支援、対日投資促進などの政策分野に従事。2023年から、現職にて、経済産業省全体の広報を担う。
どんなテーマでも希望の言葉を見つける
栗原 編集長としてディレクションを行ううえで大事にしていることをお聞かせください。
藤吉 一冊の雑誌として「クール」であり「ホット」かどうか。クールは未来志向のかっこよさであり、ホットは意味のある面白さです。何かの問題を解決するストーリーに学びがあるか。単なる批判ではなく、読者の明日につながるか。伝えるのは、ポジティブなメッセージやストーリーです。私はこれまでに他の媒体で、政治や悲惨な事件も多く取材してきましたが、どんなテーマであっても、ストーリーの登場人物の言動から未来につながるような希望の言葉を見つけることを意識していました。こうした個人的な経験も影響しています。
Forbes JAPANの編集方針を一言でいうと、「ポジティブジャーナリズム教」です。いいアイデアや困難や課題と戦っている人の生き方などを集めています。世の中にある希望の種をたくさん拾ってきて、それをどうやって組み立てて次の世代に届けるか。種を届けるべき人に届けるのが、編集者としての我々の役割です。
栗原 我々経産省も、政策で世の中を変えていこう、良くしていこうと思いながら仕事をしている職員が多く、私もその一員として日々試行錯誤しているので、とても共感します。Forbes JAPANでは、世の中や未来のために、志を持って頑張っている人たちをリスペクトし取りあげられており、ヒントや刺激をもらえますし、私も私の分野で頑張ろう、と勇気づけられます。「ポジティブジャーナリズム」という軸が読者をそう思わせているのだなと納得しました。
米国をはじめ世界各地で発行されているForbesの存在は、Forbes JAPANのコンテンツやブランディングにも影響があると思います。誌面でも米国Forbesの記事を元にした内容を掲載されていますが、Forbesの強みをどのように取り入れていますか。
藤吉 Forbesは1917年に米国で創刊し現在、世界60か国近くで発行されています。米国をはじめ世界各地のForbesとコンテンツの交換ができ、世界での先進的な情報を読者にお届けできることに加えて、日本のローカルが海外と対等につながるツールであるということが重要な点だと考えています。私は、もっと日本の人や企業を世界に発信したいと考えていて、編集では世界の舞台で活躍できる日本人という視点も大事にしています。

「Forbesは日本のローカルと海外が対等につながるツールです」
栗原 誌面では女性や若者世代も積極的に取り上げられています。
藤吉 経済誌という特性上、企業トップに数多く登場してもらっていますが、どうしても男性、そして50~60代以上という方々が多くなってしまいます。一方で日本の今後の経済や未来のためには、女性や若者がもっと前に出ていくことが必須であり、多様な人々がリーダーにならないと、世の中は面白くならないと思っています。コーナーの名前が変わったりはしますが、女性、若者に光を当てて背中を押していく姿勢はぶれません。過去に「Women in Tech 30」というタイトルで、テック分野で活躍する女性を特集しましたが、驚くほどに女性の理系人材が少なく、一体この国は大丈夫なのかという気持ちから始めた企画です。今後ももっと女性、若者に注目していこうと思っています。
どんなテーマを扱うかについては、基本的に編集部のメンバーにまかせていますが、「掲載NG」の判断は必ず私がしています。人気取りを狙った内容をはじめ、ステレオタイプな見立て、既に話題のものを後追いし今さら議論するものではないようなテーマはあえて私たちが記事にしなくてもいいでしょう。無名であっても素晴らしいものを取り上げる姿勢を大切にしています。
ネーミングから革命を起こす
栗原 世の中でまだあまり知られていなくても、高い志を持っている取材対象の方々に光を当て誌面で取り上げていくうえで、そうした記事をより多くの方に読んでもらうために、どのような工夫をされているのでしょうか。
藤吉 ネーミングが大事だと考えています。なぜなら無名なものは読者にとって「読む理由」がないからです。であれば、読む理由を提示するのが私たちの役割です。例えば、無名の中小企業を取り上げる際に、組織は小さいけれど社会的な価値が大きい企業を「スモール・ジャイアンツ」と命名して甲子園のようにアワードにしました。経産省の中小企業政策でも、内容や打ち出すタイミングがともに素晴らしくても、あまり知られていないものがあり、もったいないと感じることがあります。「革命」を起こすには名前が大事で、名前がないと人が集まりません。
基本的にForbesは人を描く雑誌です。人を登場させて、その人を通して社会や経済を見ていくという編集姿勢は一貫しています。表紙も人で、きちんと人を描くことにページを割いています。例えば2025年4月号では、中小企業の経営者を取り上げましたが、皆さん、幾多の試練を乗り越えてきた方ばかりなんです。真似したくなるアイデアがあり、ビジネスヒントがあります。また、人間ドラマがあり、その人の哲学があり、なぜ、その哲学が生まれたかといったストーリーがある。それを伝えるために、人物を掘り下げて取材し、きちんと描くことができれば、読者の心を強く動かすことができる。「こんな人になりたいな」などと、そういう人達に読者は憧れるんです。そしてさらに「自分も負けずに明日やろう」という気持ちになる。これこそが、我々が目指す行動変容です。

「政策で世の中を変えていこう、良くしていこうと思いながら仕事をしているので、とても共感します」
いろんな人と出会えば何かを生み出せる
栗原 「何かを変えたい」「世の中に良い影響を与えていきたい」といった思いで、一歩先のヒントとなるものをForbes JAPANの記事から探す方は多いと思います。国内外のいろいろな方向にアンテナを高く張っていらっしゃるからこそ、すでに話題となっているものだけではなくて、未来につながる様々な希望の種を発掘できるのではないかと思います。種を発掘する秘訣、どのようにして情報収集をされていますか。
藤吉 行動量を増やすと、情報に出合う確率も高くなります。最先端の話や面白い話がどこに転がっているかというと、過去に苦労を重ねて、今は新規事業をスタートするなど勢いのある経営者の方々の周辺ですね。忙しいのに本当によく人に会っていて、「この人に会った方がいいよ」と教えてくれます。経営がうまくいっている人ほど、人に会っていて一次情報を大事にしています。
栗原 人との出会いの場でいうと、誌面上の企画のみならず、Forbes JAPAN SALONのような取り組みでみなさんが交流する機会を設けていますね。
藤吉 メディアの仕事では、1回取材してそれで終わるというケースが少なくありません。取材を通してこんないい人たちと出会って、1回限りで会わなくなるのはもったいないと思っていました。みんなで集まって、経営課題を話すと、それぞれが実体験からアドバイスを送り合います。こうしたことが楽しそうだなと思ったのがきっかけで始めたのが、Forbes JAPAN SALONです。
Forbes JAPANの中で、紙の雑誌の位置づけは、Forbesの世界観に入るためのチケットです。世界観をリアルで体験する場として、Forbes JAPAN SALONや様々なイベントを用意しています。そこで経営者の方々が集まると、自然とお互いに切磋琢磨し合うような交流が生まれていて、自己研鑽型のメディアとして面白いのではないかと思います。

栗原 Forbes JAPANというメディアが、コミュニティへと進化していきますね。
藤吉 Forbes JAPANを発行しているリンクタイズの社名には、テクノロジー、イノベーション、アントレプレナーシップ(起業家精神)、ソーシャルの頭文字であるt,i,e,sをリンクするという意味を込めています。
Forbesは起業家精神を醸成するというスタンスのメディアです。自分で何かを起こしたい人たち向けのアントレプレナーシップの旗を振ります。日々、いろんな人に会って面白い話を聞くと、何かシェアしたいなという気持ちになるでしょう。人が集まると、新たな刺激が生まれ、結果として日本経済にもいい影響を与えていきます。今後、こうしたつながりを事業共創といった形にもつなげていくと、面白いと思っています。
栗原 読者の世代も幅広いとのこと、各世代をつなぐ役割も果たされていると思いました。最後に、経済産業の今とこれからをお伝えする、経産省の公式ウェブメディアであるMETIジャーナルで、こんなことをすればいいなといったアドバイスをいただけますか。
藤吉 経産省の政策を調べる際、必ず、METIジャーナルのサイトがヒットします。伝えるべき情報を発信するという基本をおさえて丁寧につくっている印象を持っています。現在の編集方針に沿って続けていくことがよいのではないでしょうか。
今日のお話をお聞きして経産省の政策の方向性と我々の編集方針は、とても近いところにあると改めて思いました。何か一緒にできることがあればうれしいですね。