
「僕と一緒にワクワクしませんか」。スペシャルサポーター青木崇高さんが語る、万博、地域、子どもたちへの思い
大阪・関西万博の魅力、理念を、その発信力を生かして多くの人に伝える役目を担っているのが「スペシャルサポーター」。いわば大阪・関西万博の強力な応援団です。今回はその一人、俳優の青木崇高さんに万博への思いを語ってもらいました。
地元大阪府出身で、グラフィックデザインを学ぶために上京し、バックパッカーとして、様々な国の人々や文化に触れてきた経験を持つ青木さん。話題は、異なる国の人や文化が出会う事の大切さ、地元への思い、未来を担う子どもたちへと……。万博の理念と共鳴し合い、そのメッセージはポジティブに、ストレートに響いてきます。

青木崇高(あおき・むねたか) 俳優、アーティスト。NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」で注目される。大河ドラマでは「龍馬伝」「平清盛」「西郷どん」「『鎌倉殿の13人」に出演。近年も、映画では米アカデミー賞受賞作「ゴジラ-1.0」、「ミッシング」、韓国映画「犯罪都市 NO WAY OUT」、ドラマではAmazon Prime Video『龍が如く〜Beyond the Game〜』、Hulu『十角館の殺人』、WOWOW『フェンス』、NHK『3000万』などに多数出演。俳優以外の活動として絵画、デザイン、アートワークなどにも取り組んでいる。大阪府八尾市出身
「八尾の魅力大使」そして万博――。30代後半から地元への貢献を意識
――青木さんは大阪府八尾市のご出身ですね。地元で開催される大阪・関西万博への思いを、聞かせてください。
高校卒業後、東京に出てきたので、今では東京の方が長くなってしまいましたが、30代後半頃、キャリアが一区切りついた時に地元を意識するようになりました。恩返しというと偉そうですが、自分なりに地元に協力できたら、盛り上げるようなことができたらと、「八尾の魅力大使」になりました。
魅力大使として活動する中で万博関係の方々とつながりができました。大阪出身の人間として、大阪・関西万博が2025年に開催されることは意識していましたし、何かの形で関わることができたらと思っていました。1980年生まれの自分にとって1970年の大阪万博は昔のことではありますが、世界が大阪にやって来たというスケールの大きさ、映像から伝わるパワーを感じていました。自分が生きている間に、大阪にはもう来ないかもしれません。大阪の人間として盛り上げに関われたらとずっと思っていたところ、スペシャルサポーターに選んでいただきました。大阪や関西、ひいては日本、世界が盛り上がるイベントになったらうれしいなと思います。
――万博について個人的な経験や思い出はありますか。
元々、東京に出たきっかけはグラフィックデザインを学ぶことでした。ですから1970年当時の大阪万博のポスターや写真、資料など様々拝見し、会場を案内するための絵記号(ピクトグラム)が万博をきっかけに全世界に共通のデザインとして広まったといったことも伺いました。
最先端のデザイン、最先端のモノがさらに世界と交わりハイブリッドなものになっていく。デザインや技術にとって素晴らしい万博だったのだろうと思います。
自分自身、太陽の塔の顔をデザインした焼き物を、オークションで買い求めたりしていて、1964年の東京五輪もそうですが、大阪万博も当時のデザインを大きく躍進させたという点で注目していました。

「30代後半頃、キャリアが一区切りついた時に地元を意識するようになりました」
カルチャー、技術……世界を五感で感じたい
――青木さんはバックパッカーとして世界中を回ったとうかがっています。自らの経験と照らして、来場者には万博で何を感じてほしいですか。
外国に行って、色々な言語、文化、価値観に触れるとショッキングだし、自分たちの感覚とは違うけど「これが世界だ」と知ることができます。当時の自分も大きな影響を受けました。僕は時代劇に出演することも多く、100年、150年前の価値観はどうだったのだろうと考えたりします。そう考えると、今は24時間で地球の反対側のブラジルまで行ける時代です。色々な世界、色々な価値に触れたいと思っています。
直接海外の国を訪れることは、もちろん楽しいことですが、逆に世界がやってきてくれるイベントは想像しただけでワクワクします。カルチャー、技術などいろいろなものが一堂にやってくるイベントは万博くらいしかありません。この時代に生まれたものとしては、是非とも触れて、感じたいという気持ちがあります。
――スペシャルサポーターとしてのご自身の役割についてどう考えていますか。
視察などで会場に何度も足を運び、建設中の「大屋根リング」やパビリオンを拝見しました。実際、そこに人やカルチャーが注ぎ込まれた状態は、僕も全く想像ができません。交流が生まれ、文化がさらにハイブリッドなものになり、音楽など様々なイベントがあるわけですから、僕の想像をはるかに超えてくると思います。
ですから、僕がスペシャルサポーターの立場でできることは、「皆さんここはこうですよ」と言うよりは、「僕と一緒にワクワクしませんか、楽しみませんか」と伝えることかなと思いっています。
――楽しみにしているパビリオン、イベントなどありますか。
今の段階では想像できないところもあるのですが、食は楽しみにしています。僕自身、海外に行くと食やお酒を楽しみます。胃袋を通して、その国を感じたいという思いがあります。美しいパビリオン、色々な音楽イベント、食べ物。五感でもって感じるのを大変楽しみにしています。

「僕と一緒にワクワクしませんか、楽しみませんか」
余材でアート作品を制作。「平和」への思い込める
――万博の建設余材を使ってアート作品を制作されたとうかがいました。どのような作品で、どんな思いを込めたのでしょうか。
2か所に展示すると前もってうかがっていたので、自分なりに考え「平」と「和」の文字をかたどった二つの作品を制作しました。和は「和み」「人の和」であり、日本という意味もあります。「大屋根リング」のリングでもあります。そして、現在の世界の情勢を見た時、「平和」というものを作品にできたらと考えました。
実際の「大屋根リング」を何度か見せていただきました、木の目、木の癖を見極めて、昔ながらの工法に最新の技術を織り交ぜて作られています。僕は僕で、また違った木の見え方というものを表現できたらなと思って制作しました。材料となった建築余材は、香りが強いものもあれば、目のきれいなもの、割れやすいもの、強いものと様々な癖があります。制作している間、その一つひとつが、どんどん愛おしく感じるようになりました。作品をどう受けとめていただくかは、もちろん個人の自由ですが、何か多様性のようなものを感じていただければと思います。
元々好きだったデザイン、アートワークで、地元開催の世界的なイベントに参加できたことは、僕のキャリアにおいても、人生においても大きな意味のあることです。

青木さんが万博の建設余材を使って制作したアート作品。「平和」の文字がかたどられている
子どもたちに「素敵なバトン」渡したい
――ご自身お子さんもいらっしゃると思います。子どもたちにはどんな事を感じたり、学んだりしてほしいですか。
「これはこういうメッセージだ」と、押しつけるようなことはしないほうがいいと思います。そこに来れば、360度面白いものがある状況なので、心の赴くままに、心から楽しんでもらえたらいい。そこで何か自分の好きなもの、興味のあるものを見つけてくれたらうれしいです。子どもたちの世代が、次の時代を輝かせることになります。僕も気がつけばバトンを渡す年齢になってきたので、どうせ渡すのなら素敵(すてき)なバトンを渡したいと思います。
「人は笑顔でいると、とんでもない力が出る」
――本業に、スペシャルサポーターとしての活動にと忙しい日々を送られていますが、そのように自分自身をマネジメントされているのですか。
バックパッカーとして色々な国に行ったりして実感したのは、人は1度しか生きられないと言う事実です。なるべく悔いのない生き方をしたいと思っているので、迷った時はより刺激的な道を選びたい。そうすれば、同じような判断をしてきた方々と交流が生まれ、より刺激的な生き方になるのではないかと、僕は考えています。
健康のこともちゃんと考えないといけない年齢ですが、忙しい中でも心の栄養は行き渡っていると感じます。もちろん体のケアも必要ですが、心が元気であれば体もついてきてくれる気がします。
お芝居をしていると、作品ができた時がゴールではなく、人の心に届いた時が初めてゴールになります。受け取ってくれた人の心が震える瞬間を感じることで、僕もまたエネルギーが沸いてくる。そういう循環が僕を支えていると思うので、万博にもたくさんのエネルギーをもらえると期待しています。
ちょっと臭いかもしれませんが、人は笑顔でいると、本当にとんでもない力が出ると思います。そこは笑われても言い続けたいですね。

「悔いのない生き方をしたいと思っているので、迷った時はより刺激的な道を選びたい」
「度肝を抜かれるのは間違いない」。本当のすごさを会場で
――万博にはどのくらい足を運びたいですか。
できる限りたくさん足を運びたいですね。55年前の大阪万博の熱気を知っている人は今や限られているので、万博について今ひとつピンと来ていないところもあると思いますが、実際に足を運んだら度肝を抜かれるのは間違いないと思うんです。
インターネットがどれだけ発達しても、本当のすごさは実際に行かないと感じ取れません。きっと開幕後、実際に見てき来た人たちの口コミで、「言葉にできない。とにかく行け」となると、僕は信じています。
様々な価値観に触れる。異業種交流これからも
――今後の活動についてお聞かせください。
今、国内外でいろいろと、お仕事をさせてもらっています。今後も、海外との合作、日本と外国の文化が交錯するようなものが、エンタメにおいても広がっていくと思います。そうした仕事に、これからも関わっていきたいですね。
今回スペシャルサポーターをやらせていただいたことで、芝居をしているだけでは出会えなかった色々な業種の方々と交流することができ、様々な価値観に触れることができました。今後も、こういった機会があれば是非参加させていただきたいし、今回、万博を通じて出会った方々とも長くお付き合いして、エネルギーを分かち合いたいたいですね。
――METIジャーナルオンライの読者のメッセージをお願いします。
読者はビジネスパーソンが中心ということですが、僕自身はビジネスとは違う道を歩んできました。参考になるかどうか分かりませんが、僕は仕事に取り組んだ時、常に今のが「最上の一手」だったのかと考えるようにしています。いろんな方角から考えて、パーフェクトではないにしても最上だったのかと。
考え出すときりがないことですが、考え抜いて決断した一手ならば、未熟であっても次につながっていくのではないかと思います。要は、その時その時点でベストをつくしてほしいということです。

「 色々な業種の方々と交流することができ、様々な価値観に触れることができました」