
本売るために愚直に。知のインフラ守る… 大手チェーンが探る書店の進路
2024年度に連結決算の最高益を達成し、2027年に創業100周年を控える紀伊國屋書店(本社・東京)。経営不振に陥った地方書店に次々と支援の手を差し伸べ、2023年は麻布台ヒルズに店舗を展開、初の東京進出を果たした大垣書店(本社・京都)。大チェーンを率いる経営者に経営戦略や書店業界への提言を聞いた。
若い読者を新宿に 紀伊國屋書店・藤則(ふじのり)幸男社長
2023年に高井昌史さん(現・代表取締役会長)から紀伊國屋書店社長のポストを受け継いだ藤則幸男さん(67)は「本が売れにくくなっている今、棚を減らして他の業態に変えるということを紀伊國屋書店はやりたくない。『本を売るためにやるべきことを愚直にやっていこう』と社員には話しています」と力を込める。
1927年、当時21歳の田辺茂一が新宿で従業員5人の個人書店を創業したのが紀伊國屋書店の出発点。店舗は1945年5月、終戦の3か月前の空襲で焼失してしまったが、半年後には焼け跡にバラックを建て、書店営業を再開させ、東京五輪が開催された1964年に現在の同社のシンボルとなっている新宿紀伊國屋ビルが竣工した。

紀伊國屋書店新宿本店
東京都の歴史的建造物にも選定されていた同ビルは2023年に耐震改修工事を経てリニューアル。新たな「新宿の顔」として、連日多くの客でにぎわいを見せているが、藤則さんは「売り上げも、来店者数もコロナ禍前の水準に戻っていません」と顔を曇らせる。
藤則さんが必要性を痛感しているのが、若い世代の人たちをもっと引き付ける工夫だ。新宿本店では現在、店内のイベントスペースで作家などを招いて行うミニ講演会やサイン会のほか、中高生らが「学校の図書館に並べたい本」を店内で探すブックハンティングなど年間400回以上のイベントを開催して、書店に足を運んでもらうための仕掛けづくりに取り組んでいる。
藤則さんは「新宿本店に限らず、もっと店側から『紀伊國屋書店に来れば面白いことがあるよ』『わくわくするようなことがあるよ』と情報発信をしていく必要があります」と力を込める。

新宿本店では、知的書評合戦「ビブリオバトル」のイベントも行われている。写真は2024年11月に行われた全国大学ビブリオバトル大会の関東予選
ブックセラーズ&カンパニー 書店の粗利アップへ期待
紀伊國屋書店は2023年10月、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYAの運営会社)、取次会社の日本出版販売(日販)と共同出資し、新会社「ブックセラーズ&カンパニー」を設立した。
これまで取次会社が出版社と書店の間に入り、書籍の仕入れをして書店に一律配送をしていたシステムを改める取り組みで、参画書店は自分たちの仕入れたい書籍を出版社に注文。新会社が出版社と直接に取引契約を結ぶ。取次会社は輸送だけを担うほか、近隣のエリアにある書店同士で在庫データを共有して、東京の出版社に返本するロスを減らすことで、書店側の粗利(本を売った場合の書店に入る利益率)も現在の平均22%よりも高い3割以上を達成していくことが狙いだ。

藤則さんは、物流コスト削減以外に、新会社の参画書店で「書店員アワード」を実施したいと考えている。現在、参画書店で働く書店員は約5000人に達しているが、この中から、秀逸なPOPで話題を呼んだり、ユニークなイベントを企画したりして売り上げ向上に顕著な活躍をした書店員を表彰するものだ。藤則さんは「これまでは他の書店はライバル関係だったけれど、新会社に加盟すれば同じものを盛り上げて売っていこうという仲間同士。その機運を高めることになるのではと期待している」と話す。
国内外の店舗とつなぐライブ配信イベント構想
紀伊國屋書店の強みの一つが海外事業だ。同社は1969年、日系人の多く住む米サンフランシスコから出店要請を受けたことがきっかけとなり、現地に海外1号店を出店。その後もシンガポールや台湾、ドバイなどに進出し、現在の海外店舗は10か国43店舗に上る。右肩上がりに売り上げは伸びており、今期(2025年8月期)は330億円を超える見込みだ。
和書は売上全体の20%にも達していないというが、「日本のコミックが非常に売れているし、最近は川上未映子さんや村田沙耶香さん、西加奈子さんなど日本人女流作家の作品も人気が高い。海外店舗はコミックやゲームも含めて、ジャパンコンテンツを売り込んでいく拠点としての役割も果たしていけるのではと考えています」と藤則さん。
今、構想を温めているのは、新宿本店に作家や本好きのユーチューバーらを招き、ライブ配信でつながった国内外の店舗のお客さんから質問を受け付けるイベントだ。藤則さんは「書店業界全体に言えることですが、本を読まない、書店に来ない人たちにどうやってリーチしていくかを真剣に考えていかなければならない時代になっていることは間違いありません」と指摘する。紀伊國屋書店は2024年暮れに老舗の旭屋書店・東京旭屋書店を完全子会社化し、グループとしては国内80店舗を超えた。2027年の創業100周年という節目の年に、国内100店舗・海外100店舗に到達することを目標に掲げている。

「新宿本店から文化の発信を」と語る藤則社長(東京都目黒区の本社で)
棚づくりと店員教育 大垣書店グループ・大垣守弘代表
「書店業界に求められているのは現状への補填ではなく、未来に向けての投資ではないでしょうか」。2024年11月に斎藤健経済産業大臣(当時)が東京都内で書店のトップらを招いて開催した「車座会合」で、大垣書店代表取締役会長の大垣守弘さん(65)は、新しい書店をつくる時の支援や書店員のリスキリング支援の必要性を訴えた。
大垣書店は広島の廣文館、東京・多摩地域のブックス・タマのほか、山梨や札幌、愛知など、来店者の減少、後継者不在などで行き詰まった各地の書店の経営再建を担ってきた。
グループ代表の大垣守弘さんは「取次会社や地元の金融機関から救済の打診があったのは事実ですが、やはり地域住民の教養を長年にわたって培ってきた『知のインフラ』が消えていくのをそのままにはできなかったですね」と語る。
書店を支援するかどうかを決めるにあたって、大垣さん自身がそれぞれの書店に足を運び、書棚を確認してみると、地域の需要に見合った品ぞろえが出来ていないケースが少なくなかったという。「賞味期限が切れた本が棚に置きっぱなしになっているんですね。古い野菜がそのまま残っている八百屋さんには消費者は足を運ばなくなりますよね。恥ずかしい話ですが、毎日、新聞を読んでいない店長がほとんどでした。これでは人々がどのような本を欲しているのか、わかるはずもない」と大垣さんは手厳しい。
大垣書店では十数年前から店長登用試験を行っており、時事問題を絡めた問題を出題。社会へのアンテナを高くしてもらうことを促している。登用試験を通過した各店の店長たちは今、大学に近い店舗では目立つ場所に哲学書のコーナーを店頭に設けたり、特に神社仏閣の多い地域では宗教関係の専門書を充実させたりするなど、地域の特性に見合った棚づくりを行っているという。経営再建中の書店には大垣書店から店長を送り込み、本の並べ方から指導を徹底して経営再建を図ってきた。

「書店員のレベルアップが大切」という大垣さん(京都市下京区の大垣書店本店で)
地域文化への貢献 麻布台ヒルズ進出につながる
2023年11月、東京・港区に誕生した大規模複合施設の麻布台ヒルズ。約8ヘクタールの広大な区域には商業施設以外にオフィスや医療施設、インターナショナルスクール、住宅や文化施設がある。その一角「タワープラザ」4階に大垣書店の麻布台ヒルズ店は開業した。大垣さんは「最初、森ビルさんから出店の打診があったときは、『なぜ京都の書店にこんな話が』と戸惑いました」と苦笑する。
伏線はあった。戦後、全国初の店舗付き住宅として話題になった京都・西陣織の中心部に近い堀川団地が老朽化。京都府からリニューアルへの協力要請を受けた大垣書店はカフェやギャラリーなどを併設した「大垣書店堀川新文化ビルヂング店」を2021年にオープンさせた。現在は新進のデザイナーらによる作品展の会場として人気が高まり、多くの地域住民も集う人気スポットとして生まれ変わった。
この成功例に注目していたという森ビル・麻布台ヒルズ運営推進室の井本香さんは「森ビルも地元の皆様とともに地域に根差した街づくりに取り組んできたので、大垣書店さんの姿勢に共感を覚えました。地域ファーストのマインドが根付かれている大垣書店さんなら、新たに生まれるこの街でも、街に根差した書店が育つのではと感じました」と誘致した理由を語る。
大垣さんが出店を決めたのは、井本さんの「街の人のための本屋を、近隣の方々の心地よい場所をつくってほしい」という言葉だった。
麻布台ヒルズ店は現在、若い女性客の姿も目立つ。
「場所柄なんでしょうか、児童書の売り上げが全体の15%くらいあり、洋書も結構売れています」と大垣さん。
京都で成功した街ぐるみの書店作りが東京で成功するのかどうか。「街の人のための本屋、住民がほっとするような場所を作っていきたい」という大垣書店の挑戦は始まったばかりだ。

女性客でにぎわう大垣書店麻布台ヒルズ店