政策特集ダイバーシティ経営の春です vol.3

経営を「れんが造り」から「石垣造り」へ。ニューロダイバーシティこそがイノベーションを起こす

「ニューロダイバーシティ」という言葉をご存じだろうか。

Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の二つを組み合わせた造語で、脳・神経に由来する個人レベルの様々な違いを多様性と捉えて、相互に尊重しながらその違いを社会の中でいかしていこうという考え方だ。

具体的な動きとしては、企業の現場で自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害など発達障害の人に、その特性をいかして活躍してもらおうという取り組みが進みつつある。

さらにその先、「健常者と障害者」「マジョリティとマイノリティ」といった境界を超え、どうすれば一人ひとりが尊重される組織、社会をつくっていけるか――。「ニューロダイバーシティ」という言葉は問いかけている。

1990年代後半、自閉症の人たちがオンラインコミュニティで広める

発達障害のある人材を積極的に雇用する動きは、海外ではマイクロソフト、グーグルといった有名IT企業を中心に広がりを見せている。特定の能力に非常に優れ、生産性や品質、革新性の向上など、様々な貢献に企業側が期待を寄せているためだ。

「ニューロダイバーシティ」という言葉が生まれたのは1990年代後半。自閉症の人たちのオンラインコミュニティで使われたのが最初だと言われる。

「精神医学上は『社会的コミュニケーションの障害者』『共感能力の根本的に欠如した人』と定義付けられていた彼らが、インターネットに接続することで、時間と空間を超えてつながり始め、そこで強い共感と連帯感が生まれました。『コミュニケーション能力の障害、共感能力の欠如などと言われているが、ここでは互いに共感している』『自分たちは社会が作り上げたノーマルというものに抑圧されていただけだ』と気づくわけです。そこから積極的に発信していく中で旗印となったのが、『ニューロダイバーシティ』という言葉です」

「Neurodiversity at Work」代表で臨床心理士の村中直人さんは、こう解説する

「一人ひとりの特性に合わせて、組織を再構築していく『新しいメンバーシップ制』が求められている」と語る村中さん

多数派と少数の枠組みを超え、一人ひとりの個別最適化求める

「ニューロダイバーシティ」は、自閉症や発達障害の人たちが、生きやすい社会を作るためのセルフアドボカシー(自己権利擁護)のムーブメントとして広がり、そうした特性を持つ人たちへの理解や権利拡充に貢献してきた。ただ、村中さんはそこからもう一歩進める必要があると問題提起する。

「『ニューロダイバーシティ』は『生物多様性』の考え方を基にしています。生物の多様性と同様に、人間の脳・神経の多様性も尊重されるべきだということです。障害の有無、マジョリティとマイノリティという切り口ではなく、一人ひとりが違っていることを前提として、働き方などの個別最適化を模索していく必要があるのではないでしょうか」

障害の有無に関わらず、人には得手不得手がある。営業が得意な人もいれば、デスクワークの正確さに定評がある人もいる。最適な睡眠時間、起床就寝時刻など生活リズムもそれぞれ違う。村中さんは、「『ニューロダイバーシティ』という言葉は、障害者や特別な才能のマネジメントのためだけではなく、働く全ての人が対象となる考え方として使われた時、最も輝きます」と語る。

日本発の「新しいンメンバーシップ制」を目指せ

「ニューロダイバーシティ」は日本にとってどんな可能性を秘めているのか――。

村中さんは「れんが造り」と「石垣造り」の違いに例える。産業革命以降、企業は人を同じ型にはめ込み、積み上げていくレンガのように扱ってきた。そこに限界に来ているのではないかと。

「石垣を構成する石の形や大きさが違うように、人間の存在も一様ではありません。一人ひとりの特性に合わせて、組織を再構築していく『新しいメンバーシップ制』が今、求められていると思います。壮大な話になってしまいますが、そもそも石垣造りの名手であった日本から、『石垣的』な新しい組織のあり方を世界に発信することができれば、『日本復活に向けた狼煙(のろし)』になると思っています」

 

オムロン型「石垣造り」を目指す「異能人財採用プロジェクト」

「石垣造り」の組織経営を目指して本気で取り組んでいる企業がある。大手電気機器メーカーの「オムロン」(京都市)は、ニューロダイバーシティの考えを、採用や人材登用に積極的に活用している先進企業だ。

「オムロンは1972年に福祉工場「オムロン太陽」を創業して以来、障害者を積極的に雇用し、総合職とし本業で働いてもらってきました。そんな中で最も苦労したのが発達障害の方にどう活躍してもらうか。チーム内で孤立して体調を崩してしまったり、周囲が発達障害の人と働くのは難しいと感じるようになったり、特性を生かし切ることができなかったのです」

グローバル人財総務本部・障害者雇用システムアドバイザーの宮地功さんは、これまでの経緯をこう振り返る。試行錯誤する中で「ニューロダイバーシティ」の考え方に出会い、2021年「異能人財採用プロジェクト」をスタートさせる。

企業が発達障害のある人材を積極的に雇用する理由 ※イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査 調査結果レポート(令和4年3月)より

インターンシップを通じてきめ細かくマッチング

「専門家にも入って支援していただき、採用プロセスから見直し、当人の得意不得意をしっかり把握し、それに合ったチームビルディングが出来るかどうか見極めて採用を進めていきました」

最初に採用した一人は、AIや画像系の技術に優れた学生だった。ただ、面接では、名前以外ほとんど話すことができない。従来の採用プロセスでは不合格となるところ、新たに導入した3週間のインターンシップに参加してもらった。そこで、オムロンが必要としている技術に秀でていることが分かり、雑談は苦手なものの、技術者同士の技術についての会話も不自由なくできることも確認できた。結果、現場からの「是非とも採用したい」との意向を受けて入社し、今、第一線で活躍している。

ニューロダイバーシティの実践は「組織風土に変化をもたらす」と語る宮地さん

組織風土に変化。「これこそがイノベーションの近道」

プロジェクトの最大の成果は、「組織風土に変化をもたらしたこと」だ。社員に対して「同じ形のレンガ」になるよう求めるのではなく、社員一人ひとりを見て最適なチーム作りをするための議論が始まったのだ。

「最初の一人」を迎えたチームマネジャーは、「今までは平均的にレベルの高い人を求めていました。しかし、不得意なことがあっても、チームでカバーしながら、得意なところを発揮してもらうほうがイノベーションの近道であることに気付きました」と語ったという。

更に、自身を含むチーム全員が自らの「取扱説明書」をつくり、何が得意で何が不得意かを共有。得意分野を生かし、不得意分野をカバーし合っていく体制を作り上げていった。障害の有無に関わらず、各人の得意不得意分野を見極めて組織を最適化すれば、さらに生産性を上げることができる――と、自らのマネジメントを根本から見直すきっかけとなったのだ。

宮地さんは、「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)は企業発展の原動力。障害者、性別、国籍など様々な面での多様化が、新しい組織風土をつくりひろげていく起爆剤になれば」と期待する。

「D&Iは企業発展の原動力だ」と異能人財採用プロジェクトに取り組む(オムロン提供)

地域連携会議を設置。取り組み拡大で学生、企業に双方に有益

オムロンが今、「ニューロダイバーシティ」に取り組む仲間づくりに力を入れている。「ニューロダイバーシティ京都地域連携会議」を組織し、12の参加企業が情報交換や勉強会を続けている。

宮地さんは、「多くの企業がニューロダイバーシティに取り組むことで、当事者である学生の選択肢も増えます。優れたスキルを持っている人材の企業間交流や『トレード』といったことも考えられるかもしれません」と語る。

そして、最後にこう強調した。「こうした連携が京都だけでなく色々な地域でできれば、当事者の学生にとっても素晴らしい。企業にとってもイノベーションの推進力になっていく可能性があります。国や経済産業省にはこうした動きを更に支援してほしいと思います」