政策特集ダイバーシティ経営の春です vol.2

イノベーションの源泉は「ダイバーシティ経営」にあり!谷口真美教授が語る多様な知と経験の重要性

「多様な人材をいかし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」――。「ダイバーシティ経営」について、経済産業省はこう定義している。

2017年に「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を策定後、様々な推進策を展開。2024年11月には「多様性を競争力につなげる企業経営研究会」を設け、ガイドライン策定後の日本企業の現状把握や多様な人材の活躍を更なる競争力強化につなげるための方策について検討を行った。

ダイバーシティ経営はなぜ必要で、企業や日本経済に何をもたらすのか。研究会の座長を務めた早稲田大学の谷口真美教授に話を聞いた。

(インタビュアー:経済産業省経済社会政策室 村山恵子室長補佐)

言葉は広く浸透。裾野は広がるも、意識の違いから企業間格差大きく

――この10年で日本におけるダイバーシティ経営の状況はそれなりに変わりつつあると思っています。大きく変わったところ、逆に変わっていないところなど、日本におけるダイバーシティ経営の現状を、どう捉えていますか。

ダイバーシティだけでなく、「D&I」(ダイバーシティ・インクルージョン)、「DEI」(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)といった言葉自体は企業の間で浸透してきました。女性活躍推進法の制定や高齢者雇用安定法、障害者雇用促進法の改正など法整備が進んだことも女性や高齢者、障害者に対する取り組みの裾野を広げました。さらに人材版伊藤レポートが企業価値向上に結び付ける人的資本経営の考え方を示したことで、これまで、こうした問題に対する意識を全く持っていなかった企業も取り組むようになり、裾野が広がることに伴う底上げ効果がありました。

変化していない点としては、人事の問題として閉じてしまって、経営戦略との連動が弱いところです。内閣官房が、上場企業向けに人的資本に関する開示のガイドライン「人的資本可視化指針」を公表し、女性管理職比率、男女間賃金格差、男性の育休取得率といった項目の開示を企業に促していますが、これらはトップを通さなくても人事担当が出せる数字であり、単なるチェックリストになってしまっています。企業価値に結び付くKPI(重要業績評価指標)つまりはプロセス指標として知と経験のダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでグローバルな競争に勝っていこうという企業と、KGI(経営目標達成指標)つまり、それ自体をゴールとして扱っている企業の差が大きくなっています。

谷口真美(たにぐち・まみ) 早稲田大学大学院教授。経営学博士。 神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了 博士(経営学)。2008年4月より現職。2013-2015年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院客員研究員。これまでに経済産業省ダイバーシティ経営企業 100選/プライム運営委員、同省「人的資本経営の実現に向けた検討会」委員を務めた。ダイバーシティ研究の国内第一人者。

規模、産業に関わらず、事業が創成・成長期の企業にとって重要に

――ダイバーシティ経営がビジネスドライバー※となる企業はどういった企業なのでしょうか。

事業のライフサイクルが創成期か成長期の企業。あるいは事業領域を更に拡大していこうと思っている企業は力を入れています。産業や企業規模ではありません。自社の事業を、経営者がこれからどうしていきたいと思っているかです。

ライフサイクルの違う複数の事業を持っている企業は強い。ソニーなどは、異なるライフサイクルの事業をたくさん持っていて、衰退期になった事業の人材を伸びている事業に異動させるなど、事業ポートフォリオのマネジメントがうまい。創成・成長期にある事業で、より一層知と経験のD&Iをいかし、戦略をダイナミックに変容させ企業価値を向上させているダイバーシティ経営の好例だと思います。

※ビジネスドライバー…経営者が優先事項を達成するために乗り越えなければならない主要課題。

経営戦略とどう結びつけるかがカギ。「魔法の杖ではない」

――ダイバーシティをきっかけにイノベーションを起こしていくことが重要だと思いますが、その点が腹落ちしていない経営者も少なくありません。なぜでしょうか。

競争のアリーナ(場)をどこに置いているかだと思います。日本国内に本社を置いていながらも、海外企業と戦っている企業は、海外企業と差別化を図らなければいけません。価格の差別化だけなら効率を追求すれば良いが、ビジネスモデルの新規性で差別化を図るには、競争のアリーナを見据えて、多様な知と経験というものがカギを握ってくる。イノベーションがないと勝っていくことができないからです。

どんな人材を活用して、イノベーションを起こしていこうか常に考え、行動を起こしている経営者かどうかだと思います。

――ただ多様な人材がいるだけではダメで、その人たちが活躍する仕組みを経営者がつくれるかどうかが大事だと思います。

ダイバーシティさえ整えれば、何か良いことが起こるといった「魔法の杖(つえ)」のように思っている人がいますが、そんなことはありません。ダイバーシティ自体は全く色の付いていないニュートラルなものです。それを成果に結び付けるために、インクルージョンやエクイティの取組が必要となるのです。

例えば、日東電工さんは「Global Niche Top™製品の創出を目指す」という戦略があります。そのためには多様なチームになる必要があるということで、たとえば女性の登用について、単に管理職比率や、男性の育休取得率といった政府の目標に沿って取り組んでいる指標のみならず、経営上の成果を出すための自社独自の指標を設けて組織作りをしています。女性が何割という「表層の多様性」ではなく、どんな経験や視点を持っているか「深層の多様性」を見ているのです。

経営陣選任プロセスに問題あり。カギを握る「2番手」企業

――ダイバーシティはトップダウン、ボトムアップの両方で進めていく必要があります。日本企業の場合、ボトムアップで頑張ってもトップの反応が悪く成果が出ないという担当者の悩みを、私たちも感じています。

トップが人事や現場に丸投げしていることが問題です。トップがロールモデルになっておらず、自分自身変わろうともしないのであれば、トップに代わってもらうしかないという厳しい意見が研究会の委員からも出ていました。そもそも、トップや経営陣の選任プロセスが間違っているケースも多々あります。自分と同質的な部下しか引き上げない結果、いつまでたっても変わらないのです。

――研究会にも参加いただいている「アステラス製薬」の「サクセッションプランニング」の取組は興味深いと思いました。何十人という中から今経営戦略の実現に必要な人材、最適な人材を選んでいくというものですが、そうした取組が広がっていけばと思います。

製薬会社は先進的な取り組みをしているところが多いですね。やはり、イノベーションのスピードが重要な企業は、必要な人材プールをつくり、適切に登用していくということが、とてもスピーディーにできています。

米国のIT系大企業でさえ、かつての業界トップ企業では、例えば白人の男性がみんなスーツに同じ色のシャツを着ているなど、きわめて同質的だったそうです、イノベーションの要になるのは対抗企業、2番手の企業です。

「ダイバーシティは『魔法の杖』ではない。結果に結び付けるための自社の取り組みの歴史に適したインクルージョンやエクイティの取り組みが必要」と語る谷口教授

「揺り戻し」の動き。「日本企業は我が身を振り返る機会に」

――米国でDEI対する揺り戻しの動きがあります。どのように見てらっしゃいますか。

アップルは臨時株主総会で株主からダイバーシティの旗を下ろせと要求されたのですが、「我が社にとって多様性は1番重要なイノベーションのキーだから、下ろさない」との姿勢を通しました。

一つ指摘したいのは、D&IにEという言葉が加わってDEIと言われ始めたころから、結果平等を求める社会運動がより一層強まり、DEIは逆差別による結果平等を目指す考え方だと誤解されているということです。米国の動向を表面的に見て、日本企業は「DEIはやっぱりダメだ」と受けとめるのではなく、自社の取り組みの歴史と照らし合わせて見てほしい。米国企業はこれまで積極的にDEIに取り組んできたわけです。そこを踏まえ、どうして米国で今の動きが出てきたのか、自社の状況に当てはめ、我が身を振り返る機会にしてほしい。

――「多様性を競争力につなげる企業経営研究会」では近くレポートをまとめます。どんな人に読んで欲しいですか。

変わらなければいけないと思っている経営者やそうした企業の社員に読んでほしい。これまでの基幹事業がだんだんと縮小均衡してきて、何とかしないといけないと思っている方々です。

「知と経験のダイバーシティをいかして、競争力を高めていこうということを、あなたの企業はやっていますか」「あなたの企業のトップは本気でイノベーションを起こそうと思っていますか」ということです。企業の規模が小さいことを、ダイバーシティ経営に乗り出せないエクスキューズにしている企業が結構あります。そうした企業は女性、高齢者、障害者の比率といった「表層の多様性」を見ているようです。大事なのは個々の人材が持っている知と経験という「深層の多様性」なのです。

個々の「知と経験」を結果に結び付けられるか。組織が問われる

――ビジネスパーソン一人一人は、どういう姿勢で組織と向き合っていけばいいのでしょうか。

ビジネスパーソンといっても組織の中での職位・職責が様々です。共通して言えることは、自分の知と経験をどんどんブラッシュアップしていくこと。その知と経験が企業、職場の中で、どのように貢献しているのか。自己認知が、すごく大事になってくると思います。単に個人の知識や経験が蓄積されていくだけでなく、組織能力として結実しないとビジネスにはなりません。そのためには、自分自身の他者認知の幅を広げて、他者から学ぶ姿勢が必要です。

一方で、個々の知と経験を企業価値に結実するべく経営者側の働きかけも重要です。若手社員のモチベーションアップにつなげようと、社内でビジネスコンペを開催する企業がありますが、多くは「いいアイデアだね」のガス抜きにとどまっています。イノベーションに結実できる企業では、これぞと思うアイデアを経営者自身が目利きし、しっかりと事業化まで支援しています。自分がブラッシュアップしてきた知と経験を、結果に結び付ける組織なのかどうか。自分の会社をそういった目で見てほしいと思います。