
ニッポンの生成AI開発力を解き放ち、国際競争に立ち向かう

日本の生成AI政策を語る渡辺琢也・情報処理基盤産業室長
対話型AIサービス「ChatGPT」の登場により、生成AIは国民生活や産業活動の様々な場面で大きな影響を持ち始めている。世界中で「生成AI革命」時代の覇権を握ろうと激しい開発競争が展開され、国内でも生成AIの開発の強化、利活用の推進が求められている。日本は生成AIの国際競争にどう立ち向かうのか。経済産業省で生成AI政策を担当する渡辺琢也・情報処理基盤産業室長に聞いた。
――― 近年、生成AIが急速に発展しています。日本における生成AIの重要性をどのように捉えていますか。
日本はこれから人口減少社会を迎え、特に生産労働人口が著しく減っていきます。その中でも経済成長を続けるためには、人間が労力を割かなくても効率的に価値を生み出していくしかありません。それにはデジタル技術が有効で、この技術を簡単に使えるテクノロジーとして生成AIが生まれました。生産性向上への切実なニーズがある日本にとって、生成AIは非常に重要なのです。
これまで、自動車は一家に1台、スマホは1人に1台と普及するまで生産台数は伸び続けました。それと同じことが生成AIで起こるでしょう。まさに成長産業です。日本できちんと生成AIを作る、しかも日本人の価値観や文化を反映したものにしていく。「作る」と「使う」の両方が必要になると考えています。ただ、生成AIには、個人情報の流出や、実在しない事柄を事実のように回答するハルシネーション(幻覚)といったリスクもあり得ます。「イノベーションの促進」と「規律」の両立を図りながら政策を実施していく方針です。
GENIACプロジェクトでスタートアップを支援
――― 経済産業省は、「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge、ジーニアック)」などの取り組みを通じて、スタートアップや企業の生成AI開発を支援しています。GENIACの狙いや具体的な支援内容をお聞かせください。
日本としても、生成AIを作る能力を醸成したいと考えています。そのため、GENIACでは、①生成AI開発に必要な「計算資源」の調達支援、②データの利活用支援、③ナレッジシェア(知識や知見の共有)を行うコミュニティ活動支援、という三つの枠組みで実施しています。
テクノロジーの変革時にスタートアップの果たす役割は非常に大きい。2000年頃の「インターネット革命」で生まれたビッグテックもスタートアップでした。「生成AI革命」というチャンスに、日本からもGoogleのような企業を生み出したい、との思いがあります。
生成AIを作るためには、①データを超高速で処理できるスーパーコンピューター②大量のデータ③エンジニア――の三つの要素が必要です。まず、何といってもお金がかかるのはスーパーコンピューターです。スーパーコンピューター、言い換えれば「計算資源」、これを確保する必要がありました。
GENIACのプロジェクトは2024年の2月から始まっています。当時は、米国の半導体大手エヌビディア(NVIDIA)のAIデータ処理を担う最新鋭の画像処理半導体(GPU)が手に入らず、世界中で取り合っていました。スタートアップ1社では、お金の面でも物理的な面でも、とても確保できません。そこで経済産業省が一括で、コンピューター能力を持っている米ビッグテック(GoogleやMicrosoftなど)と調整して、コンピューター能力を確保し、国が利用料を支払うことで、スタートアップが生成AIを作れる環境を整えました。
2024年2月から8月までの1サイクル目で、10社を支援しました。300人を超えるエンジニアが、実際にコンピューター資源にアクセスをして、データを使って、AIを作る経験ができました。例えば「Sakana AI」は短期間に小型かつ効率的なAI基盤モデルの開発、「Preferred Elements」は世界レベルの日本語性能を持つモデルのゼロからの開発に成功しました。多くの人材が開発実績を持ったことが大きな財産になったと思います。
2024年10月から2サイクル目が始まっており、言語だけでなく画像・動画・音声へのマルチモーダル化や、アニメ・観光・化学・創薬などの産業領域における基盤モデル開発を目指す20の企業や研究機関が採択されています。
二つ目の「データの利活用支援」について、お話しします。日本はビジネスとしてどこで勝負するかというと、汎用的なAIは米国などが作ったものをうまく活用して、「利用分野特化型」で勝負するということになると考えています。インターネット上にはない、企業や組織が保有するデータをどうやって学習させて、専門分野に強く、効率の良い生成AIを作るのか、米国などとの差別化を図る意味で、これらが重要なファクターになります。
AIスタートアップは、GPUに大量のデータを学習させてAIに仕上げる能力を磨いていますが、例えば素材産業なら、何のデータから何が生み出されるのか、何のデータが工程の改善や新素材の開発につながるのかといったプロセスは分かりません。業務全体の流れや、データの持つ意味や背景などに関する知見は、事業会社側にあるわけです。ですから、ここをコラボレーションさせていくことがこれから重要になってきます。我々は、企業を超えたようなデータ連携の取り組みに関して、GENIAC のプログラムの中で手厚く支援しています。
三つ目は「ナレッジシェアを行うコミュニティ活動支援」です。GoogleとかMetaなど海外の最先端のエンジニアを迎えて、オンラインまたはオフラインでセミナーを開催しています。また、スタートアップの人たちが開発上の困りごとをシェアしながら、お互いに学び合う勉強会や事業会社とのマッチングイベントも設けています。これらを通じて開発力の底上げを図っています。

「GENIAC」2サイクル目の「計算資源の調達支援事業」と「第1回データ利活用実証事業」採択者の顔合わせイベント(2024年10月10日)
GX政策と連動しつつ「計算資源」を拡大
――― 生成AIの開発や利用には大量の計算資源が必要です。日本ではどのような整備が進められているのでしょうか。
GENIACは、米国ビッグテックからコンピューターを借りた形になっています。日本国内になくても、ネットワーク経由で、コンピューターの力を使うことができます。しかし、世の中で生成AI需要が高まると、もっとコンピューターを増やさなければなりません。国内への「計算資源」の整備が重要になってきます。さくらインターネットやソフトバンク、GMOなどに対して、計算資源整備の支援を行っていますが、今後さらに必要になります。
そのときには、電力の確保が問題になります。生成AI用のコンピューターは、今までのコンピューターに比べて、同じ床面積当たり10倍以上の電力を消費します。コンピューターを置くデータセンターへの「系統(電線)」の整備が必要で、持続可能性を考えると、脱炭素電力を生み出す発電所も必要です。2025年2月に「第7次エネルギー基本計画」「GX2040ビジョン」が閣議決定されました。GX(グリーントランスフォーメーション)政策と連動させる形で、データセンターと電力インフラをどのように効率的に整備するのか、検討を始めた状況です。
「事業者ガイドライン」でガバナンスの取り組みを推進
――― 生成AIの普及には、信頼性や安全性の確保が不可欠です。経済産業省ではどのようなガバナンスの取り組みを進めていますか。
生成AIには、ハルシネーション(幻覚)のほか、個人情報や著作権を侵害するなどのリスクがあります。世界では、パソコンの中の世界を超えて、ヒューマノイド(人型ロボット)の研究も進んでいます。将来、人間が生成AIをコントロールできなくなってしまうといったリスクも予測されます。生成AIを正しく使っていくために、そういったリスクを踏まえて、管理能力を高めていくためのルールづくりが大切です。
経済産業省は総務省と共同で2024年4月に「AI事業者ガイドライン」を策定しました。これは、AI 開発・提供・利用にあたっての必要な取り組みについて、基本的な考え方を示したものです。生成AIはこれからも進化しますので、継続して更新していきます。
2024年2月には、経済産業省が所管する独立行政法人「情報処理推進機構(IPA)」に「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」を作りました。様々な企業や研究機関でAIを扱っているプレーヤーがたくさんいますので、AISIを国内外のハブとして、生成AIのリスクを管理する方法論の標準化や、ノウハウの蓄積を図っていきます。
「作る」側と「使う」側が連携、「エコシステム」の構築へ
――― 生成AIは絶え間なく進化しています。経済産業省の今後の生成AI政策はどのような方向に進んでいくのでしょうか。
今後は、国内で半導体、データセンターなどのハードウェアと、生成AIなどのソフトウェアが相互に連携して、高度化していく「エコシステム」を構築していくことが何よりも大事です。総合的に支援するため、2024年末の総合経済対策で、2030年度までに10兆円以上の公的支援を実施していく「AI・半導体産業基盤強化フレーム」を発表しました。これによって、民間投資を促していきたいと考えています。
生成AIは「作る」と「使う」の両方が重要ですが、実は「生成AIを業務にどう活用すればよいか分からない」という声もよく聞きます。GENIACでは、生成AIエンジニアの能力を高める取り組みを積み上げていますが、実際に現場で使ってもらうためには、本当にそれが使えるAIなのかということが重要です。また、使う側は自分たちのサービスや製品がどのような付加価値を生み出しているかを深く理解した上で、どのような生成AIが必要なのかをきちんと要求していく、それによってエコシステムがうまく回り始めます。
2025年度から、AIアプリケーション開発についての懸賞金事業を実施する計画です。具体的な業務を決めて、それができる生成AIサービスを作るという課題を出します。全国のエンジニアに応募してもらい、評価の高いAIサービスに懸賞金を出します。この事業で、生成AIを「作る」と「使う」のモデルを示すことで、産業界に生成AIを根付かせていきます。
また、いま世界的に、ロボティクスとAIの融合に向けた取り組みが進んでいます。具体的には、人間のように現実空間を認識し、臨機応変に動くロボットの実現に向けた取り組みであり、様々な場面で活用できる可能性を秘めています。日本でも、産業界・学術界の幅広い組織・人材の取り組みをより一層進めていく必要があります。「AI・半導体産業基盤強化フレーム」によって、ロボティクス分野におけるAI開発も支援していく方針です。これらの政策によって、途切れることなく、生成AI産業の振興に取り組んでいきます。
渡辺琢也(わたなべ・たくや)経済産業省商務情報政策局情報産業課情報処理基盤産業室長 2004年4月に経済産業省に入省。2017年7月より商務情報政策局情報産業課に配属後、商務情報政策局総務課、大臣官房総務課を経て、2021年9月より現職。 |