
「手作業のバケツリレー」からの脱却を!官民連携で整える商品データ環境が開く流通業の未来
流通業(卸・小売)の効率化を妨げている原因の一つは、メーカー・卸・小売間の商品情報の「受け渡し」にあると言われる。商品情報は商品名、価格、容量、サイズなど基本的な項目だけでも50近くあり、加えて、最近ではアレルギー情報や写真情報なども求められている。登録業務はメーカー・卸・小売の段階ごとに各社別々に行われており、それぞれ担当者による手入力も多いというのが現状だ。この関連作業に、ひと月で約30万人分の労力が費やされていると言われている。この壮大な非効率を改めようと、国も本腰を入れている。
物流での協調路線が商流にも波及
商品情報の効率化に向けた、卸・小売業界の意識が大きく変化している。きっかけは、「物流の2024年問題」に対応して、輸送の分野でライバル社同士による共同輸送や、荷物を載せる「パレット」の標準化など、効率アップに向けた取り組みが急速に進んだことだ。
経済産業省商務・サービスグループ消費・流通政策課の西澤真希課長補佐は「輸送の分野で実現できた各社間の協調を、商品情報の分野でも始めようという意欲が卸・小売の双方で高まっている」と指摘。「商品情報の共通化は長年の課題だったが、これまでとは異なる大きな環境変化を踏まえ、改めてこの課題に挑戦すべき時機が到来した」と話す。
人手不足の深刻化により、デジタル技術を用いた効率化を進める必要性が高まっていることに加え、Eコマース(電子商取引)の普及により商品表示に求められる情報量そのものが増している。さらに、倉庫や店頭でのロボットの活用や、在庫をリアルタイムに把握し販売戦略を高度化するためにも、商品情報の共通化は欠かせないプロセスだ。

メーカー、卸、小売の代表的な企業が参加して商品情報の共通化に向けた議論を進める「商品情報連携標準に関する検討会」(第2回、2025年2月14日)
不満抱えながらも「前例踏襲」、商慣習が足かせに
経済産業省は、商品情報に関する業務について、2024年夏以降、メーカー、卸、小売の各社にヒアリングなどの実態調査を実施してきた。その結果、メーカーからは「小売から要求される商品情報は各社で異なり、自社データベースにない情報を要求される」、卸からは「小売への商品情報提供のフォーマットがバラバラ」などの意見が噴出。メーカー、卸、小売それぞれが不満を抱えながらも、取引先との関係やこれまでの商慣習に従って、現行のやり方を踏襲せざるを得ない実態が明らかになった。
加えて、本来1つの商品に固有の番号であるはずのJANコード※の運用がルールに則っていない場合があることも確認された。また商品情報提供の際には入力が手作業のため、人的なミスも発生しており、店や電子商取引サイトによっては、商品名や商品情報が実際のものと異なるなど、消費者にも不利益を与えているケースもあった。
※JANコード…主に13桁または8桁の数字で表した世界共通の商品識別コード。国コード(日本は49か45)、メーカーコード、商品コード、チェックデジット(コードの誤りがないか確認する数字)から構成される。
2026年、商品情報プラットフォームが始動へ
サプライチェーン全体に関わるこうした課題に、1つの企業が単独で取り組むことは難しい。国は、これまでの議論をまとめ、ルールの方向性をガイドラインで示していく方針だ。
2024年度に開催されてきた「商品情報連携標準に関する検討会」では、メーカー、卸、小売をまたがって商品の基本的な情報を共通化する意義を確認し、業界のリーダー的な企業を中心に、可能な限り協調を進めていくためのコンセンサスを、図っていく方針だ。
具体的には、商品のどのような項目を各社間で共通利用するのか、新商品発売の情報を何か月前から共有するのか、といった課題について2025年度中に取りまとめる。2025年度には、経済産業省主催で「商品情報連携会議(仮称)」を発足させ、商品情報授受に関するガイドラインを策定予定。2026年度には「商品情報プラットフォーム」の運用開始を目指す。
「商品情報プラットフォーム」は、業界別に整備が進むデータベースにある商品の基本的な情報を、レジストリー機能を経由することで小売店や卸売企業が検索できる仕組みだ。取り出した商品情報のデータを、各社の「商品マスタ」(JANコードや商品名、内容量、商品サイズなどの商品データをまとめたもの)にそのまま利用することで、小売店ごとに行っていた入力作業の削減や、商談や見積もり作成への活用、電子商取引サイト画面への反映など、商品情報が必要となる様々な場面で共通化された基本情報の活用が可能となる。
好きなときに、好きなモノを…問われる流通業の底力
小売業界は、セルフレジの導入による省力化、企画から製造、販売までを自社で一貫して行う「プライベートブランド」の導入など様々な試みを通じて効率化を進めているが、今後、人手不足が深刻化する中で、より一層の生産性向上が急務となっている。しかし、デジタル化に向けた大前提となるデータセットとしての商品情報が共通化されていない状態では、AIの活用どころか、電子棚札・発注システム等の単純な自動化技術の活用すらもままならない。
好きな時に、好きなモノを、好きなお店で買える――。便利で豊かな買物環境を人手不足の社会においても維持していくため、経済産業省としては、まずは「商品情報プラットフォーム」を確実にスタートさせたい考えだ。
整ったデータ環境の元で、どのように新たなビジネスを作り上げていくことができるのか、日本の流通業の底力が問われている。
※本特集はこれで終わりです。次回は「ダイバーシティ経営の春です」を特集します。