大阪・関西万博特集

「循環」のこと、知識よりも体感でやさしく――日本館総合プロデューサー・佐藤オオキさん

4月に開幕する大阪・関西万博で注目を集めそうなのが日本館。「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマに政府が出展するパビリオンの総合プロデューサー/総合デザイナーを、デザインオフィス「nendo」代表の佐藤オオキさん(47)が務めています。

「建築や展示を通して日本文化と自然との関係性が生み出す循環やつながりを体感してほしい」と佐藤さん。その特徴は表裏、あるいは内外の境界が曖昧な「メビウスの輪のような空間」とのこと。想像するだけで、ワクワクしてきませんか? 来場者の関心に応じ、様々な楽しみ方ができる日本館の見どころを佐藤さんに教えてもらいました。

日本館の「総合プロデューサー/総合デザイナー」を務める佐藤オオキさん。2002年早稲田大学大学院修了後、デザインオフィスnendo設立。建築・プロダクトデザイン・ブランディングなど多岐に渡ってデザインを手掛け、イタリア・フランス・イギリスでのデザイナーオブザイヤーなど、世界的なデザイン賞を多数受賞。TOKYO2020の聖火台デザインを担当した

館内を一回りすると、大きな循環の中に

すでに、この「METI Journal ONLINE」でも【万博60秒解説】などで、日本館の魅力をお伝えしていますが、ここでも簡単なおさらいをしておきましょう。建物は円形(直径約80メートル)の2階建て。敷地面積約12,950平方メートルと、野球場のグラウンドがすっぽり収まる大きさです。

内外壁に国産木材の直交集成板(CLT)を多用し、「ゴミ」から「水」をテーマとしたプラントエリア、「水」から「素材」をテーマにしたファームエリア、そして「素材」から「もの」をテーマとしたファクトリーエリア、三つのエリアで構成。「ゴミ」→「水」→「素材」→「もの」。それらが円になって「循環」を表現します。

「館内を一回りすると、その大きな循環の中にいることを体感できる展示内容になっています」と佐藤さんは話しています。

日本政府として出展するパビリオン「日本館」。内外壁には国産木材を活用しており、会期終了後には再利用される予定で、パビリオンそのものが「循環」というコンセプトを体現している。

「パビリオンというと、お客様をお迎えするゲートがあって、アプローチが続き、徐々に展示空間が現れてくるという一方向的なものが一般的ですが、日本館はテーマに沿ってエントランスが3か所あり、日によって異なる入口が指定されています。どこから入るかによって、来場者の方の感じるストーリーも少しずつ変わってきます。章立てに従って順番に展示を観ていくというより、循環という大きな流れに体を預けて合流する感覚に近いかもしれません」

もう少し、展示を具体的に紹介しましょう。プラントエリアでは、万博会場内の生ゴミを集め、バイオガス発電で水や電気などのエネルギーに変換する様を表現します。ファームエリアでは、脱化石資源依存や食糧不足などの解決に向けて可能性を秘めている藻類の力と、日本が誇るカーボンリサイクル技術などを展示します。そして、ファクトリーエリアでは、日本ならではの循環型ものづくりを物語る技術展示を行うと同時に、「素材」から工業製品などの新たな「もの」へと生まれ変わっていく過程を紹介する予定です。

「火星の石」も「いのち」とつながる

そして展示の目玉の一つとされるのが、「火星の石」。日本の観測隊が南極で発見した火星の隕石で、大きさはラグビーボール程度で世界最大級です。ちなみに重さは約13キロ。「一見、『循環』とは無縁のようですが、両者の間に、意外な共通項が見出されたのです」と佐藤さん。

展示に「水」のパートがあって、浄化された水を大きな水盤に溜めて見せる展示に、もう一捻りほしいと思案していた時、「火星の石」展示の話が持ち込まれたそうです。

日本館に展示される南極観測隊が採取した世界最大級の火星隕石

隕石を分析したところ、水がない限り生成しないとされている粘土鉱物が含まれており、火星には水が存在したことを示す貴重な試料であることがわかりました。そこに生命の可能性があるのではないか。あるいは、水を再資源化することで、火星でも人は生活できるのではないか。「万博のテーマである『いのち』とも親和性が高く、水の未来のような話を、火星の石を通して展開できる」と佐藤さんは顔を綻ばせます。「火星の石のおかげで展示のラストピースが埋まりました」

ドラえもんたちがナビゲート 目線を極力低く

もっとも、ここまでで「ちょっと、難しそう」と思った人もいるかもしれません。でも、大丈夫。

各展示エリアをドラえもん、ハローキティ、そしてベアブリックといった日本を代表するキャラクターたちが優しく、時にユーモラスにナビゲートしてくれるからです。

「政府館だからといって、『未来はこうなりますよ』と大上段に振りかぶった上から目線の展示にはしたくありませんでした」と佐藤さんも話します。「来場者にできるだけ近い目線にそろえるか、少し低い位置から語りかけ、リラックスして観てもらえるような雰囲気を大切にしています。時にボソボソっとつぶやいたり、ぼやいたりもします」。

それを担ってくれるのが、世界中で愛される日本生まれのキャラクターたちということなのでしょう。

「情報を詰め込むというより、パビリオンでの五感を通じた体験というものを最も重視しています。その分、情報量が少なくなってしまうこともあるかもしれませんが、そこはオンラインなどを活用しながら、補っていこうと思っています」と佐藤さんは話しています。

こうしたキャラクターたちも人気者だから登場しているのでなく、脈絡がそれぞれにあるそうです。ドラえもんなら、ポケットから「ひみつ道具」を出すように道具やもので課題を解決する場面に登場します。ハローキティなら、ご当地キティがあるように多様性を表現。例えば、32種類の藻類に扮して藻類の魅力・可能性を伝えてくれています。ベアブリックは、CO2や電気など目に見えない要素などを演じてくれています。

「展示のテーマと、キャラクターの世界観を融合させながら、一体的な展示になればいいなと思っています」。その「融合具合」も見どころの一つなのかもしれません。

情報発信という意味では、日本館の公式WEBマガジン「月刊日本館」からも目が離せません。

佐藤さん曰く、「毎号、パラパラと眺めることで日本館の全体像が浮かび上がってくるような、そうでもないような内容をお伝えしています」。

昨年4月、「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマに創刊。「小さな働き者たち」、「水物語」、「捨てない哲学」など、循環を身近に感じることができる多彩な特集が盛りだくさんです。もちろん、購読無料。展示同様「上から目線」ではなく、毎号楽しく読め、しかも、読み応えがあります。

佐藤さんによると、コピーライターに入ってもらって、月刊日本館を始め、館内コピーや様々な媒体で発信するメッセージなどの語り口のトーンを統一しているとのことです。さりげなさにとてつもない熱量をかけることも、「佐藤流」なのかもしれません。これから開幕までの時間、「パラパラ眺め」ながら、日本館の予習をしておくのもいいでしょう。

「現場で体験する一期一会の面白さ」

佐藤さん自身、イタリア・ミラノで毎春開かれる世界最大級のデザイン・家具見本市のミラノサローネに度々出展し、様々な作品を斬新な展示で発表して話題となってきました。

「一つのクライアントの仕事だけでも直前になると、バタバタ慌ただしいのに、今回の日本館は、通常のプロジェクトに比べ、15倍もの規模の業務量を同時進行している状況です」と佐藤さんはこれまでの仕事を振り返ります。「その分、展示にもインパクトがあると思います」

「日本館では、五感をフルに使って、日本文化と自然との関係性が生み出す循環の営みを体感してほしい」と話す佐藤さん

佐藤さんの流儀で、スタッフの意見を吸い上げるボトムアップ式でプロジェクトを進めていますが、現場を一緒に見ないと絶対にうまく行かない部分もあるといいます。だから、先ほどの文言のトーンを含めて、会場のライティング、そして建材の色まで、あらゆる分野に妥協せずに関わっているそうです。4年前の日本館のコンセプト構想から参画されています。

「力の及ばないことはあるかと思いますが、これほどまでに困難を極めるプロジェクトは、過去に経験がありません」

そんな佐藤さんの思いの詰まった日本館の開場がいよいよ迫ってきました。どうですか、展示を見たくなってきませんか?

最後に佐藤さんからひと言。「中心に太い幹がドンとあり、そこからテーマが枝分かれした大木のような展示ではなく、全てがフラットでツタが絡まりながら、どこからでもポコポコ芽が出てくるようなパビリオンにしたいと思っています。何か知識を得るというよりは、現場で体験する一期一会の面白さを一人でも多くの人に感じていただきたいと思っています」