
家電からベビーベッドまで! 身近な製品の安全を守るために

宮本 香織:大臣官房 産業保安・安全グループ 製品安全課。製品安全関係の法令改正などの業務を担当。
【産業保安・安全グループ 製品安全課】に聞く、身近な消費生活用製品を安全に使っていただくための取り組み、そして規制法の意義とは?
経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している政策について、現場の中堅・若手職員が説明する「METI解体新書」。今回は、大臣官房 産業保安・安全グループ 製品安全課で、製品安全関係の法令改正に取り組む宮本 香織さんに話を聞きました。
身近な製品の安全と日本の消費市場を守る
――― 産業保安・安全グループとはどのような部局ですか。
経済産業省が持つ規制法を担当する部局が集約されたようなグループで、主に規制法の整備や執行を担っています。電力、ガス、鉱山などの産業保安関連事故や安全確保のための対応をしている部局が中心ですが、地震や台風などの大きな災害が起きた時にも危機対応の陣頭指揮を執る部局です。
――― 宮本さんご自身の業務についても教えてください。
私が所属している製品安全課では、一般の消費者の方が使用する身近な生活製品の安全確保のための規制法の整備と執行を中心とした製品安全政策を担当しています。製品安全と聞いてピンとくる方は少ないかと思いますが、かつては、一般家庭にあるガス瞬間湯沸かし器から一酸化炭素が発生する事故により、合計で21人もの人が命を落とす大きな社会問題となった製品もありました。これは遠い昔のことではなく、近年でも、エアコン、扇風機など家電製品の発火事故、自転車乗車中のハンドルロックや破断による転倒で重傷を負う事故、小さなネオジム磁石を集めたマグネットセットといった製品を子供が誤飲して内臓に穴があいてしまう事故など、様々な製品による事故が後を絶ちません。重大製品事故として政府に報告される事故は年間1000件を超えており、年々増加しています。みなさんが日々手に取る生活製品が、突然発火したり、身体を傷つけたりするようなものであれば、安心して消費生活を送ることができませんし、危険な製品に日本の消費市場が奪われることも見逃せません。こうした思いから、日々、製品安全課員は国内の生活製品市場に目を光らせているのです。
コーラを飲もうとしたら瓶が割れた時代、製品の安全を守る法律が誕生
――― 消費生活用製品安全法とはどんな法律ですか。
昭和48年にできた法律で、制定当時は品質の悪い製品への対応が急務でした。昭和46年には、コーラを飲もうとしたら突然、瓶が割れるといった事故が300件も起きたという記録があります。品質の悪い瓶の流通が原因でした。これでは、安心して生活できず経済も回せないということでこの法律ができたのですが、今は普通に生活をしていてコーラ瓶が割れるようなことはないですし、製品の品質もどんどん良くなってきています。
一方で、ネットモールなどを通じて製品を購入する機会も増え、なにか問題が起きても出品者と連絡が取れずに政府まで情報が届かない事故や、保護者が自分の責任として報告を控えてしまいやすい子供の事故など、目に見えにくい事故が確認されるようになりました。そこで、昨年令和6年に消費生活用製品安全法を含む製品安全4法をまとめて、こうした近年の課題に対応する改正を行いました。
――― 何が変わったのですか。
大きく2つの柱があり、1つ目は海外事業者への対応です。ネットモールなどを通じて海外から日本の消費者に直接製品を販売する事業者を規制の対象とするとともに、これまでは求められば開示することになっていた届出事業者名等の情報を今後は予め公表できるようにしました。これにより、危険な製品が海外から入ってくることを防止しやすくなることに加え、まじめに安全な製品を売ろうとする海外事業者にとっては、日本の消費市場にアプローチしやすい環境が整備できます。
もう1つは、子供用製品の安全確保です。欧米をはじめとする諸外国では、特に玩具については既に多くの国で規制が導入されており、そのほかにもベビーカーや抱っこひもなど多くの子供用製品の規制があります。規制があれば、市場流通前に安全性が確認されたものしか販売ができません。
一方、日本では、現時点ですでに規制が導入されている子供用製品は欧米に比べれば限定的であり、海外で販売ができないものでも日本では売れてしまうものが多くある状況でした。そこで、国内の子供用製品の安全確保に向け、国際整合も踏まえ、対象年齢や危ない使い方を保護者が理解の上で購入できるよう新たな表示義務を盛り込んだ規制枠組みを創設することにしました。
具体的な規制の対象製品は政令で、基準や表示の内容は省令で規定するため、昨年12月から今年1月まで関係法令を立て続けに改正し、今後はQ&Aやガイドライン等も整備していく予定です。また、引き続き、国内外での製品事故の態様や諸外国での規制の動向を注視しながら、規制対象製品や基準内容等の不断の見直しが必要です。
適切な規制が、正しい競争環境を生み出す
――― ビジネスの領域に踏み込んでも規制をする意義とは。
規制を受ける側の事業者の中には、手続きが大変ではないか、ビジネスが止められてしまうのではないかといった不安から抵抗感をもたれる方もいますが、より良い規制を整備することによって、ルールを守らない事業者を市場から退出させ、まじめに良い製品を提供しようとする事業者の利益や成長機会を広げることができる意義は大きいと考えています。
また、国際的なルール協調という面でも、国内法をきちんと整備し、不断の見直しを行っていけば、同様の規制を既にもつ、あるいはこれから整備しようとする諸外国の関心も集まりますし、同じレベルで話ができるようになります。製品安全課にも、海外の政府や団体から、制度改正の内容を教えてほしいという声や、危ない製品の情報を共有したいといった話が入ってきています。日本ひいては世界の消費市場から危険な製品を排除し、こうした製品に奪われていた消費市場のパイを安全な製品のもとに取り戻すには、まずは国内法という素地をしっかり整備することが重要だと考えています。
――― 法改正に携わり、規制法が産業振興に資することを実感されたのですね。
これまでの業務を振り返ると、産業振興を担当する機会が多かったと思います。製品安全課に配属される前は、新興国での日本のビジネス機会を検討したり、海外から来られた方が、日本で起業しやすくなるよう永住権の取得要件を見直す業務などに携わりました。内閣官房の日本経済再生総合事務局に出向した際には、期間や参加者、範囲を限定して規制の適用を除外し試験的にビジネスを行えるようにする「規制のサンドボックス」という制度作りにも携わりました。日本を豊かにし、新しいビジネスを起こしていくためにはどうしたらいいか、といった点に関心があり、様々なアプローチを学びましたが、今担当している規制法は、産業を振興させる一番強力な手段と感じる面もあります。ルールさえ適切に整備することができれば、それを守らないプレイヤーを強制的に市場から退出させることができ、より良い事業者が多くの利益を得て、産業が育つ環境を作ることができると考えています。

――― 強い力を持つ法律だけに、規制と自由取引、バランスが難しいですね。
バランスはとても悩ましく、正確な情報を把握する必要があると思っています。今回の法改正でも規制によって影響を受ける業界の方々との対話には多くの時間をかけています。国としてこうあるべきだという理想と、業界としてビジネスの観点からこうあるべきだという実状がある中で、迅速に規制を整備する観点から、法案提出のタイムラインも意識しながら話を前に進めていかなければならない場面もありました。政府としても業界としても、日々様々な業務に追われていて難しい面はありますが、個人的には、新たな制度を整備するぞというまさにそのタイミングでいきなり関係者との対話を開始するのではなく、もっと日常的に、虚心坦懐に、様々なステークホルダーとコミュニケーションを密にとれるような業務革新も必要だと感じました。
品質をビジネスチャンスに
――― 法改正に携わる中で印象に残っていることはありますか。
改正にあたって、業界の方にもメリットを感じていただきたいと思い、対話に努めてきました。打合せの機会をいただいた企業・団体の数は、50~60は下らないと思いますし、多くの企業に直接足も運ばせていただきました。丁寧にコミュニケーションを取る中で、新たな制度の意義に強く共感いただける事業者も現れ、自社に呼んで製品を見せたいと言ってくださることもあり、腹を割った話をうかがえたことは印象深いです。業界の決まった窓口を通じて、こちらから通り一遍の説明を繰り返すだけでなく、個別の企業、さらには個別の担当者の話を聞き出すことで、深い理解や共感を得られることを体感し、熱意をもった方との出会いがとても重要だと感じました。様々な方々とお話しできる機会をいただけたことは、とてもありがたいことでした。
製品開発においては、機能やデザインが先行して安全設計、品質確保等は最後の工程に置かれがちですが、安全・品質をビジネスチャンスにできる面もあると思います。製品が完成してから安全・品質面の確認を行うと、どうしても安全・品質は最低限の対応となり、また、製品開発におけるコストの1つと捉えられてしまいがちです。一方で、安全・品質の視点を企画段階から持ち込ませてものづくりをしている企業は、他の製品にはない差別化要素ができ、安全・品質の確保がコストではなくパフォーマンスの方に生かせていることもあります。一消費者の目線としても、どのように使っても、繰り返し使っても不安がなく使いやすい製品は、物理的な製品としての価値以上に、心理的な安心感や豊かさを生み出す付加価値の高い製品だと感じます。
たくさんの方に響く広報に試行錯誤の日々
――― 周知にも積極的に取り組まれていますね。
製品安全に限らず危機対応ではよくあることですが、一度大きな事故や社会的に大きな問題を経験した当事者は、その後、未然防止のための意識が非常に高くなります。何か起きてしまった後の事態収拾のための対応は、万一に備えた未然防止の対応に比べて非常にコストが高いことを身をもって経験されることがその一因ではないかと考えています。そのため、大きな問題を未経験の企業にも、未然防止の方が圧倒的に簡単であることをあらかじめお知らせし、よく理解いただくことが重要です。
また、製品安全を守るのは企業だけの話ではないので、製品を実際手にとる消費者の方々にも製品安全に関する正しい知識をもっていただくことが重要です。こうした観点から、製品安全課では、事業者向けの説明会やガイドライン作成などとあわせて、消費者向けの広報にも力を入れています。マス向けに、ふとした時に目にとまるような、チラシやデジタルサイネージによる広告に加え、令和4年には、小学生をターゲットとし、家庭で話題にしていただけるように人気マンガ『ブラックチャンネル』とコラボして下敷きなども作成しました。受け手側が体験できるようにしたり、難しいテーマをマンガ化して紹介したりするなど、試行錯誤を繰り返しています。この1枚の下敷きをきっかけにして、ほこりの積もったコンセントプラグを久しぶりに掃除しようと思う消費者が1人でも増えれば、それだけでも意味があると思っています。

人気マンガとコラボした下敷きを作成して配布。「下敷きをきっかけに製品安全を身近に感じてもらえたら」

『運命の巻戻士』とコラボしたポスターは子ども達に人気に。
――― 宮本さんご自身も子育てをされながら業務にあたられているのですよね。
2年前に産休と育休を取得し、復帰後は3歳と4歳の息子の子育てをしながら業務をしています。土日はこども時間で、埼玉、千葉、茨城などの動物園や遊園地へ毎週のように繰り出しています。一般的に法改正業務は多方面との調整を要するため時間が不規則になりがちですが、子育てに配慮いただき、職場で手厚い体制を組んでもらったことで、最後まで法改正業務に携わることができました。課内には他にも子育て中の職員がいて、子供の発熱による時間休、早退などを相談しやすい雰囲気だったことも精神的にとても助かりました。また、今回の法改正は、課内でじっくり議論する時間があり、先を見据えてスケジュールを組んでいただけたことも大きかったと思います。
限られた勤務時間の私のような職員でも法改正業務を経験させてもらうことができ、とても勉強になりましたし、改めて、経済産業省の仕事の醍醐味を感じることができました。育児に限らず、様々な時間制約の中で働く職員も多い中、そうした職員でも仕事を限定しないで、さらなる成長や活躍の機会が与えられる組織として、これからも経済産業省の飽くなき組織改革、人材育成制度へのチャレンジに期待を持っています。
――― 最後に、読者のみなさんにぜひ知っていただきたいことがあれば教えてください。
今回の法改正で、子供用特定製品という新たな枠組みを創設し、この枠組みに該当する製品に表示するマークを経済産業省広報室と共に作成しました。今年12月25日以降、技術基準への適合等が確認された安全な3歳未満向けの玩具や乳幼児用ベッドにはこのマークが表示されることになりますので、ぜひ皆さんにもこのマークを覚えていただき、安全な製品を選んでいただきたいと思っています。

■関連情報
製品安全課が運営する「製品安全ガイド」(製品安全政策に係る情報を日々更新しています!)
独立行政法人製品評価技術基盤機構ホームページ(注意すべき製品の使い方等の情報をわかりやすい動画等で発信)