
AERA編集長 木村恵子さん「編集とは、モヤモヤした思いの言語化だ」
METIジャーナルオンライン編集長・栗原による編集長対談の第3回。今回は政治経済からエンタメまで様々な事象を独自の視点で切り取り、「時代を先取りするビジネスパーソンのためのニュース週刊誌」として支持されているAERA編集長の木村恵子さんです。
ダジャレでひもとく1週間。1行コピーに込めた思い
栗原 AERAと言えば、毎週のシャレを交えた1行コピーを思い浮かべる方も多いと思います。コピーに込めた思いを教えていただけますか。
木村 1行コピーは、最初は電車の中吊り広告で始め、今も新聞広告という形で続けています。AERAは毎週月曜日発売です。長い1週間の初め、重い気持ちで満員電車に乗っている人が、ちょっとホッコリする、笑ってしまうというものにしたいと、1行コピーは始まりました。現在はSNSでも発信しているので、読者から感想や自作のコピーが寄せられてきて、私たちがリアルな反応を楽しんでいます。
栗原 蜷川実花さんの撮影による、鮮やかでアーティスティックな表紙も印象的です。
木村 世界から注目される感性や技術を持っている写真家と一流の被写体のコラボレーションの場をつくれることはうれしいことです。芸術が一部の人が高いお金を払わないと見ることができないものになってしまえば、それは寂しいことです。AERAという一般週刊誌の中に、蜷川さんが、今一番旬な人を撮る場を、つくり続けていきたいという思いはあります。

木村恵子(きむら・けいこ) AERA編集長。1999年、朝日新聞社に入社。2004年からAERA編集部。ライフスタイル、女性、働き方、格差問題など幅広く取材。2014年から副編集長。ジュニアエラ編集長、AERA with Kids編集長も兼務。2022年から現職
個人の思いを社会化。「ニュースは心の中にある」
栗原 AERAが、世の中の動きに関心の高い読者をはじめとして支持を集めてきた理由はどこにあるのでしょうか。
木村 現代人は膨大な情報に浴びるように接していますが、どこか「情報迷子」になっているところもあります。AERAは週刊誌です。この1週間、私たちが大事だと思うニュースはこれだと、しっかり読者に届けられていることが、読んでいただける理由の一つだと思っています。
ニュースの背景に何があるのか、そこで当事者や関係者はどんなことを思っているのかなど、独自の視点で深掘りしていく。新聞やテレビのニュースとは違う視点で情報を捉えてきたことが、支持を集めてきたのかなと思います。
栗原 政治・社会問題、健康やマネー、さらに文化・芸能まで、様々な話題を誌面で取り上げられています。テーマや方向性を決めていくなど編集長の役割は重要だと思います。木村さんの編集方針とはどのようなものですか。大事にされている考え方などあれば教えてください。
木村 私たちの合言葉は、「ニュースは心の中にある」です。大きな事件、事故とは違う、普通に生きている私たちが悩んでいること困っていることもニュースだという思いです。
20代後半に新聞記者として毎日、夜討ち朝駆けという感じでニュースを追っていましたが、そんな中で「これからの将来、私はどうなるのだろう」「結婚できるのかな」などと、様々なことに悩んでいました。私の悩みは誰も報じてくれないけれど、放置されていいのかなと。
なので、AERAに異動してきたとき、「ニュースは心の中にある」という言葉がしっくりきました。個人の悩みを社会化するのもメディアの役割です。モヤモヤとした思いを言語化して記事にするという姿勢は、AERAの独自性だと思っています。

栗原優子(くりはら・ゆうこ) 経済産業省大臣官房広報室長補佐(総括)。2009年経済産業省入省。通商、エネルギー、ロボット・ドローン、中小企業支援、対日投資促進等の政策分野に従事。2023年から、現職にて、経済産業省全体の広報を担う
「地方出身女は損」「“朝だけイクメン”はNO!」――。短い言葉で本質を突く
栗原 個人の悩みを社会化するという切り口で記事になったもので、印象に残っているものを紹介してもらえますか。
木村 私は福井県出身です。「なんで地方出身だとこんなに苦労するんだろう。仕事と家庭を両立するにしても、実家が近くにあれば多くのことが解決するのに」とぼやいていたら、同じような悩みを持つ女性の声を集め、「地方出身女は損」と題する数ページにわたる企画になりました。他にも、男性の育児参加について「朝はパパが保育園に送ってくれるけど、子どもが熱出した時の急な呼び出しや夕方のお迎えは大体がママ」という声を拾い上げ、「“朝だけイクメン”はNO!」という特集ができあがったこともあります。
栗原 挙げていただいたテーマもそうですが、特に女性目線での世の中への違和感などを言語化する内容もAERAには多いと感じます。悩みや違和感を、言葉にすること、名前をつけること自体にも意味があって、自分だけの問題ではない、と救われる人も多くいると考えます。そうした役割としてのメディアの価値も大きいと思います。
私たちは、政府の考えや省の政策を皆さんにわかりやすくお伝えしたいと思っています。ただ、私たちが伝えたい、伝えなければいけないと思う政策も、難しい、身近でないといった印象を持たれがちで、なかなか見ていただけないこともあります。どのように伝えるかというのは、本当に難しいと感じているのですが、その点どのように工夫されていますか。
木村 「朝だけイクメン」のように、短い言葉でどう説明できるかは全力で考えています。
少し前に小学生の女の子が、自分が生理だというのを知られるのを嫌がるから、あまりナプキンを替えない。メーカーもそうした気持ちをくんだ商品を開発しているという話を聞いきました。そこで、「生理バレ」という言葉を使って、このテーマを取り上げました。くどくど説明していると刺さらなかったでしょうが、「生理バレ」というワードを思いついたことで、多くの人に読まれました。
紙の週刊誌はウェブとは違う一覧性という特徴がありますから、そこをどう生かしていくかは、ビジュアルについても常に考えています。
「政治経済にも松下洸平にも詳しい」―。幅広さこそ格好いい
栗原 「ニュースは心の中にある」というお話もありましたが、AERAの多くの特集や連載が「人」にフォーカスしていると感じます。どういった方針や考えでテーマ選びや人選をしているのですか。
木村 ネットは「こういう情報を知りたい」という時にはとても便利ですが、どうしても興味のある情報だけ追いかけがちです。
私は偶然の出会いや幅の広さって大事だと思います。今週号(2025年1月20日発売)の表紙は、俳優・シンガーソングライターの松下洸平さん、巻頭特集はトランプ大統領再選です。政治経済も知っているけれど、松下洸平さんにも詳しい。そういう人間の幅ってすごく格好いいと思います。タイパもコスパもネットのほうがいいけれど、そうじゃないメディアもあっていいと思っています。
テーマや人選ということで言うと、「つなげる」ことで面白くなる、ということも意識しています。すでに有名な人であっても、普段とは違うシチュエーションで取り上げると別の面白さがあるとか。取り上げる角度を少し変えるだけで、まったく新しいものが生まれることもあります。情報のかけらを、どうつなげ、どこに置くか、編集長として常に意識しています。

「偶然の出会いや幅の広さって大事だと思うのです」「タイパもコスパもネットのほうがいいけれど、そうじゃないメディアもあっていい」
編集長の仕事は「お皿」づくり。多様な興味・関心を後押し
栗原 読者に「刺さる」企画か、どうすればもっと「刺さる」のか、ディレクションするのも編集長の仕事の一つかと考えますが、どのように判断されていますか。また、それ以外も含め、編集長の役割について、どのようにお考えですか。
木村 どうすれば読者に刺さるか。私も答えは持っていません。一つ言えるのは、多様性は強く意識しています。「いろいろな生き方があっていい」というメッセージは、伝わってほしいと思っています。
編集部のメンバーが「これがめちゃくちゃ面白い」「これは絶対に問題です」と言っているテーマは、その人に刺さっているわけですから、読者の中にも刺さる人がいるはずだと思ってやっています。編集部のメンバーのこれが面白い、これをやりたいという意欲を生かせるような「お皿」をつくるのが編集長の役割だと思います。それぞれの興味、関心、思いつきが、なるべく花開いて、大きくなったり、アイデア同士が効果的につながったりするよう、アドバイスするのが私の役割です。
「情報収集」は日々の会話から。「3人寄れば…」
栗原 マネジメントの観点からも、勉強になります。読者に先駆けて情報や課題を見つけることが大事になると思いますが、ご自身はどうやって情報収集をしているのですか。
木村 特別なことはしているわけではありません。ただ、生活の中で色々とおしゃべりしています。取材先の方だけではなく、子どもや夫、友人と「このニュースどう思う」といったことを、よく話しているということです。そうした会話の中で「なるほどその通りだね」と、漠然と思っていたことが、パッと明確になるといったことは、少なくありません。編集部の企画会議でも、「夫が―」「ママ友が―」といった話は頻繁に出てきます。
栗原 私たちも政策をつくっていく上で、人や企業が日々何を考え、動いているのか、様々な方と実際に話をして、課題を見つけたり、精緻化していくことは大切だと思っています。改めてそういう部分を大事にしたいと思いました。
木村 よく社内で「3人寄ればAERA」と言われていました。3人が同じこと言っていたら、記事になると。3人が同じことを感じたり、悩んだりしていたら、おそらくそれは社会全体の問題なのではないでしょうか。

「政策をつくっていく上で普通の人々が何を感じ、何を考えているのかが大切だと思っています」
デジタル化で進んだ仕事と家庭の両立。「自分はボールを返す人」
栗原 木村さんは2人のお子さんの母親でもあるとうかがっています。子育てと週刊誌編集長の仕事を、どうやって両立されているのかお聞かせください。
木村 私には中1と小2の子どもがいます。スケジュール調整のコミュニケーションアプリなどを使って、夫と分担しながら育児をしています。コロナ禍を機に、デジタル化が進んだことで、オンラインなどで打ち合わせをしながら、クオリティーを落とさずに制作できるシステムが出来上がりました。「週刊誌の編集長をやりながら、子どもを学童にお迎えに行くなんてできるのかな」と思っていたのですが、たまに時間を過ぎて先生に怒られながらも、なんとかできています。
編集部のメンバーの中には、当然、取材先の都合もあって夜も働いている人がいます。私が帰宅した後、私が判断しないと先に進めない案件が発生することもあります。なので、コミュニケーションアプリやメール、電話などで連絡が来た時は、なるべく早く返事をするよう気をつけています。自分は「ボールを受けて返す人」だと思っています。家の中でもパソコンを眺めていたりするので、子どもからは「いつもパソコンを見ている」と言われることもありますが、これが私なりの両立スタイルです。
METIジャーナルは「思わぬ人や企業つなげる役割を」
栗原 METIジャーナルオンラインは、より多くの方に政府の考えや経済産業省の政策をわかりやすく伝えられるよう、試行錯誤しています。アドバイスがあればお願いします。
木村 先ほど「つなげる」という話をしました。経済産業省は、同業他社だとか異業種だとか、思わぬ人や企業をつなげる役割ができると思います。意外なコラボレーションや対談など企画してもらえると、面白いし、日本全体を活性化させることができるのではないでしょうか。是非とも、そういった場をつくってほしいと思います。