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大手書店の跡地に「街の本屋」が挑む。古書、分店…無理せずに続く形へ模索
閉店してしまった書店と同じ場所で、再び別の書店が営業を始める。地元の本好きにとってこんなにうれしいことはない。ただ、そもそも書店が閉店したのには「書店の経営が続けられない」という原因があったはずだ。今回は、その原因に立ち向かう書店の奮闘を紹介したい。
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ショッピングタウンわかばの一角にある「BOOK STAND若葉台」
JR横浜線の十日市場駅からバスで約10分。横浜市旭区の横浜若葉台団地は90ヘクタールに73棟の中高層住宅が建つ。中央のふれあい広場から3方向に延びるショッピングタウンわかばの一角に「BOOK STAND若葉台」はある。店の前には「新刊取りよせ 古本買いとり 承ります」の看板。店に入るとモダンジャズの曲が迎えてくれた。目の前の棚にあるプレイヤーのターンテーブルでLPレコードが回っていた。
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店の入り口に近い場所にあるレコードプレイヤー。演奏が終わると、しばらく音楽が途切れるのもアナログの味わい
移動式書店の経営者 移り住んだ団地から打診
「団地って、何でもあるように見えて実は必要なものしかない。いろどりが少ないんです。だから、普段あまり出会うことがないようなものがあればと思って」。店を経営する三田修平さん(42)は、店内でレコードを鳴らす意味をそう説明してくれた。三田さん自身、この若葉台団地と同じ横浜市旭区内の左近山団地という場所で生まれ育ち、今は家族で若葉台団地に住む。団地の空気感は誰よりもわかっている。
三田さんは大学生の時、公認会計士を目指して勉強中に金融関係の小説を読んだことがきっかけで本に興味を持った。東京・六本木の書店に勤め、渋谷の書店の店長などを経て2012年、移動式書店「BOOK TRUCK」を始めた。ワゴン車に本を積んで各地に出向いて販売する本屋さんだ。
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車による移動式書店「BOOK TRUCK」(三田さんのインスタグラムから)。本を積んで各地に出向いているほか、2022年夏からは、音楽ユニット「YOASOBI」とのコラボ書店「旅する本屋さん YOASOBI号」として全国ツアーに同行。YOASOBIの関連書籍、メンバーのAyaseとikuraが選んだ書籍などを販売している
BOOK TRUCKを経営しながら、私生活では2017年の結婚を機に若葉台団地に移り住んだ三田さんに持ちかけられたのが、「団地で書店を構えてくれないか」という話だった。
若葉台団地にはかつて大手書店チェーンの支店があった。そこが撤退し、跡地に入った別の書店も2019年に閉店。団地の書店を復活させたいという住人たちの思いに乗せられる形で三田さんは22年8月、店舗のスペースを3分の1ほどの約85平方メートルにして、BOOK STAND若葉台をオープンした。
<団地の商店街にあった書店が撤退してから約3年。みなさま聞いてください。横浜若葉台やりました! 新しい本屋さんのオープンです~~~! おめでとうございますっ‼>。一般財団法人若葉台まちづくりセンターのインスタグラムは、書店が戻ってきた喜びを素直にこう表現した。
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約1万3000人が暮らす横浜若葉台団地
「普通の書店+移動式書店」を組み合わせ
まずは日々店に来てくれる団地の人たちの書店でありたい。
客から注文があればできるだけ早く渡せるように努め、欲しいだろうと思われる本を予想して棚にそろえ、どこに何を置くか日々工夫した。団地の人たちにとっては店主好みの本を並べたり、おしゃれな雰囲気を演出したりする「こだわりの店」よりも、あえて「普通の書店」にすることにこだわった。
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「あまりマニアックにならないように、一方で新しい本にも出会えるような品ぞろえを考えています」と語る三田さん
しかし、三田さんは考える。「普通の書店を実現して得られるものと、かけるコストが果たして見合うのだろうか」
新刊書店の営業を支えるには、それを買い支えてくれるお客さんが必要だ。市場規模で言えば、団地の住人約1万3000人の5倍から10倍ぐらい規模が必要だろうというのが三田さんの実感だ。「スペースを狭くして、コストを抑えたとしても、団地に住んでいる方だけを対象としていては店を維持できないだろうとは当初から思っていました」と三田さんは語る。
そこで、市場を広げる意味で、2024年夏からは移動式書店BOOK TRUCKの比重を高めてみた。移動式書店で扱うのは8、9割が古書だから自由に値付けができる。出向いた先で出店料も無料なことが多く(逆に出店への謝礼をもらえることもあるという)、移動式書店は利幅が大きいからだ。
「移動式書店の売り上げを団地の書店に投入して維持するのではなく、ワゴン車が元気なうちに団地の書店を単体で維持できるような態勢を整えたいと思っています」と三田さん。BOOK STAND若葉台の現在ではなく、将来の経営を支えることが目的だ。
需要ある新刊と利幅ある古書 バランスよく
BOOK STAND若葉台に並ぶのは、新刊と古書合わせて約8000冊。新刊は65%、古書は35%くらいの割合だ。三田さんは、これを半々ぐらいにする予定だ。若葉台団地は最寄り駅まで遠いこともあり、他団地に比べても人口減や高齢化が進んでいる。居住する高齢者の割合は2024年9月現在で約55%。全国平均の約29%に比べてかなり高い。年金で生活している人にとっては、1冊1500円以上はする新刊書の購入は負担が大きい。
古書なら安く買えるし、書店も粗利が稼げる。古書の割合を増やすことは、お客と店双方がウィンウィンになる方法なのだ。
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約8000冊が並ぶBOOK STAND若葉台の店内
ただ、三田さんは店を「古書店」にするつもりはない。NHKの講座のテキスト類、健康や脳トレ関連の本などは確実に需要があり、ネットより紙の週刊誌の方が読みやすいという団地の住民の声は多い。三田さんは「古書を扱うのは新刊書とのつながりを絶たないためなんです」と強調する。
分店設けて本をローテーション 市場広げる
団地の店を維持していくため、BOOK STAND若葉台の分店を作ることも始めた。
2024年10月に分店の1号店としてスタートしたのが左近山団地だ。ここは三田さんが生まれ育った団地でもある。
団地内にあるワーキングスペース「トリオ左近山」の一角に本棚を作り、施設の人に販売してもらって手数料を払う。分店に置く本は約500冊。新刊書は利幅が薄いので、手数料を払うのは難しい。一定の売り上げが確保できるまでは古書を置き、新刊書は注文を受けて取り寄せるというのが経営方式だ。
三田さんは「一つの書店が一つの地域で営業していると市場は限られます。だったら、新刊書を仕入れることができる、古書を買い取ることができるという店の機能をいろいろなところでシェアしたらどうかと考えたんです」と語る。
分店を増やすことができれば、ローテーションで各店に本を回していく。三田さんは「そうすれば、少ない冊数でも行くたびに違った本が並んでいるので、お客さんはまた来ようという気持ちになると思います」と考える。
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店ではコーヒーとクラフトビールも提供。月に1度、夜に飲みながら本について話すブックスナックも開いている。「昼間にお酒抜きで本について語り合うブッククラブや、ワンコイン(500円)でカレーやラーメンを食べてもらうランチも始めたいと思っています」。ランチは名付けて「本屋のまかない」
書店が再びなくなる事態を避けるために
本を供給する側、売る側、そして買う側。どこかが無理をするような方策は長続きしない。三田さんは「だれもそんなに頑張っていないけれども、成り立っている。そんな具合にやっていければ、と今は思っています」と前向きだ。
そして、地元書店の継続のためには、経営者だけが頑張っても難しいことも確かだ。
「例えば、地元の学校の教科書や図書室の本を地元の書店が納入することにしてもらえれば、経営状況もかなり違ってきます」
書店がなくなって困るのは若葉台団地だけではない。団地の書店と移動式書店、そして分店。それぞれをうまく機能させ、若葉台団地から再び書店がなくなる事態を避ける――三田さんの取り組みには全国から注目が集まっている。