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夢は世界の「農業プラットフォーム」。Z世代経営者がテクノロジーと志で挑む

サグリ代表取締役CEO 坪井俊輔さん

世界人口80億人余の食糧を支える農業は、いま大きな課題に直面している。農業従事者は約9億人とされるが、発展途上国や新興国と呼ばれる国々では、1世帯あたりの農地規模が小さく生産性も低いため、多くは貧困にあえいでいる。また高齢化が進んだ日本でも、耕作放棄地の増加など抱えている課題は少なくない。

そうした現状をテクノロジーで変革していこうと挑んでいるのが、「サグリ」の坪井俊輔さん(30)だ。「人類と地球の共存を実現する」をビジョンに掲げ、衛星データやAIと農業を結びつけたアプリケーションを開発し2018年に創業。2023年度に経済産業省と農林水産省の「中小企業イノベーション創出推進事業(SBIR)」に採択され、2024年にはシリーズAで約10億円を調達し注目を集めた。Z世代気鋭の経営者は何を目指し、2025年のビジネスシーンをどう動くのか。

「世界の農業を変えていきたい」と語る坪井さん

ルワンダで見た貧困の現実… 「農業×宇宙」で起業

――― 起業のきっかけを教えてください。         
2016年、大学3年生のときに教育関連の会社を設立したのですが、その事業の一環でアフリカ・ルワンダに1か月ほど滞在し、子ども達に授業をしたのがきっかけです。授業の最後に、子ども達に「将来の夢」について発表してもらいました。日本と同じように、宇宙飛行士やパイロットになりたいなどと話してくれたのですが、現実には、その子どもたちのほとんどが中学高校に進学できず、農家の親を手伝う選択肢しかありませんでした。それまで、教育で子どもたちの未来を変えていこうと思っていたのですが、その背景には深刻な貧困があり、子どもたちが夢を追えるようにするには、その農業自体を変えていかなければいけないんじゃないかと考えるようになりました。

自分に何ができるだろうか。日本に帰って悶々としていたとき、ちょうど衛星データが無償で公開されるという情報を聞いたのです。僕は大学で宇宙ローバーを研究していて、昔から「宇宙大好き少年」だったこともあり、「農業に使えるのではないか」と自分の中でピントが合いました。そこで、衛星の農地データとAIによる土壌分析などを組み合わせ、土壌の状態や作物の生育状況などを確認できるアプリケーション「サグリ」を開発。2018年6月に会社を設立しました。

衛星データを活用して土壌の状態などを分析するアプリケーション「サグリ」

とはいえ、ルワンダでビジネスとして成立させるのは難しいので、まずは人口が多く技術者も多いインドに向かいました。試行錯誤でしたが、農家向けのマイクロファイナンスの事業を始めたのです。信用不足のために農家への融資を渋る金融機関に、衛星データから推定した収穫量などを提供し融資を引き出す仕組みです。現地法人も立ち上げ、少しずつビジネスが回り始めてきた矢先、新型コロナウイルス感染症の流行で世界の経済が止まりました。インドに渡航できず、日本から出られなくなりました。

このままだと会社が潰れてしまうという危機感もあり、腹をくくって日本の課題に向き合い始めたのです。すると、人手不足や高齢化、耕作放棄地や福島県の農業など、様々な課題が見えてきました。そこで、その解決に向けた行政向けアプリケーションを作り、今は様々な自治体と一緒に仕事をさせていただいています。

解決策に追いついていないルールは、変えていこう

――― 様々なアイデアをビジネスモデル化されていますが、その発想の源は?

サグリではいま、4つのソリューションを提供しています。うち3つは行政向けで、もう1つは農家の方々向けのものです。具体的に言うと、行政向けは、衛星データをAIで解析して耕作放棄地を迅速に把握できる「アクタバ」、作付けされた作物の種類を把握する「デタバ」、農地を広げたい農家と、売りたい所有者とのマッチングなどを行う「ニナタバ」の3つのソリューションがあります。それと、農家向けの「サグリ」です。

サグリの提供サービス

同社が提供する行政向けと農業現場向けの4つのサービス

これまで担当者の目視などに頼っていた農地調査を省力化できる行政向けサービスのニーズは高く、いまは100以上の自治体と連携を進めています。

初めから順調だったわけではありません。僕の発想というのは、まず軸となる「農業を変えていきたい」という問題意識があって、それで見えてきた各課題について、解決するには何が必要なのかを自分のメモリーの中のものを組みあわせて考えます。課題解決が1番の目的なので、自分が手がけている衛星を使うよりも良い手法があるのなら衛星データにはこだわらないし、解決策にルールが追いついていないのなら、ルールそのものを変えていこうと考えるタイプです。

たとえば、日本でこの事業を始めようとした当初、農地調査は目視というルールがありました。衛星データの利活用は認められていなかったのです。けれど、それはおかしいと思ったので、現場の声をとにかく届けていこうと、衛星利用の実証例をたくさん作りました。すると、ルールがまだ変わっていないのにもかかわらず、2021年度に岐阜県下呂市が「日本の農業に必要だ」と言って導入してくれた。これにより下呂市農業委員会は、その年度の農業委員会等表彰の農林水産大臣賞を受賞しました。すごくうれしかったし、「やって良かった」と思いました。

そして2022年度に国のルールが変わり、衛星データを農地調査に利用できるようになりました。自分たちだけで切り開いたと言うつもりはありませんし、国も変えようと動いていたのだと思います。それでも、ルールが変わる前から取り組み、良い結果を出してきたことで、いま僕たちがダントツで走っているという自負はあります。国のルールが変わり、徐々に普及していくというのを間近に見られたことは、非常に良い成功体験になりました。

課題を軸に発想を広げていくのが「坪井流」。国内自治体との連携も推進

社員が「社会課題解決」という志を共有する強み

――― 御社の強みはどこだと思いますか。
事業的な部分と、精神的な部分とがあるのですが、まず事業的な部分から言うと、農業というまだまだアナログな分野に軸足を置いて、テクノロジーを使おうとしている新しい試みです。米国などの大規模農業は別ですが、「農業は儲からない」と思っている人もたくさんいます。特に新興国などの小規模な農家を対象にしている企業は少なく、私たちはその課題解決にフィットした技術も持っていることを考えると競争優位性はあると考えています。実際には、世界の農業人口のほとんどはそうした小規模な農家なのです。

精神的な部分でいうと、社会課題を解決したいという志を持った社員が集まってくるところです。僕らは同じ方向を向いているので、軸がぶれないし、内部で意見がぶつかった時も同じ方向を向いているので、感情的にならずに社会課題という共通の壁に対するディスカッションに落とし込んでいける。そういう部分が強みだと思っています。

――― 2025年のビジネスシーンをどう動こうと考えていますか。

注目していることが4つあります。1つはAIです。「もう使っているよ」と思うかもしれませんが、使いこなしているところはまだ少ないと感じています。これが2025年度はもっと使いやすく、人と話しているようなコミュニケーションがとれる形になっていくと思うので、自社の業務にもどんどん使っていきます。AIがいろいろなソリューションに掛け合わせて入っていく時代になると思います。

2つ目が、ビットコインです。僕たちは、事業を通して農業をしている世界の10億人弱の人たちにお金を配りたいと思っています。つまり、彼らが儲かるような事業を展開していきたい。ただ、銀行口座を開けない人も多い。それが、ビットコインなら口座をすぐに開けて、銀行を介さずにお金を送ることができるのです。そうした人々が使うことを考えれば、今の市場は時価総額300兆円ぐらいですが、上がっていくことは十分あると思っています。

「手がけたいことがたくさんある」と坪井さん

3つ目は、脱炭素。カーボンインセットの成長と、カーボンクレジットの信憑性の確認というか、いわゆるグリーンウォッシュを防ぐための仕組みの義務化が進むと思っています。トランプ大統領の動きが取りざたされていますが、日本や欧州がやめるわけではないのでゼロにはならないでしょう。そうした中で、カーボンクレジットの主体は、企業が自身のサプライチェーン内で温室効果ガスを減らすことで自社の排出量と相殺するインセットに移ると考えています。その時に、スコープ3と呼ばれる原材料やエンドユーザーの排出をどう「見える化」するか。

たとえば、ビールであれば大麦の農地までさかのぼることになりますが、今はちゃんと「見える化」していないので、輸入しているトン数などで排出量を単純計算しています。ですから、それを削減するとなれば、輸入量を減らすしかありません。そこで、各農地での排出量を「見える化」する動きが進むと思っています。うちはその技術を提供しています。カーボンクレジットも、ちゃんと担保されていることが「見える化」できれば、いま参入を見送っている企業も変わっていくと思っています。

4つ目はエネルギー、なかでも営農型太陽光発電に注目しています。これは、農地の上部に太陽光を電気に変換する簡易設備を設置し、農業をしながら発電を行う取り組みのことです。これまでも行われてきた取り組みですが、農業法人の方などが、ちゃんと農業しながら太陽光でも稼ぐ方にシフトしてきた。自分の農地に設置すればいいわけですからプラスしかない。儲かると分かれば、普及すると思います。

大きな夢も、無理と決めつけないでやってみる

――― 中長期的な展望と将来の夢は。

私たちは今、国内外で企業向け、あるいは行政向けのビジネスを行っていますが、ゆくゆくはエンドユーザーである農家が使うアプリケーションやソリューションも開発し、いわばいろんな農業に関連するプレーヤーが利用する「農業プラットフォーム」のようなものを構築したいと考えています。それに向けたプロセスを、いま踏んでいます。

また、いずれは農業以外にもソリューションを広げていきたいと考えています。防災や林業、エネルギーなど、農業以外にも課題はたくさんあります。そうやって進んだ先には、ルワンダで見た子供たち、もしくはその次の世代が、貧困のループを抜け出して自分の夢を追いかけることができる未来があると思っています。

夢は大きいですが、無理だと思ったことはありません。「できない」という考え方の「型」や先入観が邪魔をしてできなくなってしまうのだと思います。たとえば、人は空を飛べませんが、何とかすれば飛べるんじゃないかと考えて実現させたのがライト兄弟です。決めつけないで、やってみることで、無理そうに見えた課題の解決に一歩近づくと考えています。

私には娘がいるのですが、その子が大きくなった時、自分が死んだあとの世界に、今の課題がそのまま残っているといやだなと思うのです。社会貢献という言葉にするとカッコイイですけど、ただ周りの人に「坪井俊輔がいてよかった」と、そう思われる道を歩んでいけたらと思っています。

坪井俊輔(つぼい・しゅんすけ)
サグリ 代表取締役CEO。横浜国立大学機械工学科卒。2018年学生の時にサグリを創業。Forbes 30 under30の日本版、アジア版で選出。MITテクノロジーレビューIU35選出。第6回宇宙開発利用大賞にて、内閣総理大臣賞を受賞。農林水産省「デジタル地図を用いた農地情報に関する検討会委員」、経済産業省「2050年カーボンニュートラルに向けた若手有識者検討会委員」、自由民主党「デジタル社会推進本部リバースメンター」