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イオン副社長と経産省参事官が語る「流通業界の新しい姿」企業の枠を超えた構造改革へ
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中野剛志・経済産業省参事官(左)と土谷美津子・イオン副社長
流通業は深刻な人手不足に直面している。少子高齢化に加え、賃上げや働き方改革の面で他業界に遅れをとっているなど要因は様々だ。背景には、独自の商慣習や人手に頼ったオペレーションなど、業界全体が非効率な構造を抱えているという現実がある。このままでは、いつでもどこでも欲しい物が手に入る世の中は維持できない。難しい課題を乗り越えるには企業の枠を超えた連携が急務だ。どうすれば、新しい流通業の姿をつくっていけるのか――。流通大手・イオンの土谷美津子副社長と経済産業省の中野剛志参事官(商務・サービスグループ担当)が語り合った。
(進行は経済産業省消費・流通政策課の金正和課長補佐)
深刻な人手不足、消費者の要望に応えられず
――― この数年、深刻な人手不足など、流通、特に小売業を取り巻く環境が大きく変わってきています。具体的にどのような課題があるのでしょうか。
中野 流通業に限らず、今いちばん大きな長期的な課題は、少子高齢化に伴う人手不足です。労働人口が減って、需要側の消費者が高齢化して比率的に増えます。しかも、志向が多様化し、SKU(ストック・キーピング・ユニット、品目数)が増える方向にあります。日本の流通環境は、もともと需要側の要求水準が高く、世界に類を見ないほどのSKU数になっています。我が国の流通業は激しい競争の中で、細かな消費者の要望に応えてきましたが、今後、供給側の労働力が小さくなると難しくなるでしょう。
こうした長期的で構造的な課題の一方で、短期的な課題はインフレ、物価高です。このインフレは実に約50年ぶり、1970年代に2度発生したオイルショック以来です。人口減少とインフレが重なって起こっています。物価高は全産業にとって深刻な問題ですが、最も影響を受けるのは消費者に近い、小売業・流通業です。テレビで「野菜の値段が高い」と報道されれば、多くの人々が「大変だ」と実感しやすいからです。
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中野剛志(なかの・たけし) 経済産業省商務・サービスグループ参事官。1996年東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。2001年エディンバラ大学より優等修士号(政治理論)、2005年同大学より博士号(政治理論)取得。特許庁制度審議室長、情報技術利用促進課長、ものづくり政策審議室長、大臣官房参事官(グローバル産業担当)、消費・流通政策課長兼物流企画室長等を経て、現職。
土谷 我々の従業員もインフレは経験したことがなかったので皆、戸惑っています。消費者は買うものをすごくシビアに考えます。買う点数が減るだけでなく、種類が変わります。さらに、人手不足については我々も大変な状況ですが、我々のお取引先さまも人手不足なのです。同じ工場でも10年前と同じ量が作れないというところがかなりあります。
中野 もはや人手不足は自社の問題だけではありません。サプライチェーン全体を意識せざるを得なくなり、取引先と共生・共存することまで考えていくことが必要になっています。ただ、我が国のどの産業も、サプライチェーンの全体最適を図ることは、あまり得意ではありません。同じ方向に運んでいる商品を共同輸送するといった取り組みも少なく、サプライチェーン効率化には目が届いていません。
商品情報の標準化で効率化、省力化を目指す
土谷 私たちは、グループの商品コードの統一を進め、国際標準のGS1※識別コードを採用する準備を進めています。グループ全体の売れ行きを可視化することができ、人手不足の解消に非常に役に立つことが分かったからです。一方で、この仕組みを導入すれば、お取引先さま各社で入力した商品データは、イオンだけでなく競合他社でも使えるようになります。現在は、イオンでも、同じ商品のデータをイオングループ各社向けに、別々に入力してもらっていますが、その必要もなくなります。
※GS1…流通コードの管理及び流通標準に関する国際機関、日本など世界110以上の国・地域が加盟している。
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土谷美津子(つちや・みつこ) イオン株式会社取締役 執行役副社長。1986年イオン株式会社入社。イオンリテール株式会社 取締役等を経て、2022年3月イオン株式会社執行役 商品担当、イオントップバリュ株式会社 代表取締役社長(現任)。2024年5月より現職。
中野 イオンには商品マスタ(GTIN※や商品名、内容量、商品パッケージ画像などの商品データをまとめたもの)をそろえる業界全体の動きに協力をいただいております。GS1 Japan(流通システム開発センター)ができたのは、オイルショックのとき(1972年)なのです。オイルショックによるインフレという未曾有の事態で、当時の通産省も今と同じように合理化を考えました。合理化のためには限られたリソースをシェアリングしていく必要がある。それには協調領域を標準化する必要があると考えたのです。今、起きている協調領域の標準化という発想は、オイルショックの時とまったく同じです。
※GTIN(Global Trade Item Number)…商品やパッケージなどに表示される流通コードで、国際標準の商品識別コード。日本国内においては、JANコード(Japanese Article Number)とも呼ばれている。1980年代、スーパーやコンビニでPOSシステムが導入されたことにより普及が進んだ。
土谷 なるほど、だから、まさに今が取り組むべきときなのですね。
中野 各社が持っている取引先との関係が今ほど重要なときはありません。取引先との関係はもっと密に、サプライチェーンの磁力が強くなるような形にする。その流れで行くと業界団体の役割が重要になってきます。業界団体や取引先との関係が大きな強みとなり、これを活性化することが大切だと思っていたところ、日本スーパーマーケット協会の4社(サミット、マルエツ、ヤオコー、ライフコーポレーション)が、物流を協調領域として手を組むという宣言を出しました。
ライバル社との輸送トラックの共同使用を開始
――― イオン九州が他のスーパーと連携し、それぞれの物流拠点から店舗への商品を配送するトラックの共同使用を始めたことなども話題になり ました。物流の昨今の動きは大きく変わっているのでしょうか。
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イオン直方店では競合するスーパー「トライアル」のトラックで一部を配送している。
土谷 長い間、物流は競争領域と言われていたので、これまで手を組むことはありませんでした。そんなことを言っている間に、一社一社、企業が消えていく、という深刻な状況になって、変わってきたのだと思います。
中野 標準化や設備投資、デジタル化などは、一昔前なら人員整理という話になり得るので、そう簡単にはできなかった。人手不足の今なら、逆に、実行しやくすなる面もあります。そうした効率化によって、データ入力のような単純作業ではなく、商品開発などより面白い仕事ができるということになれば、新入社員も集まるでしょう。協調領域の効率化による成功体験がブレイクスルーになって、改革のアイデアが次々と生まれる流れができれば面白いと思います。
――― イオンで商品情報の共有化が達成できたら、このような問題が解決できるといった具体的な話はありますか。
土谷 お取引先さまにもイオングループ各社にも、とてつもないデータ入力の作業量があります。例えば、バイヤーは商談や接客が本来業務なのに、今はひたすら入力に追われています。入力する人数が多いので間違いも起こりがちです。Eコマースの作業量も手間で、専用にデータを入力し直していて、私は「エクセルバケツリレー」と呼んでいるんです。商品マスターの統一などによって、我々が入力作業をしなくてもよくなることが大きいですね。
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商品情報の共有化など、流通業の課題について語り合う中野氏(左)と土谷氏。
サプライチェーンの維持、企業間の壁を越えて実現を
中野 政府が日本経済の全体の問題として掲げている、人手不足や少子高齢化、物価高対策、デジタル化、サプライチェーンの問題などが最も先鋭的に表れているのが流通業です。標準化された商品マスタは単なる人手不足対策ではなくて、データ活用など大きな可能性を秘めているにもかかわらず導入が進んでいない。その背景には、競合他社との関係や、サプライチェーンの上流、中流、下流の力関係を乗り越える難しさがあります。
しかし、企業間の壁を越えて連携する方向になれば、国民生活に直結する、目に見えて分かる素晴らしい変化になります。また、「買い物難民」対策がここ5年で最大の課題になっています。しかし、商品情報の標準化によって、全体で構造的に効率化すれば、地方でも流通業を維持できます。サプライチェーンの全体を見て、弱っている部分を強化するため、関係省庁とも連携していきます。
――― 商品情報の標準化に向けた政府への期待をお聞かせください。
土谷 お取引先さまが不安に思っているのは、サプライチェーンの川上まで商品マスターの仕組みを入れることができるかどうか、です。衣、食、住の各分野があり、川上が海外にある場合もあります。お取引先さまとの話し合いでは「課題はあるけど前を向いていこう」と意見でまとまっています。現場の声をお伝えしていくので、聞いていただきたい。誰もが切羽詰まっているので、やらないことはないけれど、難しいとも思っています。皆が一緒にならないと解決できない。政府にはどういう支援ができるのかを考えていただきたいですね。