今どきの本屋のはなし

書店と取次会社が一丸、未来の読者や作家も育てるご当地文学賞「大阪ほんま本大賞」

地域ゆかりの一冊を書店員らが選んで表彰するご当地文学賞。数あるご当地文学賞の中で、特にユニークなのが「大阪ほんま本大賞」(※「ほんま」は、「本当」を意味する関西弁)だ。それぞれの書店の店頭で受賞作を大々的にアピールして少しでも書店の黒字を増やす狙いはもちろん、売り上げの一部は、児童養護施設の子どもたちのプレゼント本に使われる仕組みになっている。

派手なディスプレイで受賞作をアピール

日本一長い商店街と呼ばれる大阪・天神橋筋商店街に、「西日本書店」はある。1975年創業の地域に根付いた街の本屋さんだ。第12回大阪ほんま本大賞受賞作を売り出すコーナーを店内に設けたのは、受賞作発表と同じ2024年7月25日のこと。

受賞作は、願いごとがかなうというメリーゴーラウンドがある大阪の老舗遊園地が舞台の短編集「ほたるいしマジカルランド」(寺地はるな著、ポプラ文庫)で、コーナーの平台には、表紙のデザインにマッチしたメリーゴーラウンドがくるくる回る模型を置いた。「大阪ほんま本大賞受賞‼」の文字が目立つポプラ社特製の帯が巻かれた文庫本は大量に平積みにされ、店を訪れる人の目を奪う。

西日本書店は、著者の寺地さんとポプラ社が審査した「店頭陳列コンクール」で、「このディスプレイがすごい!部門」を受賞

作品の舞台のモデルは、大阪府枚方市にある実在の遊園地「ひらかたパーク」だ。「地元である大阪が舞台の作品ですから、お客さんの関心も高い。書店としても、ぜひ読んでもらいたいと力が入ります。毎年、うちの女性スタッフが渾身の模型を作っています」と槌賀(つちが)啓二店長は語る。ユニークな展示の仕方が来店者に受け、24年7月から半年間のキャンペーン期間で「ほたるいしマジカルランド」は100冊以上が売れた。それまでの1年間での販売数が10冊だというから、その効果は絶大だ。

西日本書店は、人通りの多い商店街の中でも地下鉄の駅からほど近い好立地にある。しかし、時流には逆らえず、本の売り上げは落ちているという。槌賀さんは「ほんま本大賞は、どの文学賞よりも売り上げに貢献してくれる。ほんまにありがたい賞です。もっと知名度があがって、さらに盛り上がるように貢献したい」と話す。

大阪ほんま本大賞では、書店ごとにさまざまな趣向を凝らしたデイスプレイが見られる(2021年の紀伊國屋書店梅田本店)

小さな本屋でも大規模なキャンペーンがしやすい文庫本限定

ほんま本大賞を主催しているのは、大阪府内の書店のほか、トーハン、日販、楽天ブックスネットワークといった出版取次会社の有志らでつくる団体「Osaka Book One Project」。実行委員として20人が活動する。「大阪からベストセラーを出したい」という思いで2013年に始まり、第3回までは「大阪の本屋と問屋が選んだほんまに読んでほしい本」、第4回からは「大阪ほんま本大賞」としてお薦めの一冊を選んで表彰している。

選考の対象とするのは、

条件① 大阪が舞台の物語、あるいは作者が大阪にゆかりあること

条件② 文庫本であること

条件③ 著者が生存していること

の3つを満たす作品に限っている。

条件①は、ご当地文学賞ならではのものだ。第3回の「すかたん」(朝井まかて著、講談社文庫)は、大坂・船場の青物問屋の若旦那と江戸娘のコミカルな恋物語。第8回の「たこ焼きの岸本」(蓮見恭子著、ハルキ文庫)は、住吉大社の近くのたこ焼き屋を亡父から引き継いだ女性が、身の回りで起きる事件を解決していく下町の人情物語。第11回は、キャバレーを舞台に女性2人の絆を描いた「グランドシャトー」(高殿円著、文春文庫)だった。

第4回からは、ノンフィクションを対象とする特別賞も設けており、最新の受賞作は、大阪にほれ込んで終(つい)のすみかに決めた社会学者の岸政彦さんと、離れても故郷を思い続ける作家の柴崎友香さんによるエッセー集「大阪」(河出文庫)だった。

歴代の受賞作

文庫本に限る条件②について、実行委員会の委員で、高坂書店相談役の井上哲也さんは次のように説明する。「文庫本は単行本よりコンパクトだからね。大規模な書店だったら、単行本でも大量に仕入れて、ドーンと置けるけど、街の小さな本屋はそうはいかない。だからスペースが少なくて済む文庫本。高くても1000円はしないから、お客さんの財布のひもを緩めやすい面もある」

一般的には、直近の1年間に発刊された作品を対象とする文学賞が多いが、「大阪ほんま本大賞」は、文庫になってさえいれば何年も前の発刊でも構わない。「知名度が上がればもっと売れる作品は多い。隠れた名作を掘り起こしたい」(井上さん)からだ。

著者が存命であることとした条件③については、「作家とともに歩んでいきたいという思いがあります。大阪を描いてくれる作家には、もっと売れてほしい。存命だったら、ともに育っていくことができる。書店でのイベントやサイン会といった活動にも参加してもらえる」と井上さん。

24年11月、ほんま本大賞受賞者の寺地さんは、小説の舞台となった枚方市の枚方蔦屋書店でトークショー&サイン会に参加。約50人のファンが作品の裏話などに耳を傾けた。特別賞を受賞した岸さんと柴崎さんのトークショーも大阪市内のホールで開催された。

ファンでにぎわった寺地さんのトークショー&サイン会(24年11月23日)

子どもたちからリクエストされた本を寄贈

著者が存命である文庫本に限定していることもユニークだが、ほんま本大賞の特徴は、受賞作の売り上げの一部で、児童養護施設の子どもたちに欲しい本をプレゼントし続けていることだろう。

実行委員会は、収益の一部を出資してくれるよう出版社に依頼。毎年7月の受賞作発表から翌1月末までのキャンペーン期間中に、700近くの書店で売り上げた冊数に応じて寄贈できる金額が決まる。初回から第11回までで約920万円分の本を寄贈した。2024年の第12回を合わせると、1000万円近くに到達する見込みだ。

大阪府書店商業組合の副理事長で、茨木市の書店「堀廣旭堂」の堀博明社長は「書店が一冊でも多く売りたいと思って店頭で頑張っているのは、子どもたちに本を届けたいという思いがあるからなんです。お客さんに、収益の一部が子どもたちの本代になると説明しながら薦めることもあります」と話す。

寄贈する本は、大阪府社会福祉協議会を通じて、70か所ほどの児童養護施設からリクエストされたものだ。制約は一切なく、マンガでも絵本でも受け付ける。「ソフトボール部に入ったのでルールブックでルールを覚えたい」「施設にある参考書は古いので、最新版がほしい」といった要望にも応えてきた。

簡単には読みたい本を手にすることができない子どもたちからは、思いのこもった感謝の手紙が実行委員会に届く。メンバーにとっては「続けていて良かった。本を楽しみに待っている子どものためにまた頑張ろう」と改めて思う瞬間なのだという。

実行委員会の思いを代表して堀さんは言う。「子どものときに本を読む習慣をつけてほしい。いい本に出会ったら、いい読者になるはずで、我々の活動は未来の読者を育てるためでもあるんです」

児童養護施設の子どもたちから届いた感謝のメッセージ

Osaka Book One Projectの公式サイト
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