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BRUTUS編集長 田島朗さん「編集とは、新たな視点の発見だ」
METIジャーナルオンライン編集長・栗原の編集長対談の第2回は、毎回、様々なジャンルの特集を独自のセンスで展開して幅広い読者を獲得しているBRUTUS編集長の田島朗さんです。
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男性誌? ファッション誌?「何」誌かというと…
栗原 BRUTUSは、創刊当初は男性をターゲットとしていたと聞いていますが、今では男女を問わず、また様々な世代から注目される雑誌となっています。広く支持を集めている源泉は何だと思いますか。
田島 1980年の創刊時には、働く大人の男性に、より豊かなライフスタイルを提案する雑誌として始まったと聞いています。それから45年の間、その時代に伝えたいカルチャーを提供し続けてきました。この間、月2回、年間23冊発行するスタイルや、雑誌のサイズ、ロゴの位置は変わっていません。これは珍しいことです。ただ、雑誌は生き物です。時代とともに、僕らも柔軟に変わりながら、芯の部分はぶれずにやってきた。それが、支持につながっている理由かもしれないですね。
栗原 ファッション、アート、フードをはじめ、多様なテーマをカバーされ、世の中の動きや空気感を捉えながら、時に驚きを与えてくれるようなテーマ設定や内容が印象的です。ずばり、BRUTUSの編集方針をお聞かせください。
田島 よく、「BRUTUSは何の雑誌ですか」と聞かれます。男性誌なのか、ファッション誌なのか、何なのか。僕らは「ポップカルチャーの総合誌」という表現をしています。
編集長になった時に「New Perspective For All」というコアバリューを作りました。訳すと「あらたな視点を求める、すべての人に」。つまり、ありふれたテーマでも、見方を変えることで、これだけ楽しくなる、発見がある、ということを伝える雑誌にしようということです。
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田島 朗(たじま・ろう) 1997年マガジンハウス入社、98年BRUTUSに配属。2010年副編集長。16年Hanako編集長に就任、商品開発やクリエイティブレーベル事業を手掛けるなどブランド展開をプロデュース。21年12月、11代目のBRUTUS編集長に就任。現在はマガジンハウス執行役員として第三編集局長(BRUTUS・Tarzan発行人)及びBRUTUS編集長を兼務。
多数決では、正しさが優先されて面白くないから
栗原 その編集方針のもと、具体的にはどのように誌面づくりをされているのですか。
田島 うちには編集会議というものが存在しません。多数決になると、正しさが優先してしまって面白いアイデアが残らない。だから、各号を担当する1人か2人の制作チームと雑談しながら進めています。例えば、短歌と詩の特集では、「一行だけで。」(2024年6月1日号)というタイトルにしました。最近、ネットのつぶやき一つで、誰かが追い詰められたり、人生が変わってしまったりすることがありますが、「人生が1行だけで悪い方向に変わるのは嫌だよね。1行がポジティブな方向につながるといいよね」という雑談からテーマが決まっていきました。1行だけで幸せになる、心が温かくなる――。そう考えた時点で、新しい視点が生まれたのです。
栗原 多数決によらず、少人数で議論を深め掘り下げるのですね。その中で、編集長としてご自身の役割をどのように考えていますか。
田島 編集長は、「指揮者のようなもの」でしょうか。指揮者がいないとハーモニーは生まれないし、指揮者がいることで演奏者の能力がもっと引き出される。そして、指揮者は絶対に楽器を手にしてはいけない。自分の演奏が今もベストだと思い込んでしまいますから(笑)。あくまで指揮者に徹する。雑誌づくりで、スタートのきっかけを作るのは編集長の役割ですが、あとは余計な指示はしない。現場の方が世の中に向き合っていると信じていますから。ただ、どう表現するかは決めます。オーケストラで言うと、この曲は壮大にやりましょうとか、感傷的な弾き方にしましょうとか、ということですね。そして、最後に、ずれたところがあれば校正で微調整する。雑誌のなかの一番大きな部分と一番小さな部分を受け持つのが編集長。その間の部分は、現場に任せれば任せるほど、面白くなるのです。
栗原 ご自身の発想や編集の原点となるような経験はありましたか。
田島 子どもの頃、「南極物語」という映画に感激して、いつか南極に行きたいと思っていました。入社後、南極のクルーズ船を運航する船会社に、取材のお願いを出し続け、数年後にやっとオーケーの返事が来ました。でも、特集にできるような企画を考えないと南極には行けない。その時、私は編集長ではないので納得してもらえるようなタイトルを生み出さないと通らない。いろいろと考えて浮かんできたタイトルが、ちょうど絶景ブームだったこともあり、「一世一代の旅、その先の絶景へ。」(2014年4月15日)。無事企画が通り、当時、組んでいたメンバーに「俺は一番寒いところに行くから、一番暑いところへ行ってくれ」と言って、アフリカの砂漠に行ってもらいました。この時の経験が、今の原点かもしれないですね。
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栗原優子(くりはら・ゆうこ) 経済産業省大臣官房広報室長補佐(総括)。2009年経済産業省入省。通商、エネルギー、ロボット・ドローン、中小企業支援、対日投資促進などの政策分野に従事。2023年から、現職にて、経済産業省全体の広報を担う。
興味を持つとは、いかに「自分事」にできるかにかかっている
栗原 読者に「刺さる」ということをどれぐらい意識していますか。また、BRUTUSにとって「刺さる」とはどういうことですか。
田島 「刺さる」は、常に意識しています。読者の感情をより動かすために、どんな仕掛けをするか。小さな驚きや心地よい裏切りをどれだけ与え続けられるのか。より「刺さる」ようにするために、研いでいく作業は怠ってはならないと考えています。
例えばこれまでいろいろな「本」の特集をやってきました。最近では、本を読む人が減り、一方で、本の情報はネットでいくらでも見られるし、個人でも発信できるようになりました。そこで、編集部という組織を持っている我々に何が出来るかを考えて作ったのが、「理想の本棚」(2024年12月2日号)です。どんな本棚にどんな本が詰まっていて、それを読んだのはどんな人物で何を感じたのかを伝える。そのために、人の家に上がらせて頂き本棚を拝見する訳ですが、これは、BRUTUSとしての信頼や人間関係を構築してきた僕らの取材力だからこそできるものと自負しています。本という、ありきたりのテーマの中で、どうすればより刺さる方向に舵を切れるのかを考えた例といえるでしょう。
栗原 同じものを見るのでも、着眼点や切り口が大切なのですね。世の中のあらゆる方面へのアンテナの高さが必要とされると思いますが、情報収集や感度を高める秘けつはありますか。
田島 「編集者は、100のことについて1を知り、1のことについて100を知れ」。若い時、先輩に言われて大事にしている言葉です。どんなジャンルでも、深くなくてもいいから、知っておけ。「このジャンルは誰にも負けない」というものを一つ持っておけ、ということです。どっちが欠けてもダメ。浅く知っているけど、自分の強みのない人は、この仕事はやっていけない。また、何かに詳しいけど、ほかのことは全然知らない人は、いろいろな人に会ったり、情報に触れたりしても、違った何かが見えたり、新たな興味が生まれたりしない。編集者を続けるということは、すべての事柄をどれだけ「自分事」にできるか、にかかっているのだと思います。
栗原 その点は、政策作りと共通する部分があると感じます。現場で何が起こっているかを知るミクロな視点を持ちながら、自分の担当だけでなく世の中を広く見て全体のなかでの位置付けを考えること、様々な課題を「自分事」と捉えて考え続けることは大事だと思います。
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「実は見たことのないもの」を、一番いいタイミングで出す
栗原 ほかの雑誌があまり取り上げないような、昆虫や鉱物といった「攻めた」テーマ設定も印象的です。そうした内容をどうやって読者に分かりやすく、面白く伝えているのでしょうか。
田島 雑誌に限らず、人はコンテンツに触れた時、文字から読み解くというより、まず、ビジュアルのインパクトに共感、驚きを感じ取ります。僕は、テーマがマニアックであればあるほど、そこに重きを置いています。例えば、鉱物の企画では、鉱物の写真を宝石のように「きれいだな」と感じてもらえば、マニアでなくても人々の癒しになるような特集ができるのではないかと考えました。業界では、宝石は黒をバックに写真を撮るのが流儀だそうですが、僕らは白を背景にしました。(「珍奇鉱物」合本2023年12月など)。その組み合わせで、「実は見たことのないもの」が生まれました。こうしたことの積み重ねで、ギャップの楽しさが生まれ、「売れるだろうか」と思っていたマニアックな特集ほど売れるということが最近よく起きています。
栗原 ほかに特集を組む時に気を付けていることはありますか。
田島 タイミングも大事です。SFの特集をずっとやりたかったのですが、NETFLIXで『ストレンジャー・シングス』や『三体』が人気となり、さらに藤子・F・不二雄先生の生誕90周年(2023年12月1日)でSF短編の再発売があるのを知って、このタイミングしかないと思い、「夏はSF。」(2024年7月1日)を作りました。一番いいタイミングで頭の中の引き出しから出す。特集を決める時に、一番大事なことかもしれません。
栗原 政策づくりにおいても、タイミングは重要です。世の中で受け入れていただける土壌がなければ、実現もできません。私たち経済産業省の職員は多くの場合、2~3年で部署を異動します。上司にかつて言われたのは、「2~3年の着任期間のうちに、着想したアイデアや考え全てを政策として実現できるとは限らない。きちんと後任に引き継ぐことは前提だが、自分としても、部署が変わっても、それまで担当した仕事への志や考えは持ち続けなさい」ということ。「時を経て、かつて自分がやっていたことや思っていたことが、自分のその後の経験やそれ以外の何かと化学反応を起こして実を結んだり、機が熟して世の中が動いたりすることもあるから」と。心に留めている言葉の一つです。いろいろな引き出しを持っておいて、タイミングを見て開くというお話と、似ているなと思いました。
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紙とデジタルそれぞれに、編集というスキルで価値を
栗原 BRUTUSらしさを継承しながら、ECサイトやコンサルティングのプログラムを立ち上げるなど、雑誌に留まらない様々な挑戦をされています。新しいアイデアや方向性は、どのように思いついたり、考えたりされているのでしょうか。
田島 BRUTUSは私が引き継いだ時も、調子の良い雑誌だったので、リニューアルする理由は別にありませんでした。でも、何も変わらないでは、「自分」を出しにくい。じゃあ、もっと、ブランドを外に開いていくことを考えてみようと、デジタルや動画などを始めました。トヨタ自動車の豊田章男会長が、「モビリティカンパニーを目指す」と言われましたが、僕も、“出版社”をもっと広く捉え、「エディトリアルカンパニー」を目指そうと考えました。世の中のことをどう伝えるかという時、やり方は紙だけではなくていい。編集というスキルを使えば、より良い価値をユーザーに提供できると思っています。
栗原 METI ジャーナルも、紙からオンラインに移行しました。紙以外のメディアを活用するうえでの工夫や、今後の展開についてお聞かせください。
田島 逆に僕たちは、紙のメディアは、できるだけ続けたいと思っています。若い人のなかには、雑誌はインテリアグッズだと思っている人もいます。雑誌は、「プロダクト」でもあるのです。そう捉えれば、減らす必要はありません。一方で、デジタルの可能性は無限大です。紙でやれることと、デジタルでやれることは違う。それぞれに適性があるのです。
僕らは、特集を出すと同時に動画も公開しています。例えば、ホラー特集「もっと怖いもの見たさ。」(2024年8月1日)では、怪談の朗読を動画にしました。最近、怪談を語る「怪談師」という人が増えているのです。そこで、ネットで話題になった、歌の「一発撮り」と同じように、怪談師版の「一発撮り」を作ったのです。制作を外部に丸投げせず、編集者がディレクションに携わっているのも、BRUTUSらしさを担保するためです。
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マドンナさんからまさかの返事が!自分で枠を決めつけないで
栗原 ビジネスパーソンの方も多いMETIジャーナルの読者へのアドバイスとして、田島さん流の仕事術や、気を付けていることがあれば教えてください。
田島 自分で枠を決めないことですかね。坂本龍一特集「わたしが知らない坂本龍一」(2024年12月16日)では、坂本さんのいろいろな“顔”を集めるため、世界中の多くの著名な方にアプローチしました。坂本さんがミュージックビデオに出られたマドンナさんに取材できるか当たってほしいと部員に言った時、正直みんな戸惑っていました。でも、聞くだけならタダでしょと伝えて、やってみたら、ご本人から連絡をいただけたのです。自分で「無理だ」と決めつけてしまうと、その枠から出られない。編集者にとって大事なスタンスだと思います。
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栗原 最後に、経済産業省の政策を分かりやすく伝えるメディアとしてMETIジャーナルへの期待などがあれば、お聞かせください。
田島 きょう、お話を聞いていて、経済産業省が取り組まれているそのスタンスと、BRUTUSのスタンスは、実はそれほど遠くないという気がしました。伝えることで、より多くの人を巻き込むことができるという点で、非常に親和性があるなと思いました。僕自身も、学びがありましたし、例えば経済をよりわかりやすく伝えるなど、何か一緒に出来ることがあるかもしれないと感じました。