
棚ひとつの本屋、誰もが店主に。シェア型書店が静かに全国拡大中!
「シェア型書店」と呼ばれる新しいスタイルの書店が、全国各地で相次いで誕生している。書店内にある本棚の区画ごとに「棚主」と呼ばれる店主がいて、自分が好きな本を販売する方式の書店だ。使用料を支払う必要があるが、本が売れれば棚主の収入になる。ごく小さなスペースから本屋を始められるとあって、多彩な人たちが棚主として「推しの本」を並べている。シェア型書店を訪ねると、どの棚にもこだわりが詰まっているのがわかる。

東京・神保町にあるシェア型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」。本棚の区画ごとが小さな書店になっているイメージだ
棚主の熱量たっぷり 「推しの集合体」
古書店が並ぶ東京・神保町のすずらん通りに2022年3月にオープンした「PASSAGE by ALL REVIEWS」。フランス文学者の鹿島茂さんがプロデュースし、次男の由井緑郎(ゆい・ろくろう)さんが運営する。パリのガラス天井のアーケード風商店街であるPASSAGE(パサージュ)を思わせるシックでおしゃれな雰囲気は、本の街・神保町の中でも異彩を放っている。壁一面にある本棚には、「バルザック通り」「パスカル通り」などフランスに実在する通りの名がつけられている。
PASSAGEの貸し棚は400近くもある。貸し棚一つ一つは決して大きくないが、書店内は、棚主たちの思いが充満した密度の高い空間になっている。作家、書評家、翻訳者、編集者、校正者、写真家、ブックデザイナーらの棚には、自らが手がけた本が並ぶ。海外文学、ノンフィクション、医学関係など棚主の思い入れのあるジャンルに特化した棚もある。
運営主である由井さんはシェア型書店の魅力について、「シェア型書店は推しの集合体です。棚主のみなさんが『これ、面白いから読んでほしい』と薦める本が並んでいます。かなり変わった本もありますが、『これが私です』と言わんばかりで、その人の人生が反映されていて、どれも面白い」と語る。
例えば、「経済学者アダム・スミス」に特化した棚のまわりには、「著名な翻訳者」「神田駿河台の大学発の読書会」「九州でしか手に入りにくい本」……といった具合に、まったく違うジャンルやテーマの棚が隣接する。だからこそ、熱量たっぷりの店内で思わぬ本との出会いを期待する客が途切れることがないのだという。

PASSAGEの運営会社「ALL REVIEWS」の社長・由井緑郎さん
思いを込めた本が売れることの楽しさ
PASSAGEでは、月額5500円から棚を借りることができる。並べるのは、愛着のある古本でも、新刊でも構わない。中古なら販売価格は自由に設定でき、新刊は希望に応じてPASSAGEが仕入れ、定価での販売となる。本が売れれば、売上の85%が棚主に、15%が販売手数料として店側に入る。
「自分が面白いと思う本を推すことは楽しいし、推しの本が売れてもまた楽しい」と由井さん。店内の好位置の棚に空きができた途端、数十人の出店希望者が殺到してきたこともあるという。こうしたニーズに応えるため、23年3月に同じ建物内に2号店「bis!BOOK&CAFE」、24年3月に神保町に3号店「SOLIDA」、24年10月には日仏学院内に4号店「RIVE GAUCHE」をオープンさせた。4店合計の棚数は1000を超え、棚主は700人以上になる。
いったい、どんな人が棚主になっているのだろうか。
ひときわ気になったのが、先ほども紹介した「アダム・スミス」棚だ。棚主名のカードには「アダム・スミスはお嫌いですか?」と記されている。並ぶのは、アダム・スミスにからんだ古書ばかり。棚主は、経済学を教えていた大学の元教授かな。実際に連絡を取ってみると、そんな想像は打ち砕かれた。30歳代の男性会社員だった。

PASSAGEジャン=ジャック・ルソー通り13番地「アダム・スミスはお嫌いですか?」の棚
「高校で初めてスミスを学んだ際、『自由競争させておけば、万能な市場が見えざる手で調整してくれて、悪いものは自然に淘汰される』と主張していると単純に覚えてしまいました。嫌な考え方だなと。でも、高3の時に新宿の書店で手にした『アダム・スミス』(堂目卓生著、中公新書)を読んで、スミスがそんな単純なことを言っているのではないと知りました。思想の深さと広さを知り、逆に大好きになったんです」
それからは、かつての自分と同じ誤解を解くことをライフワークと位置付けており、将来アダム・スミスに関連した私設図書館・ミュージアムを設立したいという。棚主になったのもその活動の一環。PASSAGEのオープンとともに棚主としてアダム・スミスを知ってもらうための本を並べることにした。これまでに売れたのは20冊に満たない。「利益どころか大赤字ですが、本を買ってくれた人が連絡をくれたり、棚を見た人がSNSで発信してくれたりするんです。一番驚いたのは大学の先生が本を買ってくださったことです!」と、書店を運営する喜びを語ってくれた。
さらにもう一人。棚主カードのかわいらしいアニメのアイコンが目に留まった「ミサキ文庫」の棚主にも話を聞いた。こちらは札幌在住の女性。ゲームのシナリオライターなどをしているという。

「本は昔から好きでしたし、本屋さんに憧れたこともありました。40歳を超えて本屋さんになるだなんて考えもしませんでしたが、シェア型書店について知り、調べてみると、とても簡単に本屋さんになれることがわかって感激したんです」
棚主になったのは、24年9月。並べているのは、物語性の強い小説やエッセイ、コミックが多く、ゲーム関係の本やシナリオ執筆の際の参考資料もある。誰かに楽しんでもらえるといいな、誰かの役に立つといいな、と思って選び抜いたものだという。「売る本を選ぶのは、限られたスペースに自分という人間を詰め込むような経験で面白いです。そして選んだ本が売れると、とても楽しいことを知りました。顔も名前も知らない誰かに、自分が認めてもらえたような気持ちになる。この経験がすごく魅力的で、その場所をくれるシェア型書店という場に魅力を感じています」
今村翔吾さんも神保町にオープン
PASSAGEと同じ神保町では、直木賞作家の今村翔吾さんが24年4月、シェア型書店「ほんまる」をオープンさせた。PASSAGEがパリのサロンを思わせるのに対し、ほんまるは時代小説が多い今村さんらしい和の雰囲気だ。日本を代表するクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんがロゴや店舗デザインを手がけた。ほんまるには「出版界をこれからよくしようとする反撃の本丸」といった思いが込められているという。

「ほんまる」は外観も和の雰囲気で、木のぬくもりが感じられる
今村さんと言えば、大阪府箕面市にある「きのしたブックセンター」の事業を引き継いだり、JR佐賀駅構内に「佐賀之書店」を開業したりと、書店減少を食い止めようと奮闘していることで知られる。今村さんはいま、ほんまるを全国に広げたいと考えている。今村翔吾事務所の秘書室長・福永千夏さんによると、すでに出店の依頼もいくつか寄せられているという。さらに、「もとからある本屋さんの一部スペースに『ほんまる』があるという形でもいい。スペースを貸し出す本屋さんの収入になる。そうすれば利益構造が変えられるかもしれません」とも話す。
有志が共同で出資、経営に乗り出す
シェア型書店をオープンさせるのは、個人ばかりではない。
那覇市では、沖縄県民や観光客でいつもにぎわう栄町市場内に24年10月、「栄町共同書店」が誕生した。運営しているのは、県内外で活躍する沖縄戦後史の研究者やアーティストら6人で作る「栄町労働者協同組合」だ。
その年の5月には、県庁や市役所に近い商業施設内の大型書店が閉店したばかり。ほかにも閉店する書店があり、「街の書店を維持したい」という思いで共同書店を企画したという。開業にあたり、内装工事などに必要な初期費用などをクラウドファンディングで募ったところ、目標の180万円を大きく超える約290万円が集まった。それだけ、書店に対する地域の期待が大きいことがわかる。

ゆいレール安里駅から徒歩5分、栄町市場東口からすぐの場所にある「栄町共同書店」
札幌市では25年2月、繁華街すすきのに近い中央区南4条東3丁目にシェア型書店「ぷらっとBOOK」が産声を上げた。幼い子どもから大人まで、誰もが本を手に取る喜びを感じ、そこでの体験を楽しめる本屋を復活させ、増やしたいと、子育て相互支援団体かえりん(札幌市)の代表が企画したものだ。代表のほか、メンバー2人が加わり、那覇市と同じ組織形態で運営する。
那覇市、札幌市に新たに誕生したシェア型書店は、自分たちで出資し、経営し、労働も担いながら運営されているのが特徴だ。
・栄町労働者協同組合
・栄町共同書店 note
・ぷらっとBOOK note
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たとえ小さくても本屋さんになりたい人がいて、本屋を守ろうとする有志もいる。両者の思いが結実したのがシェア型書店というわけだ。すでに相次いで誕生しているが、その勢いはますます加速しそうだ。