地域で輝く企業

【岐阜発】高度な部品加工技術を背景にグローカルな経営のあり方を模索する

岐阜県富加町 豊実精工株式会社

濃尾平野の北端に位置する岐阜県富加町。関市と美濃加茂市に挟まれ、国際的な観光地としても注目を集める高山市へ至る飛騨街道の出入り口に当たる場所に、精密部品加工を手がける豊実精工は本社を構える。主に産業機械の部品加工から組み立て、表面加工までを一括して引き受け、ビジネスを拡大。その一方でペレットストーブの製造販売や観光施設の運営など、一般消費者向けの事業も幅広く手がけ、今泉由紀雄社長(69)は「国際化に対応しつつ、地域の振興にも力を入れていきたい」とグローカルな姿勢を大切にする。圧倒的な技術力を背景に、新たな領域に事業を広げ、文字通り「地域で輝く」ことで企業としての存在感を増している。

商社の営業マンから脱サラ、仲間と事業を始める

豊実精工の創業者でもある今泉社長は、佐賀県出身である。父親は勤めていた炭鉱が廃鉱となると炭鉱を離職。今泉社長は、小学2年生で愛知県春日井市に引越し、続いて小牧市に移転し、地元の名城大学の商学部に進学して経済を学び、特殊鋼商社に入社した。その後脱サラして1人で会社を興し、以前の商社の社員3人が合流したが2年ほどでまた1人に戻り、長い下積み時代が10年ほど続いた。反転のきっかけは地元大手家電メーカーとの直接取り引きによるものである。その後、機械加工、機械組み立てを安定して受注することによって社員も30人近く増えた。さらに縁がありレイデント処理を知り製造し、営業するようになり、わずか5年ほどで全国に市場を伸ばし、売り上げも伸びていった。その時期に現在の本社工場を購入し、すでに駒ヶ根工場や大垣工場も立ち上がっていた。

最新の工作機械が整然と並ぶ富加町の本社工場

社名の由来を尋ねると、「知り合いの方にすすめられたものをそのまま採用したようです」と経営企画部の藤吉明日美係長が教えてくれた。藤吉係長によると、今泉社長は名称や姿形にこだわりがなく、事業を続けているうちに社名がしっくりしてくればいいという思いを持っていたという。

2次元の設計図を3Dにして、クライアントに提案できる

技術に特化し、部品製造から組み立て、点検まで一貫製作

具体的にどのような事業を展開しているのか。まず、創業の原点となった機械加工事業だ。本社工場、駒ヶ根工場(長野県)、そして中国大連豊実有限公司の3工場を合わせると最新のCNC工作機械を計100台以上備える。そこで熱処理、表面処理を一貫製作できるユニークな会社である。切削、研磨加工など幅広く対応し、極小の部品から大型部品まで手がける体制を整えている。そして、部品の設計から組み立てまで一気通貫に対応できるのも豊実精工の強みだ。設計は3D-CADをメインに行い、それらを基に作った部品をとりまとめて、依頼先の工場で組み立ても行う。

 

やはり豊実精工の強みは表面処理であり、その一つが「レイデント処理」だ。この処理はわずか1ミクロンの薄膜でありながら防錆力に優れており、半導体装置やロボットの発展とともに伸びてきた処理である。レイデント処理は京都のレイデント工業とのライセンスが結ばれており、現在レイデント国内市場の50%近くを豊実精工の各工場で製作している。

環境にやさしい表面加工技術を独自に開発

さらに豊実精工では現在国内、海外から非常に注目されている表面処理がある。それは六価クロムフリーを目的として作られた「ERIN処理」である。これはクロムメッキを製造する際に使われてきた特定有害物質の六価クロムを使わない画期的な処理であり、現在ある硬質クロムメッキの代替えとして有力である。開発に約3年をかけて、2021年に発表。エリンの市場は国内で約8000億円、世界で約7兆円もの市場規模があるという。「環境に優しい技術を独自に開発したいという目的に加え、地域に貢献したいという思いも強く持っていました」と今泉社長は話す。工場は岐阜県下呂市の廃校となった中学校を利用しており、近くを流れる馬瀬川がアユ釣りの名所としても知られていることもあって、その環境を損ねず、同時に過疎の街に雇用も生み出せないかと新技術の開発に取り組んだという。

 

こうした最新技術を駆使する精密部品を製造、加工するだけでなく、それらの品質管理に力を入れていることも豊実精工ならではの強みだ。出荷時には三次元測定器やレーザーテック共焦点顕微鏡などの最新機器で検査を行い、データを添付して納付している。海外への進出も2005年から展開し、現在、韓国、中国、そしてベトナムにビジネスの拠点を構えている。昨年度の売り上げは34億2800万円に上り、海外の売り上げも15億円に達している。

一般消費者向けの事業にも幅を広げる

もっとも、豊実精工がユニークなのは高度な技術に特化した「B to B」のビジネスに加え、2010年から一般消費者向けの事業を始めたことだ。ペレットストーブ事業を設立し、「ペレスター」というブランドでストーブを製造販売。ストーブは岐阜県関市上之保の廃校を工場として製造されている。さらに福井県ではホテルや温泉、長野県ではスキー場、岐阜市ではインテリアショップや飲食店などを備えた複合型ショップも運営している。

ペレスターの炎の揺らめきに癒され、幅広い世代にファンがいるという

しかし、どうしてストーブ製造や観光施設の運営なのか? 「それは外需中心から内需を強くする目的があった」と今泉社長は話す。「機械テクノロジーの事業と一般消費者向けの事業は一見対極にあるようですが、日本の強さは美しい自然、素晴らしい文化、伝統にあると感じており、特に地域の有形・無形の文化や技術を守り育てていく意味で同じ根を持っていると思っています」

2022年から運営を手がける開田高原マイアスキー場(長野県木曽町)

子どものころ炭鉱が相次いで廃鉱になるのを目の当たりにして、産業構造がガラリと変わってしまう経験からどんな産業も続かないという考えが根底にある。そんななか現在進めている水素製造、燃料電池システムはこれから普及すると考えており、新しい産業ができる可能性を感じている。現在実行している商業施設への導入は日本初となり、今年夏ごろを目途に岐阜県下呂市にある日帰り温泉施設で、自前で作った水素を使って発電する燃料電池発電機を導入していく。豊かに実る未来のために――。今年は創業から40年の節目。事業を進める中で社名に掲げた「豊実」が名実共にしっくりとくる地域企業となったようだ。

富加町の本社からもほど近い中山道の太田宿跡。当時の家並みが観光客を引き付ける

【企業情報】▽公式企業サイト=https://www.hojitsu.co.jp/▽代表者=今泉由紀雄社長▽社員数270人(2024年4月現在)▽資本金1000万円▽創業=1985年