
失われた30年はGXで打破できる! キーマンが語る「GX2040ビジョン」が描く未来
政府は2024年12月、エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素の同時実現を目指すGXの取り組みを加速させ、産業界の投資を後押しするため、新たな国家戦略「GX2040ビジョン」の案を公表した。2023年に制定された「GX推進法」、それを受けた「GX推進戦略」に続くGXの長期戦略であり、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の2050年までの実現にむけ、内外の情勢変化を踏まえつつ、産業構造・産業立地などについて中長期の方向性を示したものだ。経済産業省の龍崎孝嗣GXグループ長に狙いや今後の目標を聞いた。

龍崎孝嗣(りゅうざき・たかつぐ) 経済産業省GXグループ長。1993年、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業政策局総務課長、資源エネルギー庁長官官房総務課長、大臣官房審議官(経済産業政策局担当)を歴任。2023年7月から首席GX機構設立準備政策統括調整官を務め、24年7月より現職。東京都出身
――― 今回策定したGX2040ビジョンのポイントは、ずばり何でしょうか?また、策定の背景や狙いを教えてください。
GX2040ビジョンは、これまでのGX政策のさらなる進化に向けて、国内外の情勢などの最新動向を踏まえ、GXの進展とともに実現していく日本の将来像を示すものです。
これまで政府は、「分野別投資戦略」に基づく先行投資支援策や、世界初の国によるトランジション・ボンドである「GX経済移行債」の発行など、GX推進に向けた施策を強力に進めてきました。一方、こうした施策を進めていく上で踏まえなければならない、直近の状況変化も生じています。
例えば、中東情勢の緊迫化を始めとする地政学リスクが高まる中、エネルギー安定供給の重要性が増しています。また、GXやDXの進展に伴い電力需要の増加が見込まれる中、それに見合った脱炭素電源の確保が国力を左右する状況になっています。
こうした状況変化を踏まえつつ、日本の成長に資するGX投資を促進していく上で、企業の予見可能性をより高めるべく、長期の見通しであるGX2040ビジョンを示すことにしました。これまでの、政府の「GX実行会議」(議長=石破首相)や、有識者会議「GX2040リーダーズパネル」、「GX実現に向けた専門家ワーキンググループ」での議論も踏まえて取りまとめ、12月26日、GX実行会議で案を提示しました。
脱炭素エネルギーの供給拠点に産業立地を集積
――― 重点的に議論されてきたテーマの一つとして、「産業立地・産業構造」があります。どのような問題意識があったのでしょうか。
「チャットGPT」など生成AIの利用をはじめとするDXと、GXの同時進展に伴い、20年ぶりに電力需要の増加が見込まれています。そして、上述の通り、それに応えられる脱炭素電源を確保できるかが我が国の国力を左右する状況にあります。
これは世界的なトレンドでもあり、世界で脱炭素電源を求める動きが拡大しています。例えば、アマゾンは原子力発電所直結のデータセンターを買収しました。また、マイクロソフトは、発電事業者であるコンステレーション社と契約を締結し、5年前に停止したスリーマイル島原子力発電所1号機を再稼働させ、20年間にわたりその全発電量の供給を受けるという計画を発表しました。
こうした動きにも対応する形で、供給側でも例えば、英国のドガーバンク洋上風力発電所は、2026年には合計3.6GWの出力での運転を開始し、世界最大の洋上風力発電所となる予定です。加えて、需要やコストにも左右されるものと思われますが、更に海域を2GW分拡張する計画もあり、開発を進めています。
日本においても、こうしたトレンドを踏まえ、対応していく必要があります。

英国ドガーバンク洋上風力発電所の計画図
ただし、再エネや原子力などの脱炭素エネルギーには地域的な偏在性があります。これまでは、産業集積のなるべく近くに、いかに効率的に電源を作るかといった発想でしたが、これからは、脱炭素エネルギーの近くに産業を集積させるといった新たな発想も必要になってきます。地域にとっては、産業政策をこれまでよりも進めやすくなります。スピード感をもって、需給一体的に新たな産業用地の整備と脱炭素電源の整備を進め、今後の地方創生と経済成長につなげていくことを目指します。
AZECでアジア諸国と連携強化
――― 一方で、世界では脱炭素一辺倒の動きから、より現実的な路線への「揺り戻し」の動きも指摘されています。GX2040ビジョンでは、こうした議論をどのように捉えていますか。
ロシアによるウクライナ侵略以降、エネルギー価格の上昇などにより、世界でエネルギー安全保障の重要性が再認識されました。
日本も、世界情勢を冷静に見極めつつ、エネルギー価格が相対的にも上昇して海外への産業流出が起きないよう、取り組んでいきます。併せて、電力の大宗を火力発電に依存し、経済に占める製造業の役割が大きいという日本と類似の産業構造を持つ東南アジア諸国との連携を、「アジア・ゼロエミッション共同体」(AZEC)などを通じて深めていき、脱炭素・経済成長・エネルギー安全保障の同時実現と、各国の事情に応じた多様かつ現実的な道筋によるネットゼロを進めていきます。
GX製品が評価され、選ばれる市場づくりを推進
――― 今後のGXの成否を握る要素として、GXに資する製品やサービスが評価される市場の創造についても議論されてきました。GX2040ビジョンでは、どういった方向を打ち出しているのでしょうか。
脱炭素を実現するうえでは、製造コストが上昇する一方、できあがる製品の性能は従来通りといった分野も存在します。例えば、従来の化石燃料を用いた製法で作られた鉄と、製造過程でのCO2発生量が比較的少ない「水素還元製鉄」で作られた鉄は、強度などの製品自体の品質には変わりありません。こうした分野のGXを持続的に進めていくには、これまで講じてきた投資促進策による供給側の強化に加えて、製品や技術の脱炭素の価値を需要家や消費者が認識できるようにして、コスト増を適正に負担するような市場を作っていくことが重要です。
そのための代表的なツールは「成長志向型カーボンプライシング」です。このうち、排出量取引制度については、2026年度から本格稼働することにしています。一定の量を超えるCO2を排出する企業の参加を義務づけるとともに、企業のCO2削減目標設定に関する第三者認証の導入、義務の履行に向けた方策などを法律上で位置づけるべく、検討しています。
他方、カーボンプライシングは、最初は低い水準で導入しつつ、徐々に引き上げる方針なので、短期的には他の施策との組み合わせが必要です。カーボンフットプリント(商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルまでの過程で排出される温室効果ガスの量をCO2に換算して表示する仕組み)やCO2削減量の「見える化」とともに、官民によるGX製品の調達促進に向けた方策などを検討していきます。
脱炭素に貢献しつつ、経済成長につなげる
――― GX2040ビジョンにより、どのような日本の将来像を目指していくのでしょうか。
日本経済はこれまで「失われた30年」と言われる状況が続いてきましたが、GXはこれを打破するきっかけになります。脱炭素の実現に向けて、求められる技術・産業のゲームチェンジが世界全体で起こっており、日本はそうした脱炭素関連技術に関して多くの強みを有しています。政府としても、こうした技術が社会実装まで繋がるよう、研究開発から事業化・スケール化まで一気通貫で支援するとともに、企業経営や資本市場の制度改善、スタートアップを含めた企業間の連携、さらには中堅・中小企業のGXも進めていきます。
こうした取り組みを通じて目指すのは、革新技術を活かした新たなGX事業が次々と生まれ、素材から製品にいたるフルセットのサプライチェーンが、脱炭素エネルギーの利用やDXによって高度化された産業構造です。世界的に地政学的なリスクやエネルギー供給構造、技術の進展等に関する不確実性が増す中、欧米でも強靱な脱炭素サプライチェーンを構築する動きが進んでいます。今回のビジョンをきっかけとして我が国におけるGXを強力に進め、日本のみならず世界全体の脱炭素にも貢献しつつ、我が国の経済成長につなげていく決意です。
また、本年は4月中旬から10月中旬までの半年間、大阪・関西万博が「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとして開催されます。「未来社会の実験場」として、GX分野でも水素燃料電池船の遊覧航行、大気中からCO₂を回収するDACの見学ツアーなど、体験型を含む最先端技術を万博会場に実装し、未来を実感していただけるようにするほか、企業パビリオンでの未来の食体験など、見どころ体験しどころ満載です。是非ご来場をご検討いただければ幸いです。