「排出量取引制度」って何?脱炭素の切り札をQ&Aで 基礎から学ぶ
温室効果ガス削減を促すため、CO2排出量をお金に換算して企業が負担するカーボンプライシングの一つ、「排出量取引制度」が2026年度から本格稼働する。制度を所管する経済産業省GXグループ環境経済室に、制度の目的や具体的な内容、今後の見通しをQ&A方式で聞いた。
Q 日本で行うカーボンプライシングとは、どのようなものですか?
A CO2排出枠の過不足を企業間で取引する「排出量取引制度」と社会全体で負担する「化石燃料賦課金」の2種類があります。
カーボンプライシングは、文字通りには「炭素に値付けすること」です。制度的措置がない場合には、企業などがその活動に伴いCO2を排出しても金銭的なコストが発生することはないため、企業としては排出量を削減しようとは思いません。しかし、地球温暖化を防いでいくためには、CO2削減は欠かせません。そこで、排出量を削減しようというインセンティブ(動機付け)を制度として作っていくのがカーボンプライシングの考え方です。EUに代表されるように多くの国において、カーボンプライシングは企業の脱炭素化を進める手段として定着しています。わが国では2023年7月に閣議決定された「GX推進戦略」に基づき、カーボンプライシングとして「排出量取引制度」と「化石燃料賦課金」の2つを導入することが決まりました。
「排出量取引制度」は企業ごとのCO2排出量に「枠」を設け、その排出枠の過不足を企業間で取引する制度で、2026年度から本格稼働します。一定規模以上のCO2を排出する企業に対して、集中的に排出削減の取り組みを促す仕組みになっています。
「化石燃料賦課金」は、化石燃料(石油、石炭、天然ガス等)の消費によって発生するCO2排出量に応じて賦課される制度で、2028年度からの導入が決まっています。対象となるのは石油会社など化石燃料の輸入事業者などですが、賦課金の負担はガソリン代や電気代などに転嫁されていくことで、結果として、社会全体で薄く広く化石燃料使用に伴うコストを負担することになります。幅広く、国民の皆さんに化石燃料使用に関する行動変容を促すことができるのが特徴です。
Q なぜ、カーボンプライシングを導入する必要があるのですか?
A 企業に脱炭素への投資を促す環境を整備するためです。
「カーボンプライシング(排出量取引制度・化石燃料賦課金)の導入」は、制度・支援一体型の新たな政策パッケージ「成長志向型カーボンプライシング構想」の「制度」部分です。他方、「支援」には、国による「GX経済移行債」を活用した20兆円規模の先行投資支援と、長期的な戦略によってCO2削減に取り組む企業が、金融資本市場から必要な資金を調達できる「トランジション・ファイナンス」の推進があります。これらの取り組みによって、今後10年間で150兆円超の官民GX投資を実現していきます。
業種特性としてCO2排出量が多い企業には、20兆円規模の脱炭素投資支援も活用しつつ、今後10年間でなるべく先行して、脱炭素投資や排出削減の取り組みをしてもらいたいと思います。一方で、その10年間とさらにその先を通じて、徐々にカーボンプライシングの強度を上げ、将来の予見可能性を確保する形で排出量に伴う負担水準を引き上げていきます。政府としては、このように支援と負担を組み合わせることで、脱炭素のための早期の設備投資を促します。企業に対して金銭的な負荷をかけること自体が目的ではなく、脱炭素投資を決断しやすい事業環境を整備することが最大の目的です。
具体的には3段階で排出量取引を進めていきます。第1フェーズは2023年から始まった「GXリーグ」です。CO2排出量の削減に積極的に取り組む企業が自主的に参加する枠組みで、約700社超が参加しています。各社が独自に目標を設定して公開し、チャレンジしていく仕組みで、排出量削減の機運を高めることができました。ただ、自主的な枠組みには一定の課題がありますので、第2フェーズとして2026年度から、一定規模以上の排出事業者を対象に排出量取引を義務化して、公平性・実効性を高める形で制度を発展させていくことを考えています。さらに2033年度から、カーボンニュートラル実現のカギとなる発電部門の脱炭素化に向け、段階的に発電事業者に対する排出枠の有償オークションを導入していきます。
Q 排出量取引制度は、どんな企業が対象になるのですか?
A 政府が検討している案によると、CO2の直接排出量が10万トン以上で、製鉄や石油、自動車、化学など約300~400社になる見込みです。
政府が現在検討している制度の骨格案(以下、「政府案」)においては、基本的にはCO2の直接排出量10万トン以上の企業で、製鉄や石油、自動車、化学などの大手300~400社ほどが対象になる見込みです。これらの企業には排出量取引制度への参加が義務づけられます。政府は毎年度、1社ごとにCO2の排出枠を無償で割り当てます。企業は割り当てられた枠を超えて排出した場合、市場で排出枠を購入します。期限までに必要な排出枠を購入しなければ、足りない排出枠に応じた負担金の支払いが求められます。一方、排出枠が余った場合は、市場で売却して換金したり、翌年度に繰り越したりすることができます。枠を取引する市場運営は、政府のGX戦略における中核機関である「GX推進機構」が担当します。
企業に求める排出枠の割当量は、業種特性などを考慮した基準が設定されます。というのも、脱炭素技術が発展過程にある中で、実現可能性が少ない削減水準を求めると、企業に過度な負担がかかり、技術開発やイノベーションの機会を奪ってしまう恐れがあるからです。さらに、国際競争にさらされている企業には、カーボンリーケージ※リスクも生じてきます。これは防がなければなりません。
上記のような観点から、業種特性などに加えて、制度開始前の排出削減実績や脱炭素技術の研究開発への投資状況、工場の新設や廃止などの事情も勘案して排出枠の割当を行う制度を導入することが検討されています。
※カーボンリーケージ…CO2など温室効果ガスの排出規制が緩やかな国に排出量の多い企業が拠点を移したり、排出規制に対応するコストがかからない国からの安い商品によって、規制に対応する国内商品が代用されたりすることで、結果的に地球全体での排出量が減らないこと。
Q 排出枠の取引価格はどのように決まるのですか?
A 需要と供給のバランスで決まりますが、予見可能性を高めるために、上限・下限を設定して投資を促進します。
排出量取引制度の特徴は市場で炭素価格が決まることです。その時点における社会にとっての排出枠価格の需給が一致したところで取引価格が決まります。ただ、市場価格なので価格には変動があります。企業が脱炭素への投資を進めるためには、「将来にわたって安定的に価格は上がっていく」という予見可能性を示すことが、排出量取引制度の制度設計においても重要になります。そのため、現状の政府案では、価格安定化措置として「上下限価格」を設定する予定です。上下限の水準については、今後、有識者や産業界などの意見も踏まえながら決定していきます。排出枠が不足した場合は、あらかじめ定めた価格(上限価格)を支払うことで、義務履行を可能とする案があります。また、市場価格が下限を下回る場合には、排出枠の「リバースオークション」を実施することで需給バランスを機動的に調整する案などが検討されています。
Q 脱炭素化して作った製品が売れる見込みはあるのですか?
A GX製品の価値を高める市場の創出を進めていきます。
脱炭素投資によって生み出された「GX製品」が、従来の非GX製品より高く評価される市場環境を整備していくことが必要です。GXの課題として、その付加価値が目に見えにくいことがあります。例えば製鉄では、製造過程でCO2が発生しない「水素還元製鉄」が注目されています。ただ、導入にコストがかかるため、完成した鉄鋼の価格は高くなりますが、従来の化石燃料を用いた製法で作られた鉄と、性質に変わりはありません。
排出量取引制度を含むカーボンプライシング制度が定着して排出枠の取引価格が将来的に高くなれば、従来の非GX製品の価格は上がります。同時に、今後10年間で150兆円超の官民GX投資により、技術革新やスケールメリットが生じGX製品・サービスを生み出すためのコストが下がれば、GX製品の価格は下がっていくことが見込まれます。一方で、GXに関する技術革新が途上段階にあり、また、炭素価格が徐々に引き上がり十分な水準になるまでの間であるトランジション(移行)期においては、コストの高いGX製品の価値を認めて積極的に利用する人や企業を増やす対策も重要となります。
このため、政府は次世代自動車を購入する際の「CEV (Clean Energy Vehicle)補助金」など、補助金で価格差を低減させる取り組みを実施しています。また、今後は官公庁の公共調達でGX製品を積極的に購入して需要を増やすことが必要です。加えて、企業が調達品に占めるGX製品の比率を開示する仕組みや、GX製品だと分かる表示ルールを作るといった取り組みを検討しています。2024年12月には、GX製品・サービスの調達などに意欲的に取り組む企業が行う「GX率先実行宣言」を創設し、宣言をした企業を可視化して積極的に評価する取り組みもスタートしました。これらの取り組みはカーボンプライシングとセットで「GX市場創造」と位置づけています。