今どきの本屋のはなし

しょうゆが本屋で大ヒット! 「何かを仕掛ける」盛岡の書店、カギは余白にあり

地域になくてはならない書店にするためにはどうすればいいか。全国の書店員が頭を悩ませる中、盛岡市に本店がある「さわや書店」のユニークな挑戦が脚光を浴びている。

盛岡市中心部の商店街にあるさわや書店本店には、ちょっと変わった商品が置いてある。「減塩新書 いわて健民」のラベルが貼られたこの商品は、地元のしょうゆ醸造メーカーが作った減塩しょうゆだ。

「減塩新書 いわて健民」

いわて健民は、浅沼醤油(しょうゆ)店など地元メーカーが合同で作った商品だった。脳卒中の死亡率が高い岩手県民の生活習慣を改善してもっと健康にとの思いで開発されたが、もっと効果をPRするにはどうしたらいいか。メーカー側から相談された岩手大学の田中隆充教授(デザイン学)の答えは、「書籍のようなパッケージにしてみては」だった。

そして、企画を持ち込まれた先がさわや書店だった。外商部兼商品管理部長の栗澤順一さん(52)がプロジェクトチームに加わり、検討を重ねた結果、瓶のラベルを辞書の装丁をイメージしたデザインにし、商品の特徴と効果についての説明をつけることになった。「減塩新書」という文字も入れてみた。

結果は、大成功だった。

2017年6月にさわや書店各店で販売したところ、またたく間に数百本が売れ、書籍を抜いて売り上げ1位になった。栗澤さんも「珍しいから話題になるだろうとは思っていたのですが、まさかここまでとは……」と振り返る。

「文庫X」の成功で、「何かを仕掛けてくる書店」のイメージが浸透

いわて健民の成功の背景には、2016年の「文庫X」の衝撃がある。

同年7月、JR盛岡駅の駅ビル1階に入るさわや書店フェザン店で、ブックカバーで覆われた文庫が売り出された。カバーには、店員がこの本をすすめる理由がびっしりと書かれているだけで、買ってみないと書名や著者名がわからない。にもかかわらず、「この本を読んで心が動かされない人はいない、と固く信じています」という印象的な文句が来店者の心に刺さり、爆発的に売れた。

「文庫X」ブームはさわや書店にとどまらず、全国に飛び火する。全国の書店が同じようにこの本を販売したのだ。

半年後、「文庫X」は幼女殺害・失踪事件の真犯人を追ったノンフィクション「殺人犯はそこにいる」(清水潔著、新潮文庫)と明かされたが、その後もブームは去らずに異例のベストセラー本に。翌2017年の年間ベストセラー(トーハン調べ)では文庫総合20位にランクインした。

栗澤さんは自身の著書「本屋、地元に生きる」(KADOKAWA)の中で、「文庫Xなどの例もあり、さわや書店に対しては“何かを仕掛けてくる書店”というイメージが浸透しています。だからこそ、本屋の店頭で醤油(しょうゆ)を販売するといった型破りのことにも抵抗をもたれなかったのだと思います」と分析している。

「地域で必要とされる書店」を目指して

しょうゆの企画に携わった栗澤さんは、「日本酒ラベルノート」という商品も考案した。岩手県に醸造元がある日本酒ラベルの実物を小型のリングノートの表紙に貼ったものだが、その根底には、さわや書店を「地域で必要とされる店にしたい」という思いがある。

岩手県釜石市で生まれた栗澤さんは、岩手大学を卒業後、盛岡市内の広告会社で営業の仕事をしていた。リストラで退社し、1999年にさわや書店に入った。友人からは「よかったな。書店はつぶれることはないから」と祝福されたが、出版業界の売り上げのピークは1996年(出版科学研究所)。業界はすでに下り坂に入っていた。

さわや書店本店自体の経営も厳しくなっていく。2006年、本店の近くにショッピングビルがオープンし、大型チェーン書店がテナントに入った。売り上げは目に見えて減った。近くに相次いでコンビニエンスストアが開店したことも大きかった。コンビニは雑誌や人気のコミックシリーズも扱う。飲み物や弁当などを買いに来た客が、ついでに雑誌やコミックに手を伸ばす。商店街に三つあった書店のうち2店が閉店して、残ったのは、さわや書店本店だけだった。

「そのコンビニでも、翌日には新しい号が発売されるというのに棚に残っている週刊誌や月刊誌が目につくようになりました。競合店ができたからという理由ではなく、本や雑誌そのものが売れなくなっていることがわかりました」。栗澤さんはそう語る。

震災きっかけにイベントを独自企画・開催

アイデア商品とともに、さわや書店が存在感を示しているのが様々なイベントの企画だ。ターニングポイントになったのが2011年の東日本大震災だった。2012年に連続講演会「いまこそ被災地に想いを!」を開催し、震災関連のルポルタージュの著者による講演やタウン誌編集者によるディスカッション、自治体の首長による対談を行った。栗澤さんは「自分たちでイベントを企画して開催できることがわかりました」と話す。

ある年には、ビジネス書の著者から出版社を通じて、盛岡市で講演会ができないかと打診された。知人の会社経営者に声をかけて、若手起業家の団体の年次総会で講演をしてもらうことにした。総会の参加費は書籍代込みにして、人数分の書籍を買い取ってもらった。「書店だけで講演会を企画すると、会場を借りることころから始めなければならないし、どのくらいの人数が参加してくれるのかも読めません。お互いのメリットになる仕組みを考えることの大切さを学びました」と栗澤さん。

栗澤さんは今、映画祭やトークイベントなどを通じて市民を元気づけようと作られた団体「映画の力プロジェクト」にも参加している。盛岡市出身で、『るろうに剣心』などの作品で知られる映画監督・大友啓史さんが震災後に呼び掛けたのがプロジェクト発足のきっかけだった。大友さんの対談会場で書籍を販売した縁で、栗澤さんもメンバーになった。「映画関係だけではなく、多くの業種の人が参加しています。いろいろ声をかけてもらって、世界が広がりました」

デジタルより紙の書籍の読書体験を柱に

栗澤さんが新たに作りたいと考えているのは、学校で使う副読本だ。テーマは読書推進。デジタルよりは紙の書籍を読んでもらうことを柱に据えたいという。

紙の書籍の魅力を栗澤さんに聞くと、「余白を多く体験できるということですね。ゼロかイチかではない、目的にたどりつくまでにいろいろ探し回ることで、別の何かが見つかるかもしれない。本に限らず、人を作っていくのも余白の部分ではないでしょうか」という答えが返ってきた。

そう思うからこそ、書店のあり方にも同じ思いを抱いている。書店業界は、余白の部分を大事にしてこなかったのではないかと。「イベントなどで参加者に、どんな書店があったらいいかと尋ねると、『喫茶店を一緒に作ってほしい』『こんな雑貨を置いてほしい』といった様々な意見や要望が出ます。そこが他の業種の小売店と違うところです。ところが、書店の側が自分で『書店とはこうであるべきだ』と決めつけて、そんな店にすればお客さんが来てくれると思い込んでいる。でも、一冊の本を商品として売る方法はいろいろあるはずです」と栗澤さんは言う。

思い込みから抜け出せば、柔軟な発想が生まれてくる。さわや書店が仕掛ける書店の枠を超えた取り組みは、これからも読書ファンだけでなく多くの人たちを楽しませてくれるはずだ。

 

さわや書店
盛岡市大通に本店を構え、岩手県と青森県に計9店舗を展開する。盛岡駅ビルのフェザン店は、田口幹人さん、松本大介さん、長江貴士さんら名物店長や有名店員を輩出したことで全国的に知られる。岩手ゆかりの作家や岩手を舞台にした書籍の紹介にも力を入れている。