高いアンテナ、強みを認識、迅速な決断-。地域の最前線を知る経営指導員が語る「勝つ中小企業」とは
「親事業者と下請け」の関係から、協力して付加価値を創造していくパートナーへ。
ポジティブに取引関係を転換していくためには、漫然と続けられてきた商慣行が合理的なものなのかどうか改めて見つめ直すとともに、企業自らの意識改革が求められる。
全国で約79万事業者が加盟する全国商工会連合会(森義久会長)は、各地の商工会を通じて、地元中小企業の経営相談や経営指導を実施している。
今、何が経営者に求められているのか――。11月の政策特集最終回は、地域の最前線で「経営指導員」として中小企業経営者の相談・支援にあたっている、表郷商工会(福島県白河市)の藤田達夫さんと神辺町商工会(広島県福山市)の藤本貴史さんの2人に、現場の実例を基に語ってもらった。
価格転嫁、創業支援、働き方改革……。様々な相談に直面
――商工会にはどのような相談が寄せられ、どういった指導をされているのですか。最近の傾向などありますか。
藤田 価格転嫁や国の制度変更への対応など、あらゆる相談に対応しています。事業者さんの店舗や工場など現場に出かけて、何げない話をしながら、困っていることや課題を聞き出すようにしています。今、業種を問わず経営者を悩ませているのは、人手不足と燃料や原材料価格の上昇です。
7、8割がたは私一人で対応して解決しますが、例えば工業系であれば工業の専門家に入ってもらって原価計算をしてもらうとか、働き方に関する相談の場合は社会保険労務士にお願いして、最低賃金などの問題に対応するとか、専門性が高い分野については、そういった対応もとっています。取引先との価格交渉などは、場合によっては私も一緒に同席することもあります。
藤本 私が担当している地域はベッドタウンで、人口、世帯数、商工業者数など増加している地域です。なので、創業支援の案件が多いのが一つの特徴です。経営指導員になって20年ほど経ちます、当初は新商品の開発、販路開拓の支援が多かったと思います。10年ほど前から増えてきたのが、働き方改革など社内改革の案件です。コロナ禍で対外的なことがストップしてしまったこともあり、社内に目を向けたということもあったと思います。生産性の向上、事務の効率化をどう進めるか、省人化、省力化を機械やデジタルでどう解決していくかといった相談が増えています。
コスト削減には限界も。適切なタイミングで適正な価格転嫁を
――どんな案件で相談を受け、実際にどのような指導をしているのですか。
藤田 原材料やエネルギーの価格が上がると、経営者は皆コスト削減と言いがちです。しかし、私は「コストを削減しろ」とは絶対に言いません。削減できるコストには限界があるし、削減したせいでサービスや商品の質が悪くなっては意味がないと思うからです。私は必ず、「価格を上げてください」と言うようにしています。
ただ、上げるにあたっては理由が必要です。新しいサービスを始めるタイミングで、既存の商品も上げていくのが望ましい。そして、出来るだけ早く、遅くとも1か月くらい前には値上げを告知したほうがいいという話をします。
経営者は技術や商品に自信を持っていても、価格を上げたら客が離れてしまうのではないかと、常に不安を感じています。私は「技術や商品の質に納得いただいているファンは簡単に離れていかない。きちんとお金を払ってくれるはずだ」とアドバイスします。タイミングを見て、ちゃんとした適正価格を取りましょうということです。5個売って500円儲けるか、それとも1個売って500円儲けるか。1個で500円儲けるほうが残り4個の作成時間を、新しい技術や商品・メニューを考案する時間やサービス向上に充てられます。顧客満足度も上がるはずです。
関心は「生産性向上」「業務効率化」。まずは自社の強みに気づいて
藤本 コロナ禍以降、社内の課題を抽出して解決していきたいと、自らの会社内部に目を向ける経営者が増えていると感じます。解決方法も機械化やデジタル化を進めるという方向です。
支援していく過程で気づくのは、多くの事業者、特に小規模事業者が自らの強みに気づいていないということです。だから私は、「あなたの会社の強みはここですよ」「それは、独自のサービスや技術なので強みですよ」と自社の強みに気づいてもらえるような聞き取り、説明を心がけています。
トークが上手い社長さんに、「そんなに説明が上手なのだから、営業に行ったほうがいい」と勧めて、最初は渋っていたものの行動に移してもらって、成果が出た例もあります。
廃業寸前の畳屋が新商品に取り組み復活。値上げ交渉もスムーズに
――経営者の意識変革や行動が実を結んだ実例を紹介していただけますか。
藤田 廃業も考えていた畳屋さんがありました。以前は一般家庭の顧客もいたのですが、現在はもっぱら工務店の下請けをしています。畳の需要が減る中で、何か新しい需要はないかと話していたところ、「クッション畳」や「薄畳」に今人気が出始めているといいます。では、新たにそういう商品をつくって、工務店にチラシなども作ってアピールして、既存の畳についても値上げするのがいいのではないかと提案しました。
工務店がお客さんに説明できるように、新商品のパンフレットもつくって、新商品と共に価格を設定し、既存の畳の価格は1.5倍に値上げしました。それでも「お宅とは末永く取引したい」と工務店側も値上げを受け入れてくれたのです。
廃業まで考えていたのが、価格の見直し以降は前向きになって、介護用のビニール畳やこども園、保育所用のカラー畳を開発して、工務店や役所にPRすることまで今ではしています。技術をいかして新しいことに取り組む。そして、それを見える化し、取引先にきちんと伝えることが大事です。
弱気マインドを転換。弁当用の折り箱の売上高が7倍に
藤本 福山市に弁当などの折り箱をつくっている「日野折箱店」という会社があります。
30代後半に先代から事業承継しました。ただ当初は社長自身、自社の強みがどこにあるのか明確に分かっておらず、そこを抽出するところから始めました。
折り箱をつくっている事業者は福山市内でも何件かあります。ただ、日野折箱店は受注の話が来ると、その日のうちにサンプルをつくって送ることができる、スピード感に強みがありました。社長は「そんなこと、どこでもやっているだろう」と思っていたのですが、実際はそうではありません。すぐにサンプルを送ってもらえるから、発注側も「ここに頼もう」とか「こういう注文を出しても迅速に対応してくれるだろう」と信頼してくれ、受注も増えていく。それに気づいたのをきっかけに、会社の強みや課題を見つけて、製造、集客、受注・出荷、様々な分野についてデジタルを活用して生産性を上げ、価格を下げるのではなく、強気に見積もりました。結果、折り箱の売上高は7年で7倍に伸びました。
小規模事業者は、質が良い製品をつくっているのに、「周りがこの価格だから、うちもこの価格で」が合言葉のようになってしまっています。しかし、弱気のマインドを転換できれば、大きく売り上げを伸ばす可能性もあるのです。
環境に優しい新技術に取り組み、経営が前向きに。成功体験が好循環生み出す
藤田 従業員17人の自動車板金塗装業者での事例をお話します。損害保険会社から委託された修理関係の売り上げが9割、価格もほぼ保険会社の言い値という状態で、利益がなかなか上がらない状況でした。
そこで、環境に優しいと注目されはじめた水性塗料を使ってみようと、補助金を活用して設備をいれ、保険会社に対しては「世界基準に沿った環境にやさしい水性塗料で修理します」ということをPRし、価格設定もその分引き上げました。
親から会社を引き継いで間もない社長で、先代のやり方をそのまま続けていたのが、価格交渉して保険会社が値上げを受け入れてくれたことで、経営がとっても前向きになりました。以降、同業者にアンテナを張って、各種のセミナーにも参加し、自らSDGs認定を取り、事業継続力強化計画を策定しました。すると、それが経済産業局のホームページに事業継続力強化計画認定企業として掲載され、さらに信用を生み、今まで取引のなかった企業から仕事が入ってくる。マインドを変えたことで、好循環が生まれたのです。
1社への依存を夫婦二人三脚で解消。コロナ禍の危機を乗り切る
藤本 二つ事例を紹介したいと思います。売り上げの8割を一つの会社に頼っている金属加工の会社がありました。私は、まずは取引先を3社、そして次に5社に増やして1社あたりの売上高の割合を3割以下にしていこうと提案しました。いろいろな商談会などを紹介して、仲の良いご夫婦だったので、2人で営業に行っていただきました。すると、小さなものから段々と仕事が取れるようになり、今は20社以上の取引先を抱えています。その後コロナ禍となり、取引先を分散しておいて良かったという体験をされたわけです。
商談をしていくと、自社の課題、強みにも気づきます。夫婦はその後、補助金を活用して機械を購入したいと相談に来られました。その際、私たち経営指導員が申請書作成を代行するのではなく、二人で計画書をつくってもらいました。自ら考えて、文章に落とし込むことで、自社のことをさらに理解でき、営業に行く際、さらに良い説明ができるようになると思ったからです。
私は、申請書作成の助言を行い、この会社は採択となりました。この経験は、ご夫婦の大きな自信になったと思います。補助金を活用して機械を導入し、新たな加工が可能になったため今では、以前より高めの見積もりを出しても、それが採用され、利益が取れるという状況になっています。
「周りがこれくらいだから」ではなく、自らの技術を正当に評価
もう一つは個人で仕事を請け負っている宮大工さんのケースです。国宝級の文化財に指定された神社仏閣などの工事にも参加したことのある宮大工さんですが、いつも自らの日当を1万円台で計算している。「周りが大体これぐらいだから」というわけです。「国宝級の工事に加われる技術を持っているのだから、もっと強気で」とアドバイスしても聞き入れてもらえませんでした。
そこで、国土交通省が毎年出している「公共工事設計労務単価」をお見せして、全国どこも2万円台になっていると説明して、引き上げてもらいました。すると所得がきちんと上がって、「今まで何でこんなに安く請け負っていたんだろう」と気づいてくれました。自分の強みを知ってもらい、外部環境を正確に説明して理解してもらうことがポイントになりました。
「アンテナ高く、人とのつながりを大事に」「自ら提案、自分をオープンに」
――マインドチェンジに成功して成長する企業、経営者にはどんな特徴があるのでしょうか。
藤田 行動が早い。アドバイスしたことに対して、すぐに社長自ら動く、あるいは指示を出す。もう一つはアンテナが高いですね。情報を収集しながら、今のニーズに合っているのは何なのか、自分にできることは何か、価格を含め数字をきちんと見ています。
後は人とのつながりを大事にする人が多い。そんな人には情報も入ってきます。そして自分の事業の強み、自分たちが選ばれる理由に気づいた人は、やはり成功しています。
藤本 相談内容が違います。「何をやったらいいですか」ではなく「こんなことをやろうと思うがどう思いますか」という感じで、スタート地点に立っている人とスタート地点がどこなのか分かっていない人の違いですね。
スタート地点に立てる人は、同業他社と意見交換し、アンテナを立ててお客様や取引先のニーズや世の中の動きを把握しようと努めています。補助金の使い方なども上手で、「この補助金を使って、こんなことができないか」と私に提案してきます。そして、成功すると、自社で囲い込むのではなく、他の経営者に対しても「これをやった方がいい」と自分をオープンにしている人が多いと思います。
強みが分かると、見えてくる弱点。自信を持ってファンづくりを
――様々悩みを抱えている中小企業経営者にアドバイスをお願いします。
藤田 自分のやっていることに自信を持つことが大事です。自信を持って商売している人には必ずファンがついてきます。ファンは応援団になってくれます。とにかく自信を持って、新しいことに取り組んでもらいたいです。
藤本 自社の強みを改めて再確認していただきたいです。強みが分かってくると、必ず弱みも見えてきます。「自分は強みをこう思っている」だけでなく、第三者にも意見をもらって、受注から製造、出荷まで、どこに強みを持っているのかもう一度事細かく見て、考えてほしいです。
※本特集はこれで終わりです。次回は「進化するGX」を特集します。