脱炭素と経済成長を同時に実現!「グリーン戦争」著者とGX推進機構COOが語る、日本のGX戦略とは
世界のGDPベースで9割以上を占める146か国(2024年4月現在)がカーボンニュートラル(CO2排出量実質ゼロ)を掲げ、脱炭素は国際的な潮流となっている。石炭や石油などの化石エネルギー中心の産業・社会構造から、CO2を排出しないクリーンエネルギー中心に転換する「グリーントランスフォーメーション(GX)」に向けた取り組みの成否が、企業や国家の競争力に大きな影響を及ぼす時代に突入している。日本のGXはエネルギーの安定供給を大前提に、排出削減と経済成長・産業競争力強化の同時達成を目指しており、2024年12月中に新たな国家戦略「GX2040ビジョン」の案を示す予定。
著書「グリーン戦争-気候変動の国際政治」(中公新書)で、パリ協定での温室効果ガス排出削減を巡る米国、欧州、新興国の利害対立の力学を掘り下げた上野貴弘・一般財団法人電力中央研究所上席研究員と、政府・産業界・金融界をつなぐGX推進の中核機関となる「GX推進機構」の重竹尚基・専務理事が対談し、日本のGXが進むべき道を語り合った。
(司会進行:中原廣道・経済産業省環境政策課長)
カーボンニュートラル宣言146か国、脱炭素は世界的な潮流
――― まずは、世界の潮流を伺います。「グリーン戦争」の著者で、GXを巡る世界情勢の専門家である上野さんに、各国の政策や、GXが国家間の競争力に与える影響などの解説をお願いします。
上野 2015年にパリ協定※が採択された後、米国で第1次トランプ政権が発足しましたが、世界全体で気候変動対策への取り組みが大きく減速することはなく、政権後半の時期にはカーボンニュートラルを掲げる国が出始めました。バイデン政権に代わった2021年から24年までの4年間はG7の国々やEUを中心に脱炭素政策が推し進められました。
日本のGX政策の中身を見ると、最初の10年間で20兆円の先行投資期間があり、同時に始まる(CO2排出量をお金に換算して企業に負担させる)カーボンプライシングが後の段階で大きくなっていきます。先行投資支援で似ているのは、米国で2022年に成立した「インフレ抑制法(IRA)」です。脱炭素への民間投資を減税で支援する法律であり、米国がかなり大きな産業支援を打ち出したことは、日本がGXを競争力強化のために推進する契機になったと言えます。
EUが始めようとしている「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」も注目を集めています。域内に入ってくる輸入品に対して、水際でカーボンプライシングを課すという炭素関税の仕組みです。EUは域内生産へのカーボンプライスを長年実施していますが、CBAMはその負担を輸入品にも広げ、域内産品と輸入品の競争条件を公平にしようとするものです。カーボンプライシングをすでに導入している英国や豪州も同様の仕組みを検討しています。しかし、中国やインドなどがこれに反発しています。炭素関税を巡る動きが、追随と反発の両面で同時に拡大していて、対立含みで、言わば「グリーン戦争」の状態です。
※パリ協定…2015年にパリで開かれた国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で採択された国際条約。18世紀の産業革命前からの気温上昇幅を1.5~2度未満に抑えることを目指し、195の国・地域が批准している。すべての締約国が、5年ごとに温室効果ガスの削減目標を更新、提出する。
――― 環境だけではなく、貿易あるいは産業政策そのものと一体になっているのがGXの世界です。日本も2020年の「カーボンニュートラル宣言」があり、2021年には2030年の温室効果ガス削減の目標として、2013年度比46%削減を表明しました。その後、2022年からはGX推進に向けた政策を検討する政府の「GX実行会議」で、世界の潮流を見ながら、脱炭素と経済成長、そしてエネルギー安定供給の検討を一体的にやってきた、という流れになっています。会議の構成員である重竹さんには、これまでの議論を振り返って、ご感想をお聞かせください。
重竹 GX実行会議での議論を見直してみて、最初からすごく飛ばしていたという印象を改めて持ちました。2022年7月に開かれた初回の会議で、エネルギー政策と産業政策の両方をにらんでリーダーシップをとるという、政府のかなり強い覚悟やコミットメントが打ち出されました。5か月で「GX実現に向けた基本方針」案を取りまとめ、翌2023年5月には「GX推進法」を成立させています。「制度を作った後は民間にお任せではなく、制度を使って官民一体となって取り組んでいかないと勝てない」という政府のスタンスが明確に示され、政策の大きな転換点でした。
先行投資とカーボンプライシングを一体的に推進
――― 「GX推進法」成立後、さらに2023年7月に「GX推進戦略」が閣議決定されました。これらに基づき、政府は「成長志向型カーボンプライシング構想」を具体化しています。「GX経済移行債」を発行して、トランジション・ボンドという形で市中から必要な資金を調達し、10年間で20兆円規模の政府による先行投資支援をしていくという仕組みです。同時に、ETS(排出量取引制度)と化石燃料賦課金を組み合わせた形でのカーボンプライシングを段階的に導入し、その方針をあらかじめ示すことで、民間企業の脱炭素投資を促進していきます。日本の取り組みは、国際的に見てどのように評価できますか。
上野 EUではもともとカーボンプライシングがありましたが、脱炭素が産業政策として位置付けられたのはつい最近のことです。日本のGXと比べて、ワンテンポ遅れています。米国は「インフレ抑制法」で産業政策的な気候変動対策を強く打ち出しましたが、他方でカーボンプライシングは一部の州にとどまっており、国の産業政策と州レベルの排出量取引は連動していません。EUや米国と比較すると、日本の投資促進策とカーボンプライシングは整合的に設計されていて、両者の時間差をGX経済移行債でつなげている点も特徴的です。ただ、本格的な実施はこれからで、いろいろ問題も出てくるでしょう。GXは長期にわたる取り組みですので、粘り強く対応していく必要があります。
カーボンプライシングの制度設計がまだ定まっていないことも課題です。私は、炭素価格の上限と下限を決めて、価格の予見性を高めることで、投資支援策との整合性が一層高まると考えています。民間企業は予見性が低いと投資を躊躇するので、炭素価格が乱高下するようだと、過小投資に陥るおそれがあります。安定的な炭素価格で予見性を高め、企業の投資判断を後押しすることが大事です。
「分野別投資戦略」で具体的な投資指針を示す
――― 重竹さんは、支援と規制を一体的に行う重要性をGX実行会議でも発言してこられました。日本の産業の現状に照らしながら、GXを通じた産業競争力の強化について、改めてお考えを伺います。
重竹 GXという言葉自体が「日本ならでは」です。通常、英語では「グリーン・トランジション」の方が素直です。しかし、政府が造語してまで「グリーントランスフォーメーション」としたところに意味があると思っています。要は「脱炭素」だけではなく、同時に「産業競争力強化・経済成長」の二兎を追う覚悟が込められています。日本のGX政策が原子力の道筋を開いたこと、さらに「トランジション」の考え方を世界に打ち出したことも、私は評価しています。EUのように一足飛びに、教条主義的に「グリーン」を目指すやり方に一石を投じ、各国の事情に応じて、同じゴールに向かっていろんな道筋で行けばいい、という考え方を明確にしたことはとても重要だったと思います。
GX実行会議では2023年末に「分野別投資戦略」を取りまとめ、GX推進戦略の実行に向けて重要な16の分野を定めました。これにより、GX経済移行債で調達する政府資金20兆円を含めた150兆円を10年間でどのように投資していくか、具体的な指針を示したことも大切な取り組みです。
――― 今年7月に重竹さんにはGX推進機構の専務理事(COO)に就任していただきました。機構の役割、ミッションについてのお考えをお聞かせください。
重竹 GX推進機構は「GX推進法」に基づいて作られた経産省の認可法人です。具体的なミッションは3つあります。1つ目は民間金融機関等が取れないリスクを補完する金融支援です。2つ目は2026年度から始まる本格的なカーボンプライシングの制度の運営、3つ目は「GXハブ機能」で、GXに関する企業間もしくは官民の連携を進めていく支援と、GX政策の持続可能性の研究・発信です。
トランプ氏再登板…米国の脱炭素は全停止ではない
――― 米国大統領選の結果、トランプ氏が大統領に返り咲くことで、脱炭素の潮流に揺り戻しが起こることへの懸念の声もあります。こうした不確実性も指摘される中、今後の世界の動向や日本のGX政策への影響、政策のあり方をどう見ていくべきでしょうか。
上野 トランプ氏は高い確率でパリ協定から脱退していくと思います。国際的には条約からの脱退、国内的には「インフレ抑制法」での脱炭素化に向けた支援策の見直しは不可避だろうと思います。
しかし「インフレ抑制法」の全てを撤回することは難しい。既にこの法律によって恩恵を受けている地域を地盤とする共和党議員が少なくないからです。全撤回ではなく、部分的な撤回や見直しに留まるのではないでしょうか。また、州政府レベルでは、排出量取引のカーボンプライシングを実施している州もあれば、再エネなど化石由来ではない電力の導入目標を独自で掲げている州もあります。さらに、民間ではビッグテック企業(GAFAM)が原子力発電所からの電力を買い取るなど、データセンターで消費する電力のクリーン化を進めています。政権は国際的な気候変動対策に背を向ける形にはなりますが、米国内での脱炭素の動きが全部止まるわけではありません。
日本は今の中道的なGX政策を、その時々で多少の調整をしながら進め、米国や世界の潮流に中長期的に対応できるようにしておくことが大切です。
日本が世界をリードするチャンス到来
――― 日本はGX政策をより進めるため、2024年12月中に新たな国家戦略「GX2040ビジョン」の案を示す予定です。今後の日本のGX政策に向けて、お二人が期待することについて、それぞれ伺います。
上野 カーボンプライシング制度の導入によって、各方面でのコスト負担は少しずつ生じると思います。他方で米国はエネルギーコストを下げて製造業の競争力強化のテコにする姿勢がはっきりしている中、日米の競争力の差が開くことは問題です。米国とどのように向き合うのか難しい局面になりますが、燃料調達の多様化によるリスク分散や原子力発電所の再稼働によって、米国との競争力の差を少しでも埋めていくことが、これからの4年間の課題でもあり、期待したいところです。
重竹 日本はGXの取り組みスピードを緩めるべきではないと思います。逆に世界の脱炭素のスピードが遅くなるのは、日本にとってチャンスです。東南アジアを中心に、日本が「トランジション」をリードする良い流れになります。
GX市場の創造も重要です。GXを行う事業者、金融機関の大きな悩みの一つは「GX製品の需要って本当に増えてくるのか」ということです。GXはコストと時間がかかります。特にCO2排出削減が困難な産業は、膨大な投資が必要ですので、政府支援や自助努力だけでは、すぐにはコストアップを吸収しきれません。日本の商慣習や輸入品との競争で、簡単に価格転嫁できないとなると、せっかく検討中のGXのいろんな案件が頓挫してしまう恐れがあります。需要サイドを巻き込んだ規制や支援が不可欠です。
もう1つはGXエネルギー産業立地です。GXによって、地域の特性を生かした新たな産業集積が起こってくるでしょう。しかし、GXには技術も政策も不確実な面がある中で、多額の資金を長期的に融資することには、地域の事業者や金融機関は腰が引けるところがあります。日本経済を再び成長軌道に乗せていくGXにはどのような政策があって、地域には何が求められているか、政府がきちんと指針を示すとよいと思います。分野別投資戦略のようなロードマップを、地域レベルでも作っていく必要があるでしょう。
――― 今後の世界の動向には留意しつつも、日本はそれに振り回されることなく、日本の勝ち筋を作る取り組みを進めていき、GXで世界をリードするチャンスにも繋げていくことが重要だと分かりました。本日いただいた、予見可能性の確保やカーボンプライシングの制度設計、GX市場創造などについての多岐にわたるご示唆を踏まえつつ、引き続き作業を進め、年内にGX2040ビジョンの案をお示ししたいと思います。
【関連情報】
GX推進機構(脱炭素成長型経済構造移行推進機構)