三陸常磐いいものうまいもの

ワイン熟成は海中で、養殖カキと一緒に。南三陸の山と海が新たな逸品を育む

三陸の海がもたらす恵みは、おいしい海の幸だけではない。

豊かな三陸の海で熟成させたワインが今、評判を呼んでいる。つくっているのは「南三陸ワイナリー」。東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町の海沿いに、仮設の水産加工場をリノベーションして、2020年10月にオープンした。経営者は、脱サラして南三陸町に移住した楽器メーカーの元会社員だ。

海と山の恵みをたっぷりと受けて熟成されたワインと地元食材のマリアージュ(好相性)は、訪れた人の味覚を楽しませている。

三陸の海が醸す南三陸ワイナリーの「海中熟成ワイン」

志津川湾の沖合でカキ棚に8か月。海中の様々な音がワインを熟成

南三陸町の東に広がる志津川湾。2024年7月、沖合で一艘の漁船によって、カキ棚につるされていた養殖用ネットが引き上げられた。中にあるのは三陸を代表する味覚の一つであるカキではなく、フジツボが付着し、海藻が張り付いたワインボトル。さながら古(いにしえ)の難破船から見つかったお宝のようだ。

これが南三陸ワイナリーを代表する逸品、「海中熟成ワイン」だ。

志津川湾の海中で熟成されたワインを、地元の漁師たちと引き上げる佐々木さん(左端)

「海の生き物や波、泡、船のエンジン音など海中の様々な音の微振動は、地上よりも5倍近く早いスピードでボトルに伝わり続け、ワインの熟成を早めると言われています。11月頃に沈めて翌年の7月後半に引き上げるまで約8か月間海中で寝かせますが、地上で2年間熟成させたのと同じくらい熟成が進んでまろやかな味わいになります」

代表取締役の佐々木道彦さんは、そう言ってフジツボが張り付いたままのワインボトルを手に取る。

佐々木さんは、脱サラして南三陸町に移住。「南三陸ワイナリー」を創業した

楽器メーカーを退社し、人気ワイン漫画原作者との出会いでワインに開眼

佐々木社長は山形県出身。大学を卒業後、ヤマハ(静岡県浜松市)に勤務し、2011年3月11日の東日本大震災後、災害ボランティア活動で三陸沿岸の被災地域に何度も足を運んだ。

「被災地がにぎわいを取り戻すためのお手伝いをしたい」と、2014年にはヤマハを退職し、仙台に移住。ものづくり関係のベンチャー企業で働いているとき、ワインを題材にした人気漫画の原作者と一緒にワイングラスづくりに取り組んだのをきっかけに、「地域ごとに違う特徴が出せて、地域の食材との組み合わせの楽しさが無限にあるワインに可能性を感じた」という。

ワインづくりを学んでいる中で、南三陸町で町独自のワイン醸造を目指すプロジェクトが始動していることを知った佐々木さんは、2019年に南三陸町に移住。翌年、ワイナリーをオープンさせた。

佐々木さんは、脱サラして南三陸町に移住。「南三陸ワイナリー」を創業した

「循環の町」「生物の多様性の町」――。進取の気性も魅力

「南三陸町は海と山と里のつながりが強いのが特徴です。町が分水嶺に囲まれているので、雨は南三陸町の大地を通って志津川湾に注ぎ込み、それがまた山背(やませ)や雨となって山に帰っていく。循環の町であり、豊かな生物多様性を誇る町です」

佐々木さんは南三陸町の魅力を、こう語る。

南三陸町は銀ザケ養殖の発祥の地としても知られている。また、海中熟成ワインをサポートする戸倉地区の漁師たちは、環境に配慮したカキ養殖に取り組み、日本初の「ASC(水産養殖管理協議会)認証」を取得した。こうした進取の気性も、佐々木さんのベンチャー精神とぴったりマッチした。

「新しい人を受け入れてくれるオープンな土壌がここにはあります。ワイナリーをつくるにあたって、ブドウ畑や醸造所の候補地など地元の方が積極的にサポートしてくださいました」

8基のタンクで、年間2万から2万5000本のワインを醸造する

1年を通じて味わえる様々な旬の食材。自前のブドウ栽培にも挑戦

南三陸ワイナリーの魅力は、この地で育まれた海と山の恵みを存分に味わえることだ。ワイナリーには地元の新鮮な食材を楽しめるレストランが併設されている。

「この町ではカキ、ホタテ、銀ザケ、ホヤと毎月違う旬の海産物が味わえます。移住してきたこだわりの生産者が育てた羊や豚などおいしいお肉もあります。南三陸町の食材だけでフルコースメニューがつくれます。代表的な食中酒であるワインを地元でつくることで、南三陸町の食材の楽しみ方をさらに増やすことができると思っています」

ワインの原料となるブドウ栽培にも自ら取り組んでおり、童子山(どうじさん)に約500本、田束山(たつがねさん)に約3000本を栽培している。現在は山形県や青森県の契約農家の栽培したブドウが9割を占めているが、将来的には50%程度を自前で栽培したブドウで賄いたい考えだ。

童子山のブドウ畑にはシャルドネを中心に約500本を栽培

振り返った時、「南三陸の魅力が広がって、賑わいが生まれた」と言ってもらえるように……

「南三陸のみんなとおいしくなりたい」がブランドスローガンの南三陸ワイナリー。「ワインと食を通していろんな新しいことを始めたいと思っています」と佐々木さんは語る。

現在、ワインを海中に沈める際、引き上げる際には見学者を募り、ちょっとした作業も体験してもらっている。2022年からは、気仙沼や陸前高田など三陸沿岸のワイナリーをシャトルバスで結んで、ワインと食を楽しめるワインツーリズムも実施しており、2024年6月には150人が参加した。入谷地区の童子山のブドウ畑では夜明け前に収穫するナイトハーベストの体験やブドウ畑を眺めながらのワイン会、志津川湾を一望できる田束山のブドウ畑では農業体験など、様々な体験型イベントも開催している。

「大きなイベントをドンと打ち出すことよりも、継続していくことが、より重要です」と強調する佐々木さん。今後を展望して、こう締めくくった。

「10年後、20年後に振り返ってみて、私たちのやってきたことで、『南三陸の魅力が広がって、賑わいが生まれた』と言ってもらうのが目標です。少しずつ新しい取り組みに挑戦し、継続していきます」

豊かな恵みをもたらす志津川湾の海。カキなど養殖用ブイの間を漁船がゆっくりと進んでいく