政策特集日本から世界へ~スタートアップ新潮流 vol.5

僕らの目に映るエコシステム

経営者が語る挑戦の軌跡と未来(後編)

右からテラモーターズの徳重社長、Fringe81田中CEO、ABEJA長谷取締役

結果がすべての世界で

 ABEJA・長谷直達取締役(以下、長谷) スタートアップエコシステムの観点から日本と世界を比較して覚える違和感のひとつが、日本ではエグジット(投資回収)できれば、起業家冥利に尽きるという風潮が強いことです。もっと、既存の価値観や産業構造の転換を目指すようなダイナミックさがあってもいいのではと。

 テラモーターズ・徳重徹社長(以下、徳重) 僕も投資家から早く上場してほしいというプレッシャーを感じ続けてきました。電気自動車(EV)の事業が安定し始めたタイミングで、ドローンに参入しようとした時には一斉に反対され、一番信頼していたベンチャーキャピタル(VC)からは「反対しません。しかし賛成もしません」と言われる始末でした。しかし、半年後、結果を出したら一転。「いいところに目を付けましたね」と(笑)。つまりスタートアップにとっては結果がすべてなのです。事業が軌道に乗る段階までは資金の出し手はかなりいます。しかし、事業を加速し、かつグローバルにスケールアップしようとする段階に移行するにつれ、資金調達の選択肢は狭まるのが実情です。投資家の心に響く説得力あるビジョンを打ち出せないスタートアップ側の責任もあるのですが。先般、ABEJAさんが実施されたような50億円、100億円規模で資金調達できる機会は案外、限定的なんですよね。

 Fringe81・田中弦CEO(最高経営責任者、以下、田中) 現在の資金調達環境はかつてないほど好転し、僕はスタートアップが資金調達にさほど苦慮しているとは思えないんですがね。

 徳重 シリコンバレーでも数年後にエグジットできればハッピーという起業家がほとんどですし、決して日本の企業家の志や視座が低いということではありません。ただ、せっかくスタートアップを国も応援してくれるなら、世界を目指すチャレンジにリスクマネーを振り向けてほしいと思うのです。

徳重氏


 田中 僕は、日本ででは新興企業向けのマザーズ市場を通じて、スタートアップが機関投資家にアクセスできる意義は大きいと前向きに捉えています。長谷さんの前職のミクシィのお話が前編でありましたが、同社のように上場企業が、ピボット(事業を根本的に転換)しながらも、資金調達できる環境は、世界的にみても希有なのではないでしょうか。

成功事例が道を切り開く

 徳重 その点は同感です。一方で、なぜシリコンバレーや中国の企業がケタ違いの資金を調達して研究開発や事業展開を進められるかというと、巨大な市場を相手にしているからなんですよね。いち早く市場を獲得すれば株価を押し上げるのは当然。僕はまさにこうした世界を目指しているのです。日本のスタートアップエコシステムにとって、次の段階は、日本からどれだけグローバルメガベンチャーが輩出されるかどうかです。野茂英雄投手が大リーグへの道を切り拓いたように、日本発のロールモデルが生まれれば資金の出し手も、挑戦者も後に続くはず。(米国を代表するVCである)アンドリーセン・ホロウィッツもセコイア・キャピタルもいまは日本を素通りしているかもしれませんが、成功事例が生まれれば、日本に目を向けるのではないでしょうか。

 田中 僕は資金調達の問題以上に、いまはさまざまな企業とビジネスで協業したいとの思いが強いんです。ご存知ですか。いま世界で話題になっているスニーカーは、ドイツ・アディダスが環境保護団体とコラボして海洋プラスチック廃棄物を新素材として採用した製品なんです。理念や思いに共感するとこから協業が始まり、それが消費者に受け入れられる-。そんな社会を日本でも実現したいですね。

既存制度では追いつけない

 長谷 スタートアップの挑戦を政府が後押ししてくれるのであれば、僕は法制度の面での対応を期待します。例えば僕らは、画像データを解析することで、来店客数や年代・性別、さらにはリピーターかどうかいった情報まで取得できる店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」を展開しているのですが、個人情報保護法がネックになる。ガイドラインの策定などを政府に働きかけているのですが、既存の制度が技術革新のスピードに追いつかない現状を危惧します。

田中氏(右)と長谷氏


 田中 そういえば、先日、こんな経験をしました。僕らは社員同士がネット上でのポイント交換や投稿を通じて互いの仕事をたたえたり、評価しあうことで働く意欲やモチベーションにつなげる成果給の仕組みをピアボーナス「Unipos」の名称で提供しています。2017年6月のサービス開始以来、わずかな期間で、マイナビやメルカリをはじめ100社以上が導入しているのですが、この仕組みが所得拡大促進税制において、減税措置の対象になるのかという疑問が浮上しました。当局に相談したところ、税制面の取り扱いルールの中に同税制の「給与等」の範囲を明文化するという措置を講じてくれました。テクノロジーの進展で既存の法制度では想定していなかった新たな事業やサービスが今後ますます広がることが予想されるなか、こうした対応は有り難い。政府にとっては小さなことかもしれませんが、僕らスタートアップにとっては大きな変化です。

 長谷 社会全体で起業マインドを醸成する上で、重要だと感じるのは、壮大な理念を持つ人と幼少期に出会うことではないかと思います。

 徳重 米国の有力大学では、卒業式の祝辞を起業家が行うことが珍しくないんですよ。さまざまな場面で経営者が自らの思いを自らの言葉で語ることも挑戦を評価する社会の実現につながりますね。僕らも、どんどん外に出て発信しないと。