魔法の薬はない書店支援。プロジェクト推進役が描く策は地道、でも抜本的
書店のピンチに国も立ち上がった。経済産業省は2024年、省内に「書店振興プロジェクトチーム」を発足させた。全国の書店の諸課題を洗い出し、対応策を練るためだ。プロジェクトチームの責任者である南亮・商務・サービス審議官に現状の考えを聞いた。
――― 24年3月に経済産業省に「書店振興プロジェクトチーム」が発足し、10月には「書店活性化のための課題(案)」が公表されました。このプロジェクトが始まった背景と狙いを教えてください。
書店は文化の基盤として、非常に大事です。本来はネット、図書館と書店の三つが発展していくというのが一番良いと思いますが、最近の状況を見ると、書店だけがどんどん数が減っています。こうした状況は書店が文化の拠点であることを考えると、良くないということで、特別なプロジェクトチームを作って書店振興プロジェクトを始めました。
人手不足やコスト高など構造的な問題もあるので、国が予算を投入すればいきなり書店が増えていくというようなものではなく、書店数が劇的に増えるといった目の覚めるような政策もありません。しかしながら、このまま何もしないと、地域の文化拠点である書店がどんどん減ってしまいます。書店をめぐる現状や課題、危機感が多くの人に共有されて、本が好きな人や書店をなくしたくないという人たちが、書店を応援していこうという機運ができていくことを目指しています。
――― さまざまな産業がある中で、とくに書店の支援に国が乗り出す意義は何ですか?
本にはいろいろなものの見方や歴史など、重要なものが詰まっていますから、日本の文化力を高める上で非常に重要なアイテムです。また、文化創造産業の基盤として機能していると考えておりますから、我が国の競争力強化にも影響があります。
書店ではさまざまな本が一覧でき、未知の内容や自分が持っていない見方に触れる機会を得られます。いろいろな判断をするときに、自分以外の意見をしっかり理解していることは非常に大切です。ネットで本を購入する場合、自分が買っている本に関連するものがオススメとして出てきます。問題を掘り下げていくのには良いのかもしれませんが、自分の視野を広げていくという意味では、やはり書店の良さはあります。
さらに、我が国のコンテンツ産業の特徴を考えると、優れたキャラクターやIP(知的財産)を有している点があります。漫画などが果たす役割は重要で、書店が維持されることで、新しいキャラクターやIPを継続的に生み出すことができると考えています。
書店関係者からどんな声が集まっているのか
――― プロジェクトでは、大臣が書店関係者と対話する「車座ヒアリング」などが実施され、書店に関わる方の声が集まっています。10月に公表された「書店活性化のための課題(案)」では、流通・物流の問題からキャッシュレス化やDX化の問題まで多岐にわたる34項目がまとめられています。端的に言うと、どんな課題がみえてきましたか。
まず一つは、日本全体、世界全体でデジタル化が進んでいるということです。それに加えて、日本は人手不足で、さまざまなモノのコストが上がっているということがよく分かりました。ただ、そうした状況でも、書店や書店の関係者が創意工夫する余地というのは、数多く残っていると感じました。世の中の変化に対応し、新しいことをやっていくということができれば、いろいろな形で「街の本屋さん」が続いていくと考えています。
価値観が多様化し、生活レベルも上がっている中で、書店がそれぞれの特徴を出していくというのが今後の一つの方向なのかなとも思います。
例えば、児童書に力を入れている本屋さんでは、「読み聞かせ」にずいぶんお客さんが来られるようです。読み聞かせでは、絵本をネットで見せるのでなく、やはりある程度大きくて綺麗な本の方が効果的です。お母さん同士が集まると、読み聞かせ会がある種のコミュニティーにもなっていると聞きました。
また、これは個人的な話ですが、以前、大阪の難波で本屋さんにちょっと入ったところ、料理や食の本を中心に品揃えをされていました。これは、街の本屋さんが飲食店の方の「知識の倉庫」として使われているということなのではないでしょうか。
書店は、さまざまな個性を出していくことによって、より長く続いていくのではないかと思います。
パブリックコメントへの期待
――― 「書店活性化のための課題(案)」には10月4日から11月4日までパブリックコメントが実施されました。
課題は多岐にわたっており、政府の施策だけで解決できるものではないと考えています。「課題(案)」は、書店関係者だけでなく、さまざまな立場の方に読んでいただきたいです。課題を洗い出し、広く共有することで、解決のための新しいアイデアが出ることを期待しています。
※取材は10月17日に実施
地域の書店をどう維持するか
――― 書店のなかには、幅広い分野の書籍を扱う都市部の大型書店がある一方、街の小さな書店もあります。小さな書店の減少に歯止めをかけるための対策としてどんなものがあるとお考えですか。
都市部にある大きな書店はそれで一つの個性であると思いますが、街の本屋さん=単に置いてある本の数が少ない店というのでは、大きな書店にお客さんを持って行かれる一方です。そこで、いろいろな形で書店主の方の考えで本を揃えていくのも大切だと考えています。例えば、私が以前に住んでいた東京・三鷹は、作家の太宰治との関係がとても深い街です。そうしたことから、太宰の著書を揃えてみるなど、書店のある土地と縁のある著者などの本を集めるような方法もあるのではないでしょうか。
また、大人気漫画・アニメの「スラムダンク」の「聖地」として海外からの観光客の方が集まっている神奈川県の湘南の書店であれば、スポーツの漫画に思い切って振ってみると、インバウンドのお客も増えるかもしれませんね。書店は、読者に対するサービス業なので、その点を強く念頭に置いて、どうしたら本を買う人が満足を得られるのかということを考えることは大事なのかなと考えています。
「書店活性化のための課題(案)」では、いったん閉店した東京都狛江市の書店が地元の声に応えて再出店した事例を紹介しています。地域に書店があることが重要だと考える地域のみなさん一人一人の力も非常に大きいと思います。
経済産業省が示した資料を活用してほしい
――― 経済産業省が10月に公表した資料は、「書店活性化のための課題(案)」のほか、「全国書店ヒアリングでの声」「書店経営者向け支援施策活用ガイド」の3点がセットになっています。どんな形での活用を想定していますか。
店主の方が個性を発揮して本を揃えている書店がたくさんあり、そうしたところはやはり書店として続いています。創意工夫して、今までと違う書店を経営するということは書店の維持に非常に重要なことです。
今回のプロジェクトでは、さまざまな工夫をしている全国の書店をヒアリングしました。これをまとめた「ヒアリングでの声」はこれから何かをしようという書店の方々の参考になると思っています。
そして、中小企業支援策の使い方のカタログとして出したのが「支援施策活用ガイド」です。このセットには意味があり、「ヒアリング」でさまざまな事例を見て、これをやろうと思ったら、その資金は「支援策」で得られる仕掛けになっています。今回出した資料を使って、書店の方々に取り組んでいただくことが大事です。また、書店だけではなく、出版社や取次会社、読者それから政府や図書館も一緒になって、少しずつ書店の維持につながることをやっていきたいと思っています。
――― 「ヒアリングでの声」では、書店の方々が、経営の苦しい部分や問題のある部分についても具体的に話されており、関係者の方々が問題意識を共有していることが伝わってきます。
書店を続けたいと考える方は、お互いにがんばっている者としてノウハウがあれば伝えていきたいとみなさんが思っており、資料作りにも積極的に対応していただけました。
書店の方には、「こんなのもあるんだ、こういうやり方があるんだ」というように、いろいろな取り組みを見ていただき、場合によっては、それぞれの書店に直接尋ねていただければと思います。新しいことに取り組んでいる方が、これからやろうとする方に経験を伝えていくということにも期待しています。
また、プロジェクトを始めて経済産業省内に書店好きな人がたくさんいることもわかりました。「直接の担当ではないがやらせてほしい」と申し出てくれた人もいました。省内の書店を大切にしたい人の気持ちも加わってこの成果になったと思っています。
他省庁とも連携
――― 「車座ヒアリング」の中で、斎藤健経済産業相(当時)がさまざまな課題について、業界や経済産業省、他の省庁に分けて整理していくという趣旨の発言をされていました。いつ頃までにまとめる予定ですか。また、他の省庁とはどのような連携を考えていますか。
割り振りは年内には行いたいと考えていますが、各省での施策は、来年の春ごろまでに取りまとめていきたいなと思います。
他省庁でまず名前が挙がるのが、文部科学省や文化庁です。6月の「車座ヒアリング」には盛山正仁文部科学相(当時)が来られ、「しっかりやっていく」と話されました。
学校で子どもたちが使う教科書も、流通させているのは書店ですので、今後、文科省とも連携を図っていきます。
――― 海外の書店の状況も気になります。
「書店活性化のための課題(案)」では、フランスや韓国の状況に触れています。単純に比較するのは難しいですが、フランスなどは日本にない法令で対応していることはわかっており、わたしたちも意識しています。6月の「車座ヒアリング」には、上川陽子外相(当時)も参加していただきました。在外公館からも話をきくなど、いろいろな形でサポートを受けています。
――― 最後に、子どもと書店についてうかがいます。出版文化産業振興財団(JPIC)の調査では、今年8月時点で書店がない自治体が全体の27.9%に上ることが明らかになりましたが、「未来の世代」にとっての書店の大切さについてお考えをきかせてください。
多くの子どもたちは高校生ぐらいまでは生まれた地元で育ちますから、おおむね四つに一つの市町村では、文化拠点としての本屋さんというものを知らずに大きくなります。大人は、本に愛着があり、書店が好きな人も多いが、子どもはそれを知らない。やはり一つでも多く書店を維持していくことが、「明日の大人」のために大事だと思います。