地域で輝く企業

【岐阜発】人づくりを基盤に、ニッチ領域で製造業の活路を開く

岐阜県関ケ原町 株式会社関ケ原製作所

日本で最も有名な地名の一つだろう。岐阜県の西端に位置し、北を伊吹山地、南を鈴鹿山脈に囲まれた「関ケ原町」。古来より交通の要衝として栄え、7世紀には壬申の乱、そして1600年には関ケ原の戦いという天下分け目の大戦(いくさ)が行われた。その地で1946年、機械器具メーカーの関ケ原製作所は創業した。大型油圧機器やトンネル掘削機製造など、他社にまねのできない高付加価値なニッチ領域でビジネスを拡大。そうした経営の礎に、働く人たちのことを考えた「人づくり」を据える。「会社はみんなのもの」という創業の精神を重んじた「原点回帰の経営」と矢橋英明社長(58)は説明する。いたずらに規模の拡大を目指さず、職場を社員成長の場として捉え、地域に開かれた企業経営の手法には、企業が「地域で輝く」ためのヒントが詰まっていた。

「会社はみんなのもの」という創業の精神を全社で共有

矢橋家の家訓は、創業の精神にも反映されている

矢橋社長の祖父に当たる矢橋五郎氏が、当時の国鉄の軌道用機器を製造するために関ケ原製作所を創業。その際に「会社はみんなのもの」という想いを唱えた。「陰徳を積め」「商売に頼るな」「書画骨董に親しめ」という矢橋家の家訓が創業の精神にも反映されているという。もっとも、その経営は必ずしも順風満帆だったわけではない。オイルショック後の造船不況により人員整理に追い込まれ、創業者は引責辞任。五郎氏の三男で矢橋社長の叔父に当たる矢橋昭三郎氏(現・関ケ原製作所相談役)が1978年に社長を継ぐが、その後も、プラザ合意後の円高不況、バブル崩壊による経営危機に直面してきた。そうした中で、オーナー企業からの脱却を図り、社員が主体となって経営に参画する体制に軸足を移していった。

会社を豊かな生活を送る場として充実させる

「そのような経営のあり方を私たちの会社では、人間ひろば経営と呼んでいます」と矢橋社長は話す。「人間ひろば」とは「人生の大半をともに過ごす会社において『愉しさ、つながり、やりがい』を感じ、豊かな会社生活を送ることができる場(生活空間)のこと」。円高不況に苦しんだ1988年に「限りなく人間ひろばを求めて」という理念を明文化し、2009年にはひろば経営と社会貢献を進めるため「せきがはら人間村財団」を設立。約15万平方メートルある工場敷地をキャンパスに見立て、うち約5万平方メートルの緑地を整備し、社員の働く環境を整えると同時に、レストランやカフェ、そして美術館などを設置して「せきがはら人間村」として一般に開放している。

木材を多用した未来食堂では、リラックスしながら食事を楽しめる

キッシュを使ったランチにはデザートもセットで付く

実際、レストランのメニューや美術館の収蔵品は本格的。例えば、「未来食堂」と名付けられたレストランは地元の杉材を多用した温もりを感じさせるインテリアで、地元の食材を使ったキッシュランチのセット(税込み1800円)などを楽しめる。2022年にオープンした蔵ミュージアムでは、彫刻家の若林奮(いさむ)や、もの派の関根伸夫などの作品が展示され、企画展に合わせ専門家によるシンポジウムも開かれている。昨年は世界的に活躍するアーティスト、李禹煥による大型の野外作品「関係項-アーチ・関ケ原2014-2023」も設置された。もちろん、美術館には専任の学芸員もいる。

李禹煥の野外作品「関係項-アーチ・関ケ原2014-2023」は、国立新美術館(東京・六本木)の個展で展示されていたものを移設している

美術館には国内外の現代作家の作品が展示されており、スタッフによる解説ツアーも行われる

工場の敷地全体が緑にあふれ、潤いのある空間に

加えて工場内やオフィス、そして社員食堂、さらには緑地など、至る所に絵画や彫刻が数多く展示され、工場の敷地全体が潤いのある空間となっている。社員教育の施設も充実。2005年には社員研修を行う「人間塾」、2022年には機械加工や溶接などの技術・技能の研鑽を積める「匠道場」を設け、社内での人材育成に力を入れている。

社員食堂「シャインズビル」では、広大な庭を眺めながら食事ができる

匠道場では事業に関連した様々な技術の研鑽を積める

「ひろば経営51%、事業経営49%」を目指すバランス経営

2018年に6代目となる代表に就任した矢橋社長は、こうした取り組みを踏まえ、「会社はみんなのもの」という創業の原点に立ち戻った経営を行っている。矢橋社長は「ひろば経営51%に対し、事業経営49%」を目指すべき経営のバランスとして掲げた。「あくまでベースはひろば経営。社員が物心満たされてこそ、よい製品を作れ、高い顧客満足度も得られるようになる。ものづくりの前提として人づくりを重視しています」と矢橋社長は力を込める。

「時間が少しでもあれば、工場内を歩き回って社員とコミュニケーションを図るようにしています」と話す矢橋社長(右から2人目)

他社が手を出しづらい「ニッチのデパート」を目指す

その上で、事業経営では技術とマーケティングが先導する経営を実践。具体的には、①大型パワーショベルなどに搭載される油圧シリンダーなどを作る油圧機器製品②商船向けのクレーンなどを手がける商船機器製品③船尾にボートを揚収・進水させるための装置などを作る舶用特機製品④直径7メートル近くあるトンネル掘削機などを製造する大型製品⑤天然石を素材に1万分の1ミリの寸法精度が求められる精密石材製品⑥国内シェア9割を誇り、新幹線車両などに使う軸受け製品⑦創業時から手がける線路の分岐器などを作る鉄道機器製品――の七つの事業を手がける。「いずれも大企業にとっては煩雑で手を出しづらく、中小企業では技術力が及ばないニッチな分野。隙間の部分をすべてやろうと考えています」。それらを開発から設計、製造、そして納品後のアフターフォローまで一気通貫で手がけるため、付加価値の高い製品やサービスの提供が可能になる。一方でコスト競争になった製品は他社に譲って、自分たちだけにしかできない仕事に専念する。そうした自社のあり方を「ニッチのデパート」と呼ぶ。

石材加工を行う工場の奥に飾られた加藤正嘉の大型作品「真・善・美」。1枚の大きさは高さ6メートル、幅4メートル

規模の拡大目指さず、社員中心のサスティナブルな経営に注力

そうした取り組みもあって、2023年度(5月期)の売上高245億円を記録。増収増益が続き、自己資本比率も70%超と財務体質も強化された。もっとも、「売り上げの増大は目指さない」と矢橋社長は断言する。「これだけあれば、十分に設備投資もできるし、社員にも還元できる。それを売上高300億とか400億円とかにしようとは思いません」。いたずらに利益を追い求めることで、「ひろば経営51%」というバランスが崩れてしまうからだ。

METIジャーナル 廃棄物用パレット

社外秘のプロジェクトも進行中。周囲がカーテンで厳重に覆われていた

「将来、社長のバトンもプロパーの社員に渡したい」

「そう遠くない将来、社長のバトンもプロパーの社員に渡したい」と矢橋社長は話す。その根底には「会社はみんなのもの」という創業の精神が息づいている。短期の利益や規模の拡大を目指すのではなく、人づくりを通してサスティナブルな経営のあり方を模索する――。そうした経営の手法が外部からも評価され、中小企業研究センターの2023年度グッドカンパニー大賞のグランプリを受賞。22年後に迎える創業100周年を見据え、企業文化の「深化」と付加価値の高いモノづくりを極める「進化」を探る。地域に根ざして活動する企業ならではの経営が、関ケ原製作所をユニークな存在として輝かせている。

JR関ケ原駅前の観光交流館。コインロッカーには関ケ原の戦いに参加した武将の家紋がプリントされていた。流石!

【企業情報】▽公式企業サイト=https://www.sekigahara.co.jp/▽代表者=矢橋英明社長▽社員数388人(2024年5月現在)▽資本金2億4700万円▽創業=1946年