政策特集経済産業政策の新機軸 その先にある未来 vol.5

覚悟を決めて「明るい将来」を語ろう!「新機軸」が見据える現在・過去・未来とは

世界的な潮流を踏まえて産業政策の大胆な転換を推し進める「経済産業政策の新機軸」――。

2021年の産業構造審議会総会で打ち出されて以降、第1次、第2次中間整理を経て、2024年6月に公表した第3次中間整理では、「新機軸」が示した方向性で取り組みを続けた場合の将来見通し・シナリオを提示している。

今なぜ「新機軸」なのか。「新機軸」で日本経済、そして私たちの生活はどのように変わるのか。連載最終回は、梶直弘・経済産業省産業構造課長に、「新機軸」とその先の未来について語ってもらった。

変わる国際秩序。マクロとミクロをつなぐ政策、逃げずに進める

――そもそも「経済産業政策の新機軸」とは何ですか。

1980年代までの伝統的な産業政策の時代の後、新自由主義的な「市場が全てである」という考え方が支配的だった30年間、この長期停滞期を経て、考え方を転換し、企業だけでは解決できない課題、それを我々は「社会課題」と言っていますが、そうした政府が関わるべき課題には、官民双方で投資を行い、長期的に取り組んでいく。昔ながらの産業政策ではなく、マクロ経済を見据えて、マクロとミクロをつなぐ「経済」産業政策を、今一度腰を据えて、逃げずにやっていこうというものです。

――今なぜ「新機軸」が必要なのですか。

一つ目は、地政学的リスクの高まりなどにより国際経済秩序が変わったということです。米中対立、ロシアのウクライナ侵略、中東での紛争など、世界が比較的平和で安定的だった時代から、不確実な時代に入っています。

二つ目は、先進国でさえ当たり前に産業政策が行われる時代になっているという事実があります。中国の台頭が大きいと思いますが、かつて「日本は産業政策をやりすぎだ」と怒っていた米国でさえ、時には「一緒にやろう」と言ってくれる。時代が明らかに変わりました。

リーマンショック以降、英文の学術誌で「industrial policy」というワードのヒット件数が飛躍的に上がっています。欧米でも、産業政策は「やるべきか、やるべきではないか」という議論ではなく、「どうやって上手くやるか」を考える時代になっているのです。

三つ目は、残念ながら日本では、過去30年、長引くデフレの中で設備投資や人への投資が低迷し、結果として所得が伸び悩んで消費も伸び悩みました。企業も思い切った投資ができませんでしたし、政府も民間主導という考えの下で、民間の制約を取り除く市場環境整備策を中心とし、新たな価値創出に向けた取り組みが、結果として不十分だったということです。やり方を変えないと、日本経済は豊かにならないのではないかという問題意識は高まっているのではないでしょうか。

梶直弘(かじ・なおひろ) 経済産業省産業構造課長。2004年経済産業省入省。秘書課で人事、内閣官房で一億総活躍・働き方改革、資源エネルギー庁で再生可能エネルギー政策などに携わった後、大臣官房総務課の政策企画委員を経て、2022年7月より現職

2021年に産業構造審議会総会で「新機軸」を打ち出した当時、私自身は経済産業省の政策全体を束ねる大臣官房総務課にいました。その直前には、カーボンニュートラルという社会課題へのコミットメントを、環境政策ではなく産業政策として打ち出すグリーン成長戦略を作りました。また、その後決定することになる、台湾の半導体メーカー「TSMC」への支援についての議論も始まっていました。

いくつか各論が先行的に始まっていたものを、どう全体感を持たせるかトライしているのが「新機軸」です。トップダウンとボトムアップの両方で進んでいる政策だと思っています。

国内投資、賃上げは上昇傾向に転換。官民が起こした「潮目の変化」

――この間の日本経済はどのような状況だったのですか。

現職に着任して以来、経済全体を長期で分析してみようと、口酸っぱく言い続けてきました。色々な学者、経営者にも会いました。その結果、見えてきたことは、長期の経済成長にとってとても大事な「投資」と「賃金」、その両方の停滞が日本経済に起きていたということです。

企業経営者に話を伺うと、「私たちは投資しています」とおっしゃるのに、このズレは何なのだと考えました。何が起きていたかというと、企業は海外に投資していたわけです。企業会計や有価証券報告書上は投資をしているように見えますが、マクロ経済統計上で見ると「日本国内」では投資がされていない状況でした。

賃金についても、安倍政権時代から盛んに賃上げしましょうと訴えて、実際に賃金は上がったのですが、それまでに下がっていた分を取り戻す程に上がりきることができなかった。賃金を思い切って上げるという意識に経営者はどうしてもなれず、労働者も本当に上がると信じることができない状況でした。

そこで、国内に投資することのマクロ経済上の重要性をデータに基づいて訴え、賃金を上げることは「あなたの会社の従業員のためだけじゃなく、日本経済全体のために必要です」と訴えてきました。声掛けだけでは動きませんから、全体としての方向性をつけながら一つひとつ政策を走らせてきました。

――そんな中で今、「潮目の変化」が起きていると。

グリーントランスフォーメーション(GX)や半導体に数兆円規模の支援を行うなど政策による押し上げ効果もあって、国内投資が戻り始め、コロナ禍が明けて以降はずっと伸び、日本経済史上最高水準の102兆円に到達しています。賃金も30年ぶりに5%超の高い伸びとなっています。総理や閣僚といった政府の高いレベルから、「賃上げが必要だ」という強いメッセージが出され、経済界がこれに呼応することで実現できたと思います。

「潮目の変化」は、新自由主義的に結果として起こったというわけではなく、まさに官民が意識して取り組むことで、起こしたものだと思っています。

人口が減少しても豊かになれる。現実的な将来見通し・シナリオ示す

――「新機軸」を打ち出してから潮目の変化が起きつつある、この間、どのような政策が進められてきたのでしょうか。また、直近の2024年6月に公表した第3次中間整理では、何を打ち出しているのでしょうか。

例えば、GXの推進については、20兆円規模の政府先行支援の枠組みを作り、順次実行に移されています。半導体支援に関しては、TSMCを誘致する時に、外資系企業の誘致に5000億円規模の支援をすることが適切なのかという批判が当時起こりました。ただ、結果として九州全体で今後10年間で20兆円の経済効果が試算され、同じような動きは、北海道、東北など他の地域でも起きています。また、中堅企業を法律で定義し、そこを通じて地域に良質な雇用が生まれることが少子化対策にも役立つと考えています。スタートアップ支援、リスキリングについても、取り組みを積み重ねてきました。

私の知る限り、バブル崩壊以降、これだけ長期かつ大規模に進められている産業政策はないと思います。

企業も家計と同じで、将来に不安があれば「お金を使っていいのか」「本当に投資していいのか」となります。将来について過度な悲観をどう克服するかが、すごく大事なことだと思っており、第3次中間整理では、2040年に向け、「人口が減少しても一人ひとりは豊かになれる」ということを、まずは定性的なシナリオという形で描きました。

人口が減って、物量が減っても、経済は拡大できます。人口が減少するので全体で見ると大きくは増えませんが、一人ひとりは大きく伸びる可能性があり、今より全然豊かになれる。単なる理想論を描いているわけではなく、この3年間の実績を示して、だからこれを続けていけばこうなるという現実的な成長シナリオ、信じられる未来を描きました。

次の1年で具体的な数字を提示。シナリオを色づけし、成長イメージ明確化

――「新機軸」は今後どうなっていきますか。

シナリオだけよりも実写やアニメで映像化したほうがイメージがわくように、次の1年はシナリオに具体的な数字を加えて、わかりやすいものにしていこうと思います。

この3年間続けてきたように、それまでとは違うやり方で継続していけば、こんなに明るくなるということを数字を通じて納得してもらい、国内投資・イノベーション・賃上げという好循環をつくっていきたい。数字にしていくことで、足りない政策も見えてくると思っています。第3次中間整理で描いたシナリオがより詳細化され、デッサンだったものに色を付けていけるのではないかと、思っています。例えば、経済産業省は、製造業や大企業向けの産業政策のみならず、サービス業や中小企業に向けた政策も行っており、今後も継続する必要があると考えています。

――今後の政策展開で何が重要になりますか。

一言、政策の継続だと思います。次の成長産業は個別の産業分類としてはわからなくても、気候変動とGX、デジタル化とDX、経済安全保障、高齢化と健康、少子化と地方の停滞など社会課題ははっきりしています。その課題解決に向かって、政策を継続していくということが、最も重要です。

途切れることなく長期にわたって継続していくことで「信じていいんだな」「一緒の船に乗っていいんだな」と思ってもらえます。課題解決に向かって、民間だけではできないことがあるのならば、政府は躊躇することなく、国際連携も図りながら民間を支援していく。それを継続していく必要があります。

「今より豊かな生活が送れる2040年にできる」と語る梶さん

2040年、その先に向けて!「将来は明るくなる」「これからも豊かになれる」

――「新機軸」のその先にはどんな未来があるのですか。2040年に人々の生活はどうなるのですか。

「楽観的すぎる」と私はよく言われますが、今よりも明るい、今よりも楽しい、今よりも物質的にも精神的にも豊かな生活が送れる2040年になっていると思っています。

「新機軸」の政策をブレイクダウンすると、賃金が額面も手取りも上がる。もちろん頑張ったらというのが前提になると思いますが、頑張ったら報われるという当たり前のことが、当たり前に起こる。投資については、競争力のあるグローバル企業はもちろん海外にも投資するでしょうが、研究開発など大事なことはホームカントリーである日本で行う。海外で勝負をしようと考えていない人も、国内で目の前の人を大切にケアしたり、サービスを提供したりすることで、きちんと対価が得られる。

「将来は暗い」と思う人が少なくなることが理想です。もちろん経済だけの問題ではないと思いますが、とは言え「経済」と「幸せ」は相当程度、相関しています。経済的豊かさの確保は、まさに経済産業省のミッションです。2040年には今より豊かになっていて、その時点で例えば2060年を展望した時に、「将来は明るくなる」「一人ひとりはこれからも豊かになれる」と思えるようになっていて欲しいし、私はそうなれると思っています。

その実現のため、経済産業省としては、今後もこの「新機軸」で示している政策の継続と強化に尽力していきたいと思います。

※本特集はこれで終わりです。次回は「航空機産業 新たな成長ステージへ」を特集します。