政策特集モビリティDX vol.5

トヨタ、ティアフォー、行政のキーマンが語る!大競争時代を勝ち抜く「モビリティDX戦略」とは

【参加者】(左から)山本圭司・トヨタ自動車シニアフェロー/ITS Japan 会長、加藤真平・ティアフォー CEO/CTO、伊藤建・経済産業省自動車課モビリティDX室長

自動車産業が100年に1度の変革期を迎える中、いかにして激しい国際競争に打ち勝っていくか。経済産業省の「モビリティDX戦略」は、各国が開発競争にしのぎを削る「SDV」「自動運転・MaaSなどモビリティサービス」「ウラノス・エコシステムによるデータ利活用」の三つの領域で目標とロードマップを策定。官民のリソースを結集して、競争に追いつき、勝ち抜いていく強い姿勢を打ち出した。

SDV、自動運転の「勝ち筋」はどこに?豊かなモビリティ社会の実現に向けた展望とは?――。「モビリティDX検討会」の委員を務めたトヨタ自動車シニアフェローでITS Japan 会長の山本圭司氏、自動運転システム開発スタートアップであるティアフォー CEO/CTOの加藤真平氏と経済産業省の伊藤建・自動車課モビリティDX室長が官民の枠を超えて、率直に語り合った。
(進行は経済産業省自動車課・箕輪玲南係長)

新興メーカーと老舗で異なるクルマづくりの思想

―――モビリティDX戦略策定の背景として、デジタル技術の進展に伴い、DXがGXと並ぶ重要な競争軸となってきたことがあります。モビリティのDX化に係る世界的な動きをどう捉えていますか。

伊藤 国内では、人口減少社会に突入し、ドライバー不足による移動手段の衰退や物流問題が顕在化してきています。その中、デジタル技術の進展によって、携帯電話がスマートフォンに置き変わっていくようなイノベーションが自動車産業でも起こりつつあります。それをけん引しているのは、米中を中心とした新興メーカーです。日本経済を支える自動車産業がこのグローバルな競争にどう打ち勝っていくかを、官民で考える必要がある、という強い危機感が策定のきっかけです。

山本 アメリカではテスラやリビアン、中国ではBYDなど新興メーカーと、私達、老舗の自動車メーカーではクルマのつくり方が全く違います。電気自動車は本当につくりがシンプルです。ソフトウェアの構造もシンプルで、それがSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)を目指す上で、大変追い風になるという状況があります。我々が従来のクルマの構造をそのまま踏襲してSDVを作ろうとすると、かなり難しいと思います。

加藤 スタートアップと自動車メーカーでは、見えている景色が違うと思います。スタートアップとしては、電気自動車や自動運転などの新しい領域じゃないと価値を発揮できません。既存の自動車は自動車メーカーの専門領域だと理解しています。自動運転は、これまで乗用車と商用車でアプローチが異なっていましたが、生成AIなど新しい技術の導入で、共通化が進んでいます。スタートアップはAD(自動運転)、ADAS(先進運転支援システム)でも貢献していきますが、次の「言語モデル(※1)」「世界モデル(※2)」の波が押し寄せてくる「自動運転2.0(※3)」の段階がいちばん貢献できると思っています。

※1 言語モデル…テキストデータを学習し、人間が話したり書いたりする言葉を生成できる基盤モデルの一種
※2 世界モデル…多種多様な実世界データを学習し、実世界で発生する現象を生成できる基盤モデルの一種
※3 自動運転2.0…ロボティクス技術と予測AI技術に加えて生成AI技術を活用して実現される自動運転

山本圭司 トヨタ自動車株式会社シニアフェロー。1987年トヨタ自動車へ入社後、一貫してカーエレクトロニクス・コネクティッド・ITSの研究開発、商品開発に従事。2023年6月よりITS Japan会長。経済産業省モビリティDX検討会、半導体・デジタル産業戦略検討会議の委員も務める。

ソフトウェア人材の確保・育成には課題も

―――諸外国に負けずに、モビリティのDX化を進めていく難しさはどういうところにあるのでしょうか。

山本 日本の場合、ソフトウェアエンジニアの数が絶対的に少なく感じます。ゼロからクルマの作り方を変えながらソフトウェア開発をするには、自動車メーカーとソフトウェアのエンジニアの距離が近くないと、スピード感が上がらない。すぐ人材が集まらない難しさがあります。

加藤 ソフトウェア人材を育てるには、今、経産省でやっている「自動運転AIチャレンジ」やオープンソースソフトウェアを活用するようなコミュニティが大きな影響をもたらすと考えます。コミュニティは共通の興味関心事で人が集まってくる場所です。コミュニティから生まれたアイデアがビジネスとして成立するように支援する仕組みができれば、結果的にソフトウェア人材も集まってくる。

加藤真平 株式会社ティアフォー代表取締役社長CEO兼CTO。東京大学 大学院情報理工学系研究科 特任准教授。1982年神奈川県生まれ。2008年慶應義塾大学理工学研究科開放環境科学専攻博士後期課程修了。2015年株式会社ティアフォー創業。2018年国際業界団体The Autoware Foundationを設立、理事長に就任。専門はオペレーティングシステム、組込みリアルタイムシステム、並列分散システム。

戦略の目標は「SDVグローバル販売台数の日系シェア3割」

―――今回、取りまとめたモビリティDX戦略は自動車のDX分野では初めての戦略とのことですが、簡単にポイントを説明してください。

伊藤 車のデジタル化は、主に三つの領域でグローバルな競争が進むと考えています。1番目は「車両の開発・設計の抜本的な刷新(車両のSDV化)」です。車載用の先端半導体や生成AIの分野での協調領域作りを官民で進めます。2番目は「自動運転・MaaS技術などを活用した新たなモビリティサービスの提供」です。自動運転は米中が先行している面もありますが、海外含めビジネスモデルの構築が課題になっており、世界に先駆けて、事業性のあるモデルを磨き上げることで、物流問題や地方の課題解決にも貢献することを目指します。3番目は「データの利活用を通じた新たな価値の創造」で、データ連携基盤「ウラノス・エコシステム」のもとで、車載電池のカーボンフットプリントからユースケースづくりを始めています。こうした取り組みを通じて、全体として「2030年、2035年のSDVのグローバル販売台数における日系シェア3割の実現」を目指します。また、今年の秋には新たなプラットフォームを立ち上げて、国内外のソフトウェア人材を日本の自動車産業に引き付けていくとともに、スタートアップや異業種との企業間連携を進め、モビリティ領域での新たなイノベーションを起こし続けるエコシステムを作る、そのための魅力的な場を構築します。

伊藤建・経済産業省自動車課モビリティDX室長 2005年経済産業省入省。これまで、質の高いインフラ輸出戦略の推進、世界貿易機関(WTO)ルール交渉、カーボンニュートラルに向けた環境エネルギー政策、医療DXの推進等を担当。 人事院留学(米国) 、通商政策局アジア大洋州課、貿易経済協力局戦略輸出室、大臣官房広報室、大臣政務官秘書官、産業技術環境局地球環境連携室/対策室、通商政策局通商機構部、厚生労働省大臣官房総務課を経て2023年7月より現職。

多様なSDVが日本の武器になる

―――モビリティDX戦略では日本の強みを生かした多様なSDVが重要と示していますが、日本車の強みとは何でしょうか。多様なSDVとはどのようなものを目指すのでしょうか。

山本 モノづくりの側としては、いいクルマをお客様に提供する手段がソフトウェアであって、ソフトウェアを作りやすいクルマの構造を考えるというのが「ソフトウェア・デファインド・ビークル」の「デファインド」の意味だと思います。ソフトウェアが果たすべき役割は、ハードウェアの性能を最大限生かすことです。日本にはハードウェアの強みがあります。信頼性が高く、エンジンの燃費がいい。諸外国が早々に内燃機関を諦める状況もありましたが、日本では自動車メーカーが内燃機関に磨きをかけて、クルマの性能そのものを上げてきました。

―――戦略にある「2030年、2035年のSDVのグローバル販売台数における日系シェア3割の実現」に向けて、多様なSDVの開発を進める上では何が必要だと考えていますか。

山本 地域ごとに環境も違うため、バッテリーEVだけでなく、良品廉価のクルマを供給するためには技術がこなれた内燃機関の車も必要です。そうすると車のパワートレーンの種類は多様になります。クルマの多様性に対応するために、構造的な設計面をいかに賢く整えるかということだと思います。テスラはクルマの種類が少なく、クルマの構造もすごくシンプルです。我々にそれができるかと言えば、SDVそのものがバッテリーEV以外もいろんな種類があるために、一つじゃ済まない。多様性にどう対応するか、というのが老舗自動車メーカーの直面している課題です。

加藤 「自動運転1.0(※4)」の世界では、ウェイモ(米国の自動運転車開発企業)が参考になります。答えは「コネクテッド」です。「自動運転1.0の世界では、AIだけでは自動運転を実現できない」という仮説があります。AIは必要ですが、まだ十分ではない。ウェイモは「テレオペレーション」の技術を活用しているようです。また、中国ではインフラ協調が普及しています。上海などでは、特定地域におけるほぼ全ての交差点に4本ずつ、高性能センサー「LiDAR(ライダー)」とレーダー、カメラ、GPSが装備された「スマートポール(通信機器やセンサーを取り付けた電柱)」が立っていて、これはもう自動運転システムです。一方で、技術が急速に進むAIで全部やり切ろうと、開発を進める流れもあります。

※4 自動運転1.0…ロボティクス技術と予測AI技術を活用して実現される自動運転

生成AIで変わる自動運転技術の開発アプローチ

―――自動運転で「インフラとテレオペレーションの仕組み」と「AI」の両方を見据えるという話がありました。経産省として今後どういう支援をしていくのでしょうか。

伊藤 政府は2025年度をめどに全国50か所程度、2027年度までに100か所以上で、レベル4と呼ばれる、車内に運転手がいない自動運転システムを活用した移動サービスの実現を掲げています。これはローカルの課題解決である一方、グローバル競争にどう勝つかという話でもあります。自動運転でのAI活用が進んでおり、例えば、「ライダー」や高精度3D地図データといった車の周辺環境を正確に認知する機能がこれまでは必須と言われてきていますが、生成AI技術を使えば、それらに頼らなくても自動運転ができる世界がこれから来るかもしれない状況です。政府としては、大変技術の進展スピードが速いので、よく世界の技術動向を見ながら、遅れることがないよう、必要な手を打っていきます。

山本 2、3年前までは自動運転の技術の進歩を表すのに走行距離を用いていました。運転の難しいシーンをAIに学習させるために、長い距離を走らせて技術開発する必要があったからです。ところが、生成系AIが出てきたら潮目が変わった。走らせなくても、必要なシーンを生成して学習をさせればいい。自動運転の技術開発のアプローチが変わってきています。ただ、自動運転のクルマを開発することと、自動運転社会を実現することは、フェーズも違えば難易度も違います。見えないところを見えるようにするためには交差点のデジタルツイン化が一番の近道で、これが国としての新しい交通インフラになっていく。加えて、各社の自動運転の技術も高まり、それらが相まって自動運転社会ができるのだと思います。

持続的な成長支える「データ連携」、コスト分担意識も必要

―――企業の枠を超えたデータ連携が、なぜ自動車産業の競争力の強化につながるのでしょうか。

伊藤 供給側について言えば、環境や人権など、個人ユーザーのレベルで製品の完成までモノづくりプロセス自体に関心が高まってきています。欧州で取り組みが始まっているEVバッテリーのカーボンフットプリント表示義務導入といった、企業の枠を超えたデータ連携と規制を組み合わせることにより、自国に有利な競争環境を作っていくような動きも出てきています。もう一つは、災害時にも部品の調達を続けて、生産活動を止めない仕組みづくりが非常に重要で、そのためにも企業の枠を超えたデータ連携が欠かせません。これは、自動車産業全体の底上げに関わることで、日本の立地競争力という観点から見ても大切です。

加えて、SDV化によってモビリティがつながることで、利用時の走行データやエネマネなど、様々なデータが取得可能となり、そのデータを利活用することで、個人にカスタマイズしたエンタメや保険サービスの提供等、新たなビジネスを生み出す動きも重要だと考えています。

山本 モビリティ社会を構成するのは乗用車だけでなくトラックやバスもあります。二輪車や高齢者向けの電動シニアカー、最近は電動キックボードもあり、多種多様に広がっています。社会全体の情報をみんなで集めて、お互いに理解し、共有して必要な情報に加工していかないと、持続的に成長するモビリティ社会にはなりません。業界やメーカーを超えた情報連携がとても大事になります。これからは全てのモビリティが「つながる化」されますから、なおさら連携が必要です。

加藤 今後、自動運転支援のために交差点にスマートポールを設置する場合、自動運転のためだけにやっていたら、経済的合理性が成り立たない。スマートポールで集めたデータを他の分野でも活用できるようにして、みんなで設置コストを負担することで成り立っていくようにすることも重要な点です。

デジタル、AIの技術でモビリティ社会を豊かに

―――モビリティDX戦略を踏まえた今後の政府への期待をお聞かせください。

加藤 関係者は皆、戦略に賛同しています。あとは実行していくのみ。コミュニティをしっかり作って、自動車業界だけではできないことを実現していければ、自動車メーカーもスタートアップもウィンウィンになる。今は、自動運転やSDVがどんな形になれば本当に社会のためになるかを、踏み込んで議論する時期だと思います。

山本 この戦略は、民間企業のバイブルのような位置付けになります。一方で社会をどう変えていくのか、という視点も必要です。モビリティ社会をもっと豊かにすることにつながっていくべきですし、その手助けになるのが、デジタルやAIの技術です。「交差点のスマート化」という切り口もあります。それらを広く捉えて、「モビリティ社会に必要な仕組みとは何か」という思いを、民間と経産省が常に共有することが何よりも大事です。

伊藤 モビリティDX戦略は、自動車のデジタル化に正面から向き合った、わが国初の戦略です。お二人にも委員として参画していただきましたが、策定を通じて、国と民間で、モビリティ社会の将来像とその実現に向けた方向性や取り組みについて「目線合わせ」がある程度できたと考えています。今日のお二人のお話を伺っていると、まだまだ課題が多いと改めて感じています。グローバルな技術進展のスピードも見据えながら、SDV化した世界、自動運転が普及した世界はどうなるのか、どういう付加価値が提供できるのか、これからも議論を続けたいと思います。

※「SDV日系シェア3割」を一定の想定で試算すると、2030年では約1,100~1,200万台、2035年では約1,700~1,900万台に相当する。

【関連情報】
▶「モビリティDX戦略」を策定しました(METI/経済産業省)

※本特集はこれで終わりです。次回は「新機軸 その先にある未来」を特集します。