政策特集モビリティDX vol.4

業界の枠を超えたデータやサービスの共有・活用を推進する「ウラノス・エコシステム」が本格実装へ

SDV(Software Defined Vehicle)時代に突入した自動車産業。競争の成否は、いかにしてスピーディーに車両開発を進め、ソフトウェアのアップデートを通じて継続的に利用者に新しい体験を提供できるか、にかかっている。

自動車の性能が常に変化する時代には、性能をさらに高めたり、不具合を早期に修正したりできるよう、データの透明性が欠かせない。運転支援機能や自動運転機能の活用が広がれば、車両同士でデータが円滑にやり取りできる互換性も欠かせない。データ流出やサイバー攻撃に対する備えも当然必要になる。

その環境整備のカギを握るのが、産学官でデータとサービスの共有・活用を推進するイニシアチブである「ウラノス・エコシステム」だ。デジタル分野で躍進する米国のグーグルやアマゾン・ドット・コムなどプラットフォーマーがあらゆるサービスを提供する時代、情報とビジネスの透明性と効率性を高める狙いがある。

※ウラノス・エコシステム…ギリシャ神話の天空の神「ウラノス」に由来。産学官のさまざまなプレーヤーの協調によってデータ、システム、サービスが連携されることを目指し、日本の産業全体が見渡せるようなイメージを表している。

産業構造を変えるデジタルの波。ウラノスで日本勢が結束

デジタル化が進む社会では、業種の壁がなくなり、IT企業も含め、あらゆるプレーヤーが複雑に絡み合う。そのデータとサービス連携の波が、車両開発のメーカーの牙城だった自動車産業にも押し寄せている。SDVは、常に新しいソフトウェアで機能を提供し続けるデータが生命線となるからだ。

ウラノス・エコシステムでは、データやサービスを適正な基準に基づいて安全かつ円滑にやり取りできるようにするためのデータ連携基盤の一つである蓄電池トレーサビリティ管理システムを、経済産業省が中心となり、関係省庁や情報処理推進機構(IPA)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が構築した。

IPAの齊藤裕理事長は「自動車は日本の基幹産業であり、『勝ち筋』にできなければ日本の製造業全体の先行きが厳しいものになる」と、SDV分野でウラノス・エコシステムが担う役割の大きさを自任する。齊藤氏は、自動車産業でウラノス・エコシステムを推進することで、①業界や系列を超えた「協調領域」の形成、②自動車メーカーとソフトウェア業界との協働、③安全・安心な自動運転社会によってもたらされる新たなモビリティ社会――の3つが実現可能とみている。「米国のメガプラットフォーマーによる企業間データ連携に対抗し、日本としての領域を作りながら逆転していこうと考えると、落とせない領域だ。自動車産業を『とっかかり』にして、日本全体の産業DXを進めたい」と力を込める。

「自動車業界から幅広い産業へDXを広げたい」と語るIPAの齊藤裕理事長

日本のウラノス、欧州のカテナXと相互運用へ

その大きな一歩となる出来事が、2024年4月にあった。

独BMWや独メルセデス・ベンツグループなど欧州自動車勢が主導して設立した自動車業界向けデータ共有アライアンス「Catena-X(カテナX)」と、日本のIPAの間での、データの相互運用に向けた覚書の締結だ。自動車用蓄電池の製造に関わる「カーボンフットプリント(CFP)」データの情報共有や相互運用について協議を進める。カテナXは、自動車メーカーや部品メーカーが持つデータをつなぎ、企業が横断的に利用できるようにしており、2023年10月に稼働を開始した。特定の部品や工場にトラブルが発生した場合に、問題の所在や幅広いデータから代替先を素早く特定でき、生産性やサプライチェーン(供給網)の強じん性、持続可能性につながる。

カテナX との覚書締結は、欧州の環境規制がきっかけだった。欧州では、2025年から自動車用蓄電池の原材料調達から廃棄、リサイクルまでに排出される温暖化ガス排出量をCO2排出量に換算したCFPの開示が義務化される。サプライチェーン全体のCO2排出量を把握するために、すべての企業が連携してデータを共有し、算出できる体制を整えるのがカテナXの主眼だった。日本企業が電気自動車、ハイブリッド自動車などの電動車を欧州市場で販売する際も、同様に欧州電池規制をクリアすることが求められるだけに、カテナXと同等の枠組みが日本メーカーにも欠かせない。

CFPの開示が義務化される自動車用蓄電池(プライムプラネット エナジー&ソリューションズ株式会社 提供)

CFPのデータ連携担うABtCもサービス開始

2024年2月、ウラノス・エコシステムの下で欧州電池規則によるCFPの開示義務化に対応できるよう、自動車・蓄電池の業界が協調して「自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター」(ABtC)を設立した。5月には自動車用蓄電池のCFPデータをサプライチェーンで連携し、集計・算出できる「トレーサビリティ(生産履歴の追跡)サービス」の提供を開始した。ウラノス・エコシステムの下でサービス提供を開始する第1号事例だ。

電池メーカーにとって、製品の材料配合データは競合他社には知られたくない機密データだが、リサイクル業者には欠かせない情報となる。ブロックチェーン技術を活用し、データの所有者がデータの交換先や共有する内容を管理できる「データ主権」を確保したほか、企業ごとのデータを暗号化して、改ざんや外部からの攻撃に備えている。

ABtCは国内の自動車メーカー14社のほか、日本自動車部品工業会、電池サプライチェーン協議会などが会員として名を連ねる。ABtC の藤原輝嘉代表理事は「CFPのデータを集める場合、企業の秘密はしっかり守りつつ、全体としてはデータを集めて答えを出さなければいけない。利用者の安全安心のために中立的な運用が必要なため、特定の企業や団体に依存しない新たな団体を作る必要があった」と設立の経緯を説明する。今後の課題について「データ活用はそれぞれの企業内で工場の稼働率を上げるといった事例で成果は出ているが、様々なプレーヤーがつながって成果を出すところまでは到達していない。『分野を超えてデータを連携させたい』という声もあり、様々な分野のデータがそろってくると、それが土台となって豊かなサービスが生まれる。そうした流れを作っていきたい」と語る。

「CFPを手始めに様々なデータを活用する流れを作りたい」と意気込む藤原輝嘉ABtC代表理事

これまで、個々の企業や業界が持つデータは、定義や形式もさまざまで、互換性を持たせるのが難しいのが実情だった。SDVの世界では電池にとどまらず、あらゆるデータが安全かつ円滑に自動車に伝えられ、利用者に快適な移動空間を提供できるかどうかが勝敗を決す。データ連携は、米中や欧州と日本が互角に渡り合う必須条件であり、さらなる成長、競争力強化の可能性を秘めている。自動車用蓄電池のCFPの取り組みが、最初の試金石となる。