次世代車SDV開発、異業種・スタートアップとの連携で日本の強みを生かす
次世代車SDVは、スマホのようにソフトウェアをアップデートすることで性能を継続的に高めていく点が大きな特徴だ。その開発の方向性を示すキーワード「CASE(ケース)」は、Connected(つながる)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字をつなげたもの。中でも「A」の自動運転は次世代技術の中核として、各国間で開発競争が激化している。戦いを主導しているのは、テスラなど新興メーカーやスタートアップだ。
「テスラを追い抜く!」完全自動運転を目指すチューリング
「We Overtake Tesla(テスラを追い抜く)」――。
完全自動運転車両の開発に取り組むスタートアップ、Turing(以下「チューリング」、本社:東京・品川)は、大胆でストレートなミッションを掲げている。
チューリングが目指す「完全自動運転」は、自動運転のレベルで最も難易度が高い「レベル5」だ。あらゆる場所・状況においてシステムが完全に運転操作を担うことで、「ドライバー」という概念がなくなり、アクセルとブレーキ、ハンドルも不要になる。その中でもチューリングは、現在、開発の主流となっている高性能センサー「LiDAR(ライダー)」などに頼らず、AIとカメラだけですべての操作に関わる判断を行うシステムに挑んでいる。
CTO(最高技術責任者)の青木俊介さん(34)は「自動運転の最後の課題は、道路上で何かが起こる可能性が完全に予測できない『不確実性』、例えば人や自転車の動き、道に落ちているゴミなどを、どうマネジメントするかです。それを解くのが生成AIで、米国ではテスラ、中国はBYDなど、そして日本で我々が開発に取り組んでいます」と胸を張る。
2025年12月には東京の市街地で人間が一切介入しない「完全自動運転」を30分以上続けるプロジェクト「Tokyo30」を予定している。青木さんは「アメリカや中国では具体化している。高いハードル(目標)だが、世界と戦うためにはこれくらいは乗り越えないといけない」と気を引き締める。
日本の自動車産業の現状について、青木さんは「自動車は日本を支える重要な産業で、世界で勝ち続けることはとても大事。ただ、ソフトウェア業界の若者は『自分たちが活躍できる場所』とは見ていない。自動車とソフトウェアの上手な融合が必要で、その橋渡しとしてチューリングが機能していけたら」と語る。
自動車のデジタル化を加速していくには、高い技術力と柔軟なビジネスアイデアを持つスタートアップの創出が重要となる。チューリングはその代表的なスタートアップの一社だ。ただ、世界を見ると、毎年数百のスタートアップが誕生しているのに対して、日本では1ケタ台と、起業数はまだ少ない。新たな技術開発を担うスタートアップを増やし、自動車産業の「裾野」の拡大を進めていくことが求められている。
車内がエンタメ空間へ、映像・音響ソフトウェアとの連携進む
SDVの開発が進み、自動運転が高度化するにつれて、車内空間は、自宅のリビングのようにくつろげる空間へ、音楽や映画などエンターテイメントが楽しめる場所へと変化していくと言われる。そのために必要な技術開発やサービスの提供について、自動車メーカーだけで取り組むには限界がある。そこで期待されるのが異業種との連携だ。
中国では、クルマの「知能化」のトレンドが先行しており、高性能な音声認識や、ネット経由でソフトウェアを更新する「OTA」が多くの車両に搭載され、車内空間を快適に過ごすためのサービスが人気だ。スマートコックピットと呼ばれる未来的なデザインや、巨大なディスプレイを活用した動画視聴、中国各地の方言まで対応した音声認識など、従来にはない車内空間を実現している。良い走りや乗り心地だけを追求していればクルマは売れる、そんな時代は転機を迎えつつある。
映像・音響技術を提供するドルビーラボラトリーズは、車内空間での上質なエンターテイメント体験を可能としている。映画・ドラマ、スポーツ、音楽などがドルビーアトモス(立体音響)で提供されており、これが車内空間で楽しめるようになった。既に独メルセデス・ベンツを始め、世界17の車ブランド(※2024年7月現在)がドルビーアトモス対応の車種を発表、または既に対応車種の出荷を始めている。現在、日本ではメルセデス・ベンツの複数の車種でドルビーアトモスを体験することが可能だ。また、一部のメーカーでは音響技術のドルビーアトモスに加え、HDR映像技術のドルビービジョンの実装も始まっている。モビリティにエンタメが加わり、車内空間で楽しめる上質な映像・音響体験が益々注目される中、今後の日本の自動車メーカーの対応も期待される。
自動車・半導体企業らが車載半導体開発に向けた新組織
経済産業省は2024年5月、2030~2035年に向けた「モビリティDX戦略」を策定し、SDV開発の「協調領域」と「競争領域」を整理した。「協調領域」は「API(ソフトやシステム間をつなぐ役割を担う基盤部分)」「半導体」「シミュレーション(安全性評価環境)」「生成AI」「サイバーセキュリティ」など7領域で、企業などの枠組みを超え、連携して開発を進めるべきとしている。
とりわけ、SDV化の流れの中で、半導体がクルマの競争力の鍵を握る。一般的に、自動車には1台あたり約1000個もの半導体が用いられると言われている。SDV化に伴い、クルマは外ともつながり、大量のデータ処理を迅速に行うことが求められる。車内エンタメの動画再生、音声認識だけでなく、走る・曲がる・止まるといったあらゆる機能のデジタル制御が進んでいく。車載固有の安全・信頼性を確保し、こうしたクルマの隅々にまで指令を出すためには、高性能な車載用半導体が必要だ。
グローバルには、テスラは2019年から半導体の設計を自社での設計に切り替えるなど、自動車メーカー自らが半導体設計に乗り出すケースも増えてきている。半導体メーカーの開発スケジュールに縛られることなく、自社の車両開発に合わせ柔軟かつタイムリーに作ることが求められる。
このため、2023年12月、トヨタやデンソー、ルネサスエレクトロニクスなど自動車メーカー、電装部品メーカー、半導体関連企業が出資して「自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA、山本圭司理事長=トヨタ自動車シニアフェロー)」が設立され、高性能デジタル半導体「SoC(システム・オン・チップ)」の共同開発プロジェクトが始動した。経済産業省はASRAに対し、2024年度に約10億円の補助金を拠出する。
自動車には用途によりさまざまな種類の半導体が搭載されている。SoCは、機能ごとに分割された、回路線幅が1ケタ台ナノ(ナノは10億分の1)の微細な複数のチップを組み合わせて1つのチップとする「チップレット」と呼ばれるもので、自動運転に必要な高度な演算処理能力を達成するために必要な最先端の半導体技術だとされる。このチップレット技術により、機能の拡張性が増し、車両に搭載する多様な機能レベルに合わせてタイムリーに製品化することが可能となることが自動車メーカーにとってメリットだ。
参加企業は「ライバル同士」だが、開発・販売競争を一時休戦し、共同開発を目指す形だ。参加企業から130人ほどが研究開発に加わり、2024年度に開発するSoCの要件を定め、2025年度には第1弾の試作を開始。2030年以降には量産車への搭載を目指している。
スタートアップ、他業種も参画する「モビリティDXプラットフォーム」今秋に創設へ
次世代車の開発競争を優位に進めるためには、ASRAのケースのように自動車メーカーだけでなく他の業種やスタートアップなどが、それぞれの強みを生かして連携していく体制づくりが求められる。
そこで、経済産業省はSDVや自動運転に関する様々な企業・人材・情報が集積・交流する「コミュニティ」として、「モビリティDXプラットフォーム」を今秋にも立ち上げる方針だ。
自動車メーカーだけでなく他の業種やスタートアップ、大学、研究機関、個人などの様々なプレイヤーが参画し、①ソフトウェア人材獲得・育成のためのコンペティションの開催や学習講座の提供、②新たな企業間連携の促進のためのイベントやワークショップの開催、③既存のプロジェクトがない新たな取り組みの検討――などを通じて、機運を醸成し、自動車業界にとどまらない新たな連携を生み出していきたい考えだ。経済産業省自動車課モビリティDX室は「モビリティDXプラットフォームの立ち上げを通して、様々なプレイヤーがつながり新たな価値を生み出す、モビリティのエコシステムを形成していきたい」と話している。