三宅陽一郎さん×新清士さんがゲームづくりを語る。生成AIで「変わること」「変わらないこと」
人工知能(AI)は、私たちの生活の中に急速に普及している。特に、インターネット上で収集、学習したデータを基に文章や画像、音楽を作る生成AIの登場は、社会に大きなインパクトを与えた。
日本のコンテンツ産業の大きな柱であるゲーム業界は、高度化するAIとどう向き合っているのか。株式会社スクウェア・エニックスの三宅陽一郎さんとAI Frog Interactive代表取締役CEOの新清士さんが、ゲームづくりの今とこれからについて、生成AIの活用の在り方を軸に話を聞いた。
(インタビュアー:経済産業省商務・サービスグループ文化創造産業課)
ゲームへの応用、「真正面から活用、まだまだ」。一方で学生の関心高まる
――生成AIの利活用に関する可能性や課題をお伺いしながら、経済産業省として「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」を公表しましたので、その意義や今後取り組むべきことなどお話しいただければと思っています。
三宅 ゲーム産業では、生成AIに関しては古くから取り組まれていて、いろんなゲームに応用が進められています。しかし、ゲーム産業全体を見渡してみても、法的な壁など様々な事情があり、真正面から生成AIを入れているタイトルは、まだまだ数少ないという状況です。ただ、コンテンツ自動生成という意味ではゲーム産業は40年ほどの歴史があります。それは主にフラクタル数学を使った手法で、森や地形などの自然物や都市の全景を生成することができます。PCG(プロシージャル・コンテンツ・ジェネレーション:手続き型コンテンツ自動生成)と呼ばれています。ほとんどのゲーム企業が作るゲームエンジンには、このPCGが含まれています。専用のミドルウェアも多数あります。生成AIといった場合にはディープラーニングベースになりますが、データからの学習が含まれている点が特徴です。大学や企業の研究機関では、生成AI技術について集中的に研究されています。ただ、その成果が製品にフィードバックされているかというと、これからになります。論文や学会発表、産業カンファレンス発表、特許などのノウハウが膨大に貯められているところですが、産業はまだその一部を活用しているに過ぎません。それらのノウハウを吸収することで、これから様々な生成AIの活用が予想されます。
新 インディーズゲーム会社の代表をしています。2023年に創業したのですが、その半年前くらいから生成AIに私が相当はまってしまい、うまく組み合わせていけば、開発効率を引き上げて、しかも高品質なものが作れるのではないかとスタートしました。
4人の開発スタッフでフル3Dのゲームを開発しており、2023年の「東京ゲームショウ」で最初の段階のプロトタイプをユーザーに見てもらうところまできました。同時にデジタルハリウッド大学大学院で教えているのですが、学生の関心も生成AIに移ってきていて、今年は生成AIをゲームやコンテンツに応用するための研究をしている学生がたくさん出てきています。
支援ツールとして性能向上。ポイントはアイデア出し、開発の加速、最終段階
――生成AIによってゲームのつくり方に変化はありましたか。
新 生成AI自体、まだ出てきて2年ぐらいということもあり、どこも全体的にその使い方をどう実作業のワークフローに取り込むのか試行錯誤しているというのが実際のところです。画像生成AIの分野では、2Dのグラフィックはある程度、生成AIで作れるようになってきています。3Dで使える部分も一部出てきていますが、まだ制限が多いという印象です。
一方で、大きく変わりつつあるのはエンジニアリングの世界です。支援ツールとして非常に性能が上がってきており、ChatGPTに代表される大規模言語モデルを自社用にカスタマイズして利用しています。
三宅 導入のポイントは三つあります。一つ目は生成AIにプロトタイプのアイデアをたくさん出させることです。これまでゼロベースの中でいろんな資料にあたったり、取材に行ったりしていたところを、生成AIがヒントになってゲーム開発の最初のところをインスパイアして開発の背中を押してくれる。いわば開発の初期ブースターですね。二つ目は、部分的にでも開発過程の中に生成AIを使うことで開発を加速するという点です。特にタイトルによって膨らんでしまう開発工程を圧縮することは、長期的にも大きく開発工程を圧縮する可能性があります。三つ目はゲーム開発の最終段階で足りないもの、隙間を埋める作業を生成AIと一緒に行うことです。この中には膨大なアセット※の確認や、リファイメントの工程が含まれます。
※アセット…ゲーム制作においては、制作に必要な各種素材データを指す。
――企業によって課題感や取り組みは違ってくると思いますが。
新 大手では使っていると明言している企業もあり、生成AIを使う取り組みは非常に増えています。ただ、アイデアを出したり、アセットと呼ばれるデータの一部に使うという形での利用が中心で、最終的にお客さんに見せる部分は人間がコントロールしてまとめているところがほとんどだと思います。
中小でも最初のアイデア出しで使っているというケースは聞くようになりました。個人やインディーズだと、これまでアセットの作成には非常にコストがかかっていたので、生成AIを使って自分たちで設計するケースがみられます。ただ、生成AIを使えばゲームが面白くなるかというと、それは根本的に別の話です。時間コストを圧縮することで、ゲームをより良くするところに時間を使っているということです。
ブレストでは「もう一人のメンバー」。イメージ具体化に大きな力発揮
――生成AIの活用でコストが下がっているという感触はあるのでしょうか。
新 体感的には下がっているのは分かるのですが、具体的に何%下がったかはっきりとは分かりません。ただ、いったんコストが下がっても、その圧縮された部分が、品質のために別の仕事に置き換わり、また上がってくるのがコンテンツ産業の性です。そのまま下がり続けるということにはなりません。
三宅 生成AIにはむしろ、コンテンツの質を高めるとか、多くの工法の中からベストなものを選ぶとか、完成後のチェックをさせるとか、そういったことをさせたいところです。
膨大なアセット(3Dモデルデータ、音楽、画像、シナリオ)がある中で、整合性がとれているかどうかチェックするのに莫大なコストがかかります。整合性のチェックをAIに代行させることができれば、開発者の日々のルーティンワークを減少させることができます。AIにチェックさせたいという需要は常にあります。人間の代わりにひたすらプレイさせることで、この敵は強すぎるとかバランスが取れていないとか、ゲームバランスを修正していく。AIだと単調な作業、あるいは少し複雑な作業も昨今では可能になっていますが、同じパフォーマンスで24時間働いてくれます。あるいはアセットの整合性をAIが自動的に確認してくれる、などはデータの安全性を高めるために大きく貢献するところです。
――使うのか使わないのか。どこにどう使うのか。その判断はチームごとに違ってくるのでしょうね。
三宅 作るゲームのタイプでどの工程が膨らむか、という点が異なってきます。その膨らんでしまう工程を生成AIで圧縮したいという需要がチームごとにあります。一概に言えるのは、ブレストでは使われることが多いと思います。以前は開発初期につくってもらっては返して、またつくってもらってという作業に時間がかかっていましたが、ゲームデザインやの方向性を生成AIによって気軽に試すことが多ければ、立ち上げのコストを大幅に短縮できます。10人のチームであれば、11人目のメンバーとして生成AIがあると効率は上がります。人間をAIに置きかえるというオルタナティブな発想よりも、開発者の能力を高めるためにAIを用いるエンハンスメントの発想が重要です。
新 経済産業省から公表されたガイドブックで「カエル」のキャラクターのケースを紹介しました。作成時にディレクターから「SF要素を持ったかわいいカエルのキャラクターを」という注文が出たものの、そのイメージは漠然としていて、実は本人も何をつくってほしいか分かっていない。そこで生成AIに何十パターンも案を出させると、そのなかに気に入ったものを見つけ、段々とディレクターのイメージが明確にしながらコンセプトを練り上げる事ができました。最終的には人間がブラッシュアップするのですが、もやもやしているものを具体化する時に力を発揮するという印象を持っています。
リアルタイムで活用は時期尚早。重要なのは「面白いか面白くないか」
三宅 やはりユーザー様の満足が一番重要です。ゲーム産業全体では生成AIをリアルタイムで使うのは、まだ早いと判断している傾向があります。開発途中で使ったとしても、最終データでは、元のデータがわからないくらい加工されているケースが世の中で少しずつ見られるようになってきました。リアルタイムで導入できるかどうかは、システム的にもビジネス的にも、これから探求していくことになります。
新 私の会社もリアルタイム型で生成AIを使うことは全く考えていません。現時点ではビジネスにならないと判断しています。ベンチャー企業で研究開発を進めているところもありますが、うちの会社が先鞭をつけることではない。
ユーザーにとってみると、ゲームは面白いかどうかが重要なのであって、生成AIを利用したらゲームが面白くなるわけではありません。生成AIを使うことが目的化してはいけないというのが、私たちのポリシーです。
ゲームづくりの構造ひっくり返す可能性。「小さなチームをエンパワーする」
――あくまでもツールとしてどう使うのかが重要だと感じました。
三宅 これまでは小さいチームは小さなコンテンツしかつくれない。大きなチームだから大きなコンテンツをつくれると、開発チームのサイズとそこで作られるゲームのサイズの間にある程度比例関係にあったと思います。生成AIはこの構造をひっくり返す可能性はあると思います。
新 東京ゲームショウでインディーズゲームの開発者がプレゼンイベント「センス・オブ・ワンダーナイト」を15年くらい続けています。この間に、制作環境の技術発展は目覚ましいものがあり、ゲームを作ること自体がとても大変だったのが、ゲームは1人でも作り、世界配信が可能な環境が整いました。低コストで少人数のチームが大ヒットを飛ばすケースがいくつも出てきています。生成AIもその延長線上にあり、小さなチームをエンパワーするものであることは間違いありません。
ガイドブック「国の機関が出したことに意味がある」。企業が判断するための試金石に
――今回のガイドブックは法的な留意点や対応策をまとめています。どのように受けとめていますか。
三宅 一般的に言って企業は法的にギリギリを攻めるのではなく、安全側によって判断せざるを得ません。ガイドブックにはいろいろな事例が紹介されているので、判断の試金石になると感じます。事例紹介では対応策もセットで掲載されているので、こうしたら大丈夫だという安心感につながればいいと思います。
新 よく議論され、先進的なまとめ方をされていると感じました。事業者は、法的な問題をおさえたうえで、不鮮明なところに関して事業者としてどう対応するか、リスクをとる範囲を決めることになります。今回のガイドブックは、ケースごとに明確に書かれているので、事業者にとって助けになるのは間違いないと思います。なお疑問は付いてくるので、そこは、今後、事例を積み重ねて乗り越えていくことになるのではと思っています。
三宅 経済産業省という国の機関が出したところに大きな意味があります。この分野は更に整備されていくという流れをつくれると思います。
新 それは大きいと思います。経済産業省として、こうしたガイドブックをまとめて発刊したということ自体、大きなメッセージだと思います。
※本特集はこれで終わりです。次回は「モビリティDX クルマはどこまで変わるのか」を特集します。