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プラスチック加工の可能性を、モノづくりの街・東大阪市から発信

「甲子化学工業株式会社」企画開発部部長 南原徹也さん

プラスチックを射出、成形する最新機器が整然と並ぶ自社工場で社長の在夏(あきか)さん(右)と並ぶ徹也さん。「時々、意見が対立することもありますが、父親も祖父とはよく意見が食い違っていたそうです」

大阪市中心部から東へ電車で約30分。人口約48万人の東大阪市は、モノづくりの街として知られる。2021年の経済センサス活動調査によると、製造業の都市別事業所数は全国で5番目に多い。東大阪市より多いのは、大阪市、名古屋市、京都市、そして横浜市と、いずれも政令指定都市。製造業の事業所密集度はダントツの1位だ。

1969年に創業した甲子化学工業株式会社は、東大阪市の工場でプラスチック加工を生業(なりわい)にしてきた。様々な企業から依頼を受けてプラスチックの部品などを製造、販売するのが基本。近年はそうして培ってきた高度な加工技術を活かし、環境配慮型の商品企画にも力を入れている。例えば、2024年から販売を始めたプラスチック製のヘルメットはその一つ。廃棄されたホタテの貝殻を混ぜて素材に使っている。

開発を手がけているのは、甲子化学工業株式会社の南原徹也さん(37)。石油由来のプラスチックの存在意義が問われる中、どうしたら社会課題の解決に役立てるのか――。創業家の3代目として、社会貢献と同時に下請け体質からの脱却も目指す。「20人に満たない小さな企業でやり繰りしているので、大変ですが、毎日、変化があって面白い」と話す南原さんにプラスチック加工と中小製造業の未来について話を聞いた。

年間に1000種類以上のプラスチック部品を製造

――甲子化学工業株式会社とはどのような会社ですか。

周囲には、様々な業種のいわゆる町工場が立ち並ぶ。甲子化学工業株式会社の工場でもスタッフが慌ただしく動き回っていた

私の祖父が1969年に大阪市で創業しました。現在、プラスチックを軸に部品の設計から成形、塗装、溶着、そして組み立てまで一貫加工を手がけています。オフィスやコンビニエンスストアで使われているプラスチック部品や生活雑貨など、年間約1000種類、計1400万個以上の製品を作っています。ちなみに社名の「甲子(こうし)」というのは「きのえね」とも読み、干支の1番目のことで、祖父の生まれ年にちなんでいるとのことです。

工場には様々なプラスチック部品を作るための金型が並ぶ

父親の南原在夏(あきか)(69)が1990年に会社を引き継ぎ、規模を拡大してきました。同じ年に工場と倉庫を東大阪市に移転しました。当時は周辺に田んぼがまだ残っていました。

様々な企業からご依頼をいただき、納期をキチンと守って製品を納めるのがビジネスの基本ですが、発注先の経営状態に左右されることも多かったようです。当時は少人数で仕事をこなさなければならなかったので、その先の経営についてじっくりと思いを巡らす余裕がなかったというのが現実だったようです。父も「企業から仕事を請け負うことが当たり前だと思って仕事をしてきた」と話しています。現在、工場近くに新社屋の建設も計画しています。

女性スタッフ用の休憩室も整備した。「女性が働きやすい環境を整えるのも仕事だと思っています」と徹也さんは話す

私自身は大学卒業後、大手ゼネコンで建築や土木の計画や施工管理などを手がけ、2019年に一社員として甲子化学工業株式会社に入社しました。23年から企画開発を担当する責任者を任され、数年後をめどに代表取締役社長を引き継ぐことができたらと思っています。

企画や販売に力を入れ、受け身姿勢からの脱却目指す

――実際に入社してみて経営の課題も見えてきましたか。

わが社のモノづくりはしっかりしている。スタッフも優秀。自信もあります。ただ、受け身の態勢になっていることが気になりました。経営学に「付加価値のスマイルカーブ」という論理があり、縦軸に付加価値の大小、横軸に左から順にマーケティング・企画、設計、製造・組み立て、販売、アフターサービスという項目を並べると、人が微笑んだときの口元のようなカーブを描くという内容です。わが社はスマイルカーブの最も底、つまり付加価値が最も低いとされている「製造・組み立て」の部分を中心に取り組んできたのです。

父親の代に様々な設備投資を行って効率化を図ってきましたが、売り上げは頭打ち。やはり、受け身の姿勢で「製造・組み立て」を行っているだけでは、中小のモノづくりが成長していくには限界があると思いました。

さらに2010年代の後半以降、サスティナビリティ(持続可能性)が叫ばれるようになり、石油に由来するプラスチックの存在意義も問われるようになってきました。そうした世の中の声にも企業として応えていく必要性も感じました。

ただ、依頼を受けてモノをつくるだけでなく、こちらから商品を企画して販売していく。「製造・組み立て」がもちろん核になるのですが、その一本足だけではなく、付加価値の高い企画や販売にも力を入れ、複数の柱で会社を経営していかなくてはなりません。さらに企画の段階で環境にも配慮した製品が開発できれば、社会にも貢献できます。企業としての社会的な責任をどう果たしているのかを発信していく必要性を感じています。

「ホタメット」開発を通して社会的責任を果たす

――そうした想いが廃棄されたホタテの貝殻を使ったヘルメットの「HOTAMET/ホタメット」開発につながるわけですね。

入社してまもなく、新型コロナウイルスの感染が拡大したこともあって、拡大の初期段階で大学と共同でフェースガードを開発して、20万個以上を無償で病院に配布しました。さらに感染防止用に取っ手に触れずにドアを開けられるプラスチック製のハンドルを独自に企画して販売しました。いずれも実際に使っていただいた方に喜んでもらえ、モノづくりの手応えをダイレクトに感じることができました。

ホタメットのPR用ビジュアル。右端は徹也さんの奥さん。「予算がなくてモデルを手伝ってもらいました」と徹也さんは照れる

そうした取り組みを一歩進めたのがホタメットです。SNS(交流サイト)が開発のきっかけでした。以前から自分の勉強のためにインターネットでこの業界や経営のニュースを収集していたのですが、それらに加えて自社の取り組みをSNSで発信したところ、さまざまな反響がありました。その中で、ホタテの水揚げ量で国内有数を誇る北海道猿払村で、加工した後のホタテの貝殻の処理に困っているという話を知りました。

捨てられるホタテの貝殻を新素材の材料に

猿払村のある宗谷地区では、ホタテ加工の際、水産系廃棄物として貝殻が年間約 4 万トンも出ます。その保管場所の確保や環境への影響などが地域の課題となっていました。過去に卵の殻を使った製品開発を行ったこともあり、貝殻の主成分が炭酸カルシウムであることに着目 し、新素材の材料として再利用できるのではと思い、開発を始めました。

ホタテの貝殻の山。ホタメットはその有効活用を図る

貝殻は外敵から身を守るためのものなので、ヘルメットの素材に応用できるかも――。

そう思い、大阪大学大学院工学研究科の宇山浩教授の協力を得て、猿払村で廃棄された貝殻と廃棄プラスチックを組み合わせた、エコプラスチック新素材「シェルテック ®」を開発しました。新品のプラスチックと比較して、最大約 36%の CO2 削減に寄与し、石灰岩由来のエコプラスチックと比較しても約 20%の CO2 削減に寄与します。また、ホタテ貝殻をプラスチックに混ぜ込むことで、強度を約 33%向上させることができます。

廃棄ホタテ貝殻と廃棄プラスチックを組み合わせた、エコプラスチック新素材「シェルテック®」。これがホタメットの材料になる

素材の一部であるホタテ貝の構造を模倣し、特殊なリブ構造をデザインに取り入れています。こうすることで、耐久性も約30%向上しました。貝殻のような見た目の意匠性のあるデザインにしたかったので、外部のデザイン企業とタッグを組み開発しました。貝殻のツブツブ感のあるテクスチャーにもこだわってデザインしています。

SDGsの取り組みが評価され、大阪・関西万博で採用へ

ホタメットは全5色。しゃれたデザインで、世代を問わずに注目を集める

――反響はいかがでしたか。

上々でした。発売に先立って猿払村の漁師の方たちに使っていただき、村長からも「防災備品としても使っていきたい」と喜んでいただきました。さらに2025年春から始まる大阪・関西万博で防災用および乗車用の公式ヘルメットとしても採用されました。ホタメットがSDGs(持続可能な開発目標)達成に貢献していることを評価していただきました。

アトツギ甲子園の決勝戦でプレゼンテーションをする徹也さん(左端)。「緊張しましたが、自らの想いを伝えることができました」

こうした開発の過程や中小企業でモノづくりに取り組む想いを今年3月、中小企業庁が主催し、東京で行われた第4回「アトツギ甲子園」の決勝大会でプレゼンテーションして、中小企業庁長官賞をいただきました。防災用品としての備蓄や、一般向け販売、そしてふるさと納税返礼品としての導入など、猿払村から全国、そして世界へ 「HOTAMET」を展開していく予定です。

DXの力を借りながら効率化を図り、独自商品を開発

――今後の展望について教えてください。

わが社の取り組みを「ベンチャー型事業継承」と言っていただくこともありますが、実はゼロから始めるベンチャー企業と違って資金的に「冒険」をする必要はありませんでした。すでに工場には最新のプラスチック加工機械が複数あり、プラスチックに関するノウハウや知識が蓄積されていたからです。小回りが利くのも中小企業ならではと思っています。

オフィスにはこれまでの業績に対する様々な賞状やトロフィーが並ぶ

そこにDXの力を借りながら効率化を図っていく。SNSを活用することで、様々な企業ともつながっていくことができる。

ただ、課題もあります。一つが人材の確保。さらに独自開発による製品の売上比率も増やしていきたい。現状、その比率は1割程度ですが、これを半分近くまで高めていきたい。小さな会社なので、色々やらなければならない仕事が多く大変ですが、新しいことに挑戦するのは楽しいし、面白い。今、プラスチック製のカトラリーを開発しています。使い捨てではなく、家庭でずっと使い続けられる耐久性とデザインを兼ね備えたものにしたい。要はゴミにしなければいいわけですから。

開発中のプラスチック製カトラリー。「試作段階ですが、ずっと使い続けてもらえる商品にしたい」と徹也さん

中小企業のモノづくりは大きく変わろうとしています。その道筋を様々な人たちと協力しながら探り、新しい方向性を示していくことができればと思っています。東大阪市内の中小の工場の中には、「お宝」がまだまだ眠っている。それを発掘しながら町工場が業種を超えて連携していくことができないか。きっと面白いことになるはず。そんなことも将来の夢として抱いています。

 

【プロフィール】

南原 徹也(なんばら・てつや)

甲子化学工業株式会社企画開発部部長

1987年大阪市生まれ。関西大学工学部機械システム工学科卒業。2010年に大手ゼネコンに入社。建築・土木現場の計画や施工管理を経て、2019年に甲子化学工業株式会社に入社。2023年に企画開発部部長に就任し、新事業や新製品の企画開発を行う。数年以内に父親から社長業を引き継ぐ予定。ホタメットの企画開発で、第16回「日本マーケティング大賞」(日本マーケティング協会)の奨励賞やグッドデザイン賞ベスト100、中小企業の後継者が新規事業のアイデアを競う第4回「アトツギ甲子園」(中小企業庁)で中小企業庁長官賞などを受賞。https://koushi-chem.co.jp/

 

【関連情報】

アトツギ甲子園

中小企業庁主催、既存の経営資源を活かした新規事業のアイデアを競い合うピッチイベント。これまで4回開催しており、今年度の第5回アトツギ甲子園の決勝大会の開催が決定。地方6ブロックで地方予選大会も開催予定。

9月9日、10日にアトツギSUMMER CAMPを開催

後継者・支援機関が一堂に集まり、後継者は自らの家業を見つめ直し、支援機関・支援者は後継者支援の在り方について議論する1泊2日の大規模イベント。