政策特集クールでアツいコンテンツ産業 vol.1

エンタメ社会学者・中山淳雄さん×経産省!日本コンテンツの未来「鬼滅の刃」「YOASOBI」そして……

人々の夢や欲望を体現してくれるエンターテインメント――。国境を超えて人々を魅了するコンテンツは国の「ソフトパワー」の源泉だ。日本はアニメやゲーム、漫画、映画、音楽など様々なジャンルで、優れたコンテンツを生み出し、世界中にファンを増やしてきた。

そのコンテンツ産業が今、岐路にさしかかっている。国際的に急速なデジタル化が進み、創作や流通を巡る競争環境の大きな変化に直面する一方で、韓国や中国などが急速に台頭。日本は国際競争で苦戦を強いられているのだ。

2021年に日本円で約149兆円だった世界のコンテンツ市場は2025年には183兆円に拡大すると言われている。どうすれば、世界を魅了するコンテンツを創出し、世界市場の中で存在感を示し続けることができるのか。

今月は「クールでアツいコンテンツ産業」を、業界のカリスマやキーパーソンのインタビュー・対談を通して掘り下げる。第1回は、Re.entertainment代表取締役でエンタメ社会学者の中山淳雄さんと経済産業省コンテンツ産業課・課長補佐(当時)の堀達也さんが、コンテンツ産業の現在地と未来について語り合った。

伝統的産業政策が通用しない世界。メディアミックスで歯車が回り出す

堀 中山さんとは、ここ2、3年一緒に仕事させてもらっています。まずは自己紹介をお願いします。

中山 僕がコンテンツ業界に入ったのは2011年からです。最初の5年間、DeNA、デロイトトーマツ、バンダイナムコスタジオではゲームの海外展開をやってきました。バンダイナムコスタジオ時代、シンガポールでブシロードの木谷高明さんと出会い、そこから5年間ブシロードでメディアミックスの仕事をしました。アニメ、ゲーム、音楽、プロレス興行の海外展開と得がたい経験でした。2021年に会社を創業し、この3年間は経済産業省のプロジェクトに主査として参画したり、早稲田や慶応などの大学で教えたり、いろんな企業にコンサルとして入ったりと、産官学の間で仕事をしてきました。アニメやゲームなどの最前線にいる経営者やクリエイターへのインタビューもしています。ほぼ毎週やっていて、3年たった現在、98人にもなりました。

中山淳雄(なかやま・あつお) 1980年栃木県生まれ。DeNA、バンダイナムコスタジオ、ブシロード などを経て、2021年に株式会社Re.entertainmentを設立。エンタメ企業のIP開発や海外展開 に向けたコンサルティングと並行して、大学で教育・研究にも取り組んでいる。経済産業省コンテンツIP プロジェクト主査、内閣府知財戦略委員。著書は「エンタメビジネス全史」「クリエイターワンダーランド」など多数

 コンテンツ産業は、ユーザー側に多様な価値基準が存在しており、流通のあり方もそうですが、経済産業省が伝統的に得意としてきた製造業の産業政策とは性質が全く異なります。

コンテンツ産業がなぜ重要なのか、政策的には四つあると思います。一つはその規模です。世界のコンテンツ市場規模は、半導体産業や石油化学産業よりも大きく、約124兆円に上ります。二つ目は波及効果です。アニメの聖地巡礼に代表されるような観光・インバウンド需要や、ライブエンターテインメントのイベント開催を通じた地域経済波及効果もあります。あるいは、『鬼滅の刃』のように、IP(知的財産権)を中心としてマーチャンダイズなどを通じ、いわば「経済圏」ができるという側面もあり、重要な特徴だと思います。

三つ目は、ある種の消費財がコンテンツとコラボすることで商品価値が上がるという点です。飲料メーカーや衣料品メーカーは、マンガやアニメ、ゲームとコラボすることで、その商品価値を引き上げることができ、マークアップ率の上昇が期待できます。そして、四つ目がソフトパワーの重要な手段としての側面です。少し前に韓国のBTSがホワイトハウスで大統領と対談したことが話題になりましたが、今年はYOASOBIが日米首脳会談後の公式晩餐会に招待されました。日本のコンテンツや文化が、海外でブランド力を有していることを示す、象徴的な出来事だったと思います。

堀達也(ほり・たつや) 2011年、経済産業省入省。産業人材政策室課長補佐、文化庁文化経済・国際課専門官などを経て、2022年6月よりコンテンツ産業課課長補佐。コンテンツ産業の振興に係る各種政策の企画・立案などを担当

中山 「メディアミックスだ」「IPだ」とずっと言われてきました。進んでいるのかどうかよく分からなかった。最近になってようやく見え始めていて、たとえばIPの派生効果などもでてきています。

原作漫画の売り上げを1としたら、メディアミックスにより「ドラゴンボール」で8倍、「鬼滅の刃」5倍といった売り上げが映画、ゲームなどで作られています。80年代から2000年代までは、意図せずにいろんな企業が、押しくら饅頭(まんじゅう)みたいに、ばらばらに取り組む「勝手にメディアミックス」の時代でした。

任天堂がIPの売上高を公表した2015年頃が、僕は分岐点だったような気がします。企業がメディアミックスの重要性に気づいて、取り組みが始まり、ついに産官学いずれも「IPの時代だ」と叫ぶようになった。小さな歯車が回りはじめて、大きなものが回り始めるのに必要な時間って結構かかるんだなと思います。

「何がヒットするのか予想不能」。5万人の“本物”をどう支援?

 コンテンツは何がヒットするか、分からなくなってきています。例えば、CreepyNutsさんの「Bling-Bang-Bang-Born」がこれだけ海外で流行るということは、なかなか予想することは難しかったように思います。何が当たるかわからない中で、政府がどのようにサポートしていくのがよいかと考えると、製造業で進めてきた産業政策よりも、どちらかというとイノベーション政策に近いのではないかと感じます。よい作品やクリエイターが出てくる環境整備、いわゆる「土壌づくり」が重要で、その中から出てきたコンテンツが、更に大きく広がっていくためのサポートを行う。そういうアプローチもあり得るのではないかということが、この2、3年で共有化されてきたと感じます。

中山 大学で教えていて感じるのですが、コンテンツ産業で働きたい人のすそ野は結構広いんです。実際に純然たる意味で「クリエイター」としてやっているのがマンガやノベル、ゲームディレクターなど5万人とすると、その周辺の「クリエイティブ産業人口」が全体で50万人。でも実際にこの産業に関わりたい人は5000万人の就業人口の1割、ざっと500万人くらいいるのではないかと思います。この裾野を広げると同時に、5万人と50万人の駆動性をどう上げていくかというところが課題です。

ベンチャーキャピタル(VC)の業界は、成功出現率の振れ幅が大きいベンチャー企業に、体系的な統計科学アプローチを入れて、リスク管理しながら投資しています。我々がやるべきことは、これに近いのではないでしょうか。

韓国は官民一体の海外展開。日本は内需が大きいがゆえ出遅れ

 よく比較される韓国は、30年前に経験した通貨危機を契機に、「海外市場を目指す」ことを官民で意思決定し、オールコリアで「覚悟を決めて」コンテンツの海外展開を進めてきました。あるいは、フランスにとってみれば、文化政策が一つのアイデンティティーであり、そのための施策に多くの予算をつぎ込んでいます。それに比べて、日本の文化予算の規模は、未だ不十分だという議論もあります。

中山 内需型の国は世界に10もないでしょう。米国、中国はいうまでもなくそうですが、日本は結構内需のサイズが大きく、GDPにおける輸出比率は2割程度。米国や中国とさして変わらず、5割近い韓国や欧州とは大きく差があります。英国なども本来内需型だったのが、外需にシフトしています。英国の映像産業は自国では20~30億ドル程度ですが、ハリウッドの映像化の部分を受注することで200~300億ドル規模のインパクトを実現しています。内需の成熟や不足を、別の巨大な外需市場にシフトする国が増える中で、これまで通りに内需に頼りすぎてしまっているのが日本です。

日本は外需シフトが苦手な国です。世界に出た時の事業開発、マーケティングの観点で見たとき、日本のコンテンツ産業は多分ワーストに近いと思います。

(出所)知的財産本部 構想委員会 第1回コンテンツ戦略ワーキンググループ-Create Japanワーキンググループ合同会議 資料3 クールジャパン戦略関連基礎資料

政府議論で「基幹産業」「成長センター」と位置づけ。経団連の提言がきっかけ

 日本はなまじ国内市場が大きいという背景もあったと思います。しかし、そうした中で、経済界が最初に危機感を持って議論をスタートしました。日本経済団体連合会(経団連)が「Entertainment Contents ∞ 2023-Last Chance to Change-」と題する提言を発表しました。日本を代表する経済団体が、日本経済の稼ぎ頭としてコンテンツ産業を位置づける提言を出す、これは非常にエポックメイキングなことでした。同じ年の6月には、国の成長戦略である「新しい資本主義実行計画」において、「クリエイター支援」が初めて位置づけられています。

これをきっかけに政府内ではコンテンツ産業政策に関する議論が活発化しました。2024年6月、内閣府知的財産戦略事務局が策定した「新たなクールジャパン戦略」では、コンテンツ産業を「基幹産業」として位置づけて、各種施策が盛り込まれましたが、このように位置づけられたのは、今回が初めてだと思います。

もう一つ、内閣官房で国の成長戦略について議論する「新しい資本主義実現会議」では、2023年10月と2024年4月の2回にわたり、コンテンツ産業について議論されました。2回目の会議では、映画界から是枝裕和、山崎貴両監督も出席し、大きな話題となりました。国の成長戦略の中で、コンテンツ産業が成長センターとして位置づけられたということは、今までになかった動きです。

こうした動きを踏まえて、先般閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、6頁にわたる「コンテンツ産業活性化戦略」が策定されました。また、「経済財政運営と改革の基本方針」いわゆる「骨太の方針」でも、様々な重要施策と並んで、コンテンツ産業政策に関する記述が盛り込まれました。

浮動層も動き出す。他産業との連携、協調で人、金動かせ

 中山 一連の政府の取り組みについては、SNS上ではその性質上、大概はクレームなのですが、反応の多さを見るとある意味、注目度としてだけはこんなに高いんだなと感じます。

ユーザーにとってクリエイターは“神”ですから、クリエイター対組織、クリエイター対国となったときには、組織、国は顔が見えないこともあって攻撃対象になりがちです。ただ、これまで10-20年「変えろ」と言われ続けてきて、官民とも今ようやく変えようという機運が育っているわけだから、それを頭ごなしに「どうせ政府にコンテンツはわからん」と否定するのはナンセンスで、僕はポジティブに受けとめています。

実は政府が動くことで、産業の周辺部が連動しているんです。商社、不動産、銀行などがガガーッと動いています。政府がはずみをつけて、傾斜がついていくことで、みんなが転がり始めている。それはコンテンツ産業にとっては、非常にいい後押しだと思います。

 先にご紹介した「新しい資本主義実行計画」の中には、「官は環境整備を図るが、民のコンテンツ制作には口を出さないという、官民の健全なパートナーシップを築くことを目指す」と記しています。やはり主体はクリエイターの方々、事業者の方々であり、僕らは環境整備を行う立場で、どういうサポートができるかということだと思いますし、その立ち位置でやっていくんだと、発信していく必要があります。

中山 5万人のクリエイター。その周辺に50万人の関連事業に携わる人材がいると申し上げました。5万人については、もう確率的にしか生まれないですし、中長期的なインキュベーションしかありませんが、50万人の周辺人材の質を高めることは実現可能です。他の業界に流れていたエリートと呼ばれるような優秀な人材を、このベンチャー的な産業に入れていくインフラを整えること。これが5万人の作品のポテンシャルを生かし、外に広げていくことを可能にします。いまどんなアニメ・ゲーム・音楽などのトップ企業も海外人材が枯渇しまくっています。

 アニメ、ゲームなどコンテンツ産業だけでなく、他産業との連携、協調によって、人やお金が回っていくようにしていくことも重要です。実は経済産業省では、この7月の組織改編で、コンテンツ産業課、クールジャパン政策課、伝統的工芸品産業室の3課室を統合し、文化創造産業課として再出発しました。この機運を逃さずにクリエイティブ産業を大きく捉えた産業政策を進めていくべく、経済産業省としても態勢を整えて取り組んでいきます。

産官学の連携の重要性、成長産業としての可能性、日本の現在地とこれからなど、議論は様々な角度から展開する(左:中山氏、右:堀氏)

日本のクリエイター、オリジナリティは別格。多様な創造性育つ環境整える

中山 日本のコンテンツの現在地を一口で語るのは難しいのですが、米国を最大の市場として見た時、この3年間、米国Z世代を中心に急速にアジアのコンテンツを見る人が増えています。これまで9割が英語コンテンツだったものが、英語以外のものも3割くらい見られるようになっているのです。そうした「非英語」の米国人にとっての海外コンテンツのなかで、実は半分近くが、「僕のヒーローアカデミア」や「鬼滅の刃」に代表される日本アニメです。K-POPやK-Dramaは2021年くらいをピークに頭打ちになっていて、実は多様性の高い日本コンテンツの需要のほうがボリュームとしては大きいんです。

ハリウッドに比べるとニッチだと言われるけれど、テレビ番組として今“世界で”最もニーズが高いのが「呪術廻戦」※だったり、今押せ押せになってきています。もっと驚くのは、この現象に日本人自身が気づいていなかったりする。「うちのアニメってそんなに海外で売れているんでしたっけ」といった反応もいまだにあるんです。

日本のクリエイター、職人のオリジナリティには本当に別格なものがあります。そこには文化的背景も大きいと思います。アニメから入って、日本人の哲学やスピリチャルに興味を持ち、生き方として影響を受けるという人もたくさんいる。コンテンツを入り口により広く、深く日本を理解してもらう。すごくいい戦略だと思います。

※2025年版ギネスブックに『呪術廻戦』が“世界でもっとも需要の高いテレビアニメ番組”として掲載

 日本のマンガやアニメ、ゲームの中には、ある種「諸行無常」のような仏教的な概念が通底しているのではないかと感じることがあります。あるいは、「永遠性」との対比の中に、有限の時を生きるキャラクターや人々のあり方に光が当たるような、そういう構図が見て取れます。そうした世界観は、欧米の方々から見ると新鮮であったり、あるいはアジアの方々にとっては何か共通する価値観を感じるところもあるかもしれません。また、異質な価値観をいろいろと取り込んで日本ナイズしていくことも、日本のクリエイションの強みであり、オリジナルな価値を生み出す源泉だと思います。

我が国のクリエイターの皆さんによる創造性が多様に育っていける環境を整えるため、官民で、政府内で、しっかり連携していくことが、今後の日本全体の産業競争力を維持・強化していくためには極めて重要です。こうした考え方が政府の中でも共通認識となっていくように頑張っていきたいと思っています。

【関連情報】

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai26/shiryou1.pdf