政策特集好機を逃さない産業立地政策 vol.4

医療、GX…成長産業を地域に。岩手、山口の挑戦

少子高齢化や脱炭素化など経済活動を取り巻く大きな環境変化は、地域の産業に革新を迫っている。地域の特性を生かしながら、新たな産業の集積やこれまでの産業構造からの転換に取り組む二つの県から、戦略的な産業立地政策の最新の潮流をさぐった。

岩手県に医療機器関連産業の集積拠点

盛岡市にある岩手県工業技術センターの敷地内に、2020年、医療機器関連産業のイノベーション創出拠点として、‘ヘルステック・イノベーション・ハブ(HIH)’と名付けられた施設が整備された。館内には、岩手県内外の医療機器関連メーカーやソフトウエア、海外マーケティングなど、企業十数社と大学の研究機関が入居している。HIHは、岩手県が自動車関連産業・半導体関連産業に加え、第3の成長産業として位置付けて戦略的に育成を進める医療機器関連産業を中心とした産業の集積拠点だ。

医療機器関連企業が集う岩手県の‘ヘルステック・イノベーション・ハブ(HIH)’

自動車関連産業・半導体関連産業と合わせて連峰型の産業構成に

1970年代以降、岩手県には電気機械関連企業の進出が相次ぎ、近年は半導体製造装置メーカーの東京エレクトロン テクノロジーソリューションズの増設やキオクシア岩手の進出・増設など企業立地の動きが活発化している。また、1993年のトヨタグループの自動車組立工場の進出をきっかけに、自動車関連産業の集積も段階的に進み、コンパクトカーの一大生産拠点に成長した。現在、両産業の製造品出荷額が岩手県全体の4割を占め、県内経済をけん引している。

一方で、2008年のリーマン・ショックをきっかけとした世界不況で自動車・半導体関連製品の生産は落ち込み、県内経済に深刻な影響を与えた。自動車・半導体向けの加工などで培った先端技術を活用した新分野への進出を模索する地元企業が増えていたこともあり、岩手県は景気変動の影響を受けにくく高齢化の進展を背景に今後成長が期待できる医療機器関連産業を、新たな成長産業として育成する方針を打ち出した。3本柱である自動車・半導体・医療関連産業のそれぞれの振興ビジョンと、これらを支える基盤となるIT産業の振興ビジョンやものづくり産業の人材育成・確保・定着の指針を策定し、総合的なものづくり産業の振興を図っている。

岩手県の連峰型の産業集積のイメージ

産学官金の連携で東北発の製品を世界へ

ただ、医療機器関連分野は法規制や品質管理の要求が厳しく、中小企業にとっては本格参入へのハードルが高い。そのため県は「岩手県医療機器等関連産業イノベーション創出戦略」の策定や、「いわて医療機器事業化研究会」を中心とした医工連携・産学官連携による開発支援、取引斡旋、人材育成など、参入支援に取り組んできた。

こうした中、東北発の先端的なライフサイエンス機器の集積拠点の形成を目指して、民間主導の連携組織、「東北ライフサイエンス・インストルメンツ・クラスター」(TOLIC)が結成された。TOLICには東北の企業に加えて、大学などの研究機関や金融機関、盛岡市・岩手県・東北経済産業局などの行政機関が名を連ねている。

HIHに入居している企業の大半はTOLICのメンバーだ。この拠点施設に結集した企業群が、企業間や産学官の連携による新たな製品開発や事業化に取り組んでいるほか、世界市場を視野に入れた海外の医療機器展示会への出展や、県内の高校生・高専生・大学生を対象とした次世代の人材育成などの活動も精力的に進めている。岩手県は2028年の県内の医療機器関連産業の生産額を、コロナ前の2019年の1.5倍にあたる575億円に伸ばす目標を掲げている。

成長産業として位置付けた分野について、中長期的な戦略を策定し、企業間の取引拡大や高度化、産業人材の育成・確保など、産学官金が連携しながら、産業集積の効果を高めていることが、岩手県の産業立地政策の特徴だ。

基礎素材産業の脱炭素化に取り組む山口県

戦前から石炭や石灰石を産出してきた山口県には、戦後、瀬戸内海沿いに三つのコンビナートが誕生した。現在もENEOS、三井化学、帝人、東洋紡、出光興産、UBE、東ソー、トクヤマといった化学や石油・石炭製品、セメント、鉄鋼などの基礎素材産業が多く立地する。また、マツダや三菱重工業などの輸送用機械の大手企業も多く進出し、製造業の一大拠点として発展してきた。

山口県では、新たな産業戦略の指針である「やまぐち産業イノベーション戦略」を掲げ、基礎素材産業などの成長基幹分野、成長加速分野や次世代育成分野に関する、重点的なプロジェクトの振興に注力しているところだ。

しかし、こうした産業の多くは二酸化炭素(CO₂)を大量に排出する。2019年度の山口県の工場などのエネルギー消費に伴う産業部門とセメント製造など工業プロセス部門のCO₂排出量を合計すると70.6%に達する。これは全国の割合と比べるとほぼ2倍にあたる。

CO₂の部門別排出 山口県と全国の比較

日本政府のカーボン・ニュートラルの目標に加え、欧州連合(EU)などを中心に温室効果ガスを大量に排出して生産される製品に対する規制を強める動きもあり、企業は脱炭素化の加速を迫られている。

コンビナートを次世代燃料・素材の供給基地に

こうした状況に対応するため、山口県は2023年に「やまぐち産業脱炭素化戦略」を策定した。エネルギーの需要構造の変革や、イノベーションの加速・成長産業の創出、電動化対応が急務とされる自動車関連産業などの攻めの業態転換・新事業展開などの視点から、脱炭素という困難な課題に取り組み、県経済の成長につなげる方針を打ち出している。

山口県内のコンビナートでは、水素やアンモニアが大量に生成されており、そのハンドリング技術を保有している強みを生かし、こうした次世代燃料の供給基地化を進める。また、排出されたCO₂などを回収・活用して新たな素材などを製造する“カーボン・リサイクル・マテリアル産業”の育成にも取り組む。

民間主導の動きも出てきた。山陽小野田市にある出光興産傘下の西部石油山口製油所では山口県や大学などと連携し、石油精製から脱炭素の技術開発・実証拠点へ転換する構想が具体化している。アンモニアから水素を製造する技術や、温室効果ガスから光合成でアミノ酸を製造し微生物の大量培養技術などを確立することを目指すという。

また、コンビナート周辺の素材加工メーカーには、蓄電池や半導体向けの製品に取り組む地元企業が増えている。県は脱炭素に取り組む企業200社を2030年までに誘致し、低炭素型の成長産業として重点的に育てる目標を掲げている。

こうした構想を実現するため、県は水素・アンモニア・バイオマスなどを取り扱うための港湾施設の機能高度化を官民で連携して進める。山口県産業脱炭素化推進室の吉井明生調整監は「企業連携の促進や研究開発、設備投資への補助金、規制の見直しなどで、県としてもコンビナートが生まれ変われるよう、可能な限り後押ししていきたい」と語る。

次世代燃料の供給基地として期待される山口県の周南コンビナート

政府は「GX2040ビジョン」の策定作業を進めている。2040年を見据えた戦略として、経済成長と脱炭素をともに実現するGXを加速させ、産業構造、産業立地、エネルギーを一体的に議論する予定だ。山口県のこうした取り組みは脱炭素社会をリードする成長産業の拠点となる可能性を秘めている。

広域的な産業発展に不可欠な県や地方経産局の役割

製造業では近年、企業の分業や協業によるサプライチェーンの広域化が進んでいる。岩手県ものづくり自動車産業振興室の小野和紀室長は「企業誘致の一番の主体は市町村だが、サプライチェーンや産業集積の形成は市町村の中だけでは完結しない。県が産業政策の方向性を示すことによって、市町村を超えた関連産業の集積形成に結びつけることが重要」と語る。同時に「自動車や半導体といった分野では、県を越えた広域的な連携を図る必要があり、各地域の経済産業局の役割も大きい」と指摘する。

今年発足60年を迎える「東北地域産業開発促進協議会」の事務局を務めるのは東北経産局だ。東北の県・市や産業支援機関で構成され、域外企業に対する東北地域への立地意向調査や戦略分野勉強会を合同で実施し、自治体の企業誘致活動を支援する。
東北経産局と関東経産局は、組織改編を行い、地域未来投資促進法や工業用水、企業のサプライチェーン強靱化などの産業立地関係の業務を集約した。他の地域でも、半導体や蓄電池の分野で地方経産局が主導する産学官の協議会が発足するなど、国内投資の支援に向けて支援体制が一段と強化されている。

経済産業省では、岩手県と山口県のように、地域特性を生かした産業政策を戦略的に講じる意欲の高い自治体における支援の重点化や、各地域の経産局による広域的な支援などにより、国際競争力の高い産業集積を形成することを目指している。

「東北地域産業開発促進協議会(事務局:東北経産局)」による九州地域への半導体サプライチェーン現地調査の様子

 

【関連情報】

岩手県企業立地ガイド(岩手県)

ヘルステック・イノベーション・ハブ(岩手県)

山口県企業立地ガイド(山口県)

やまぐち産業脱炭素化戦略(山口県)

東北地域産業開発促進協議会(東北経済産業局)

地域未来投資促進法(METI/経済産業省)