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ポーラ及川美紀社長がひらく、ダイバーシティから「個性の活躍」への扉

株式会社ポーラ 及川美紀社長

スキンケアやメークなどのカウンセリングを通じた化粧品の販売やエステサービスで知られる化粧品大手ポーラ。及川美紀社長(54)は2020年の就任後、一貫して「ダイバーシティ(多様性)」と「インクルージョン(包括・受容)」を掲げてきた。性別、年齢、国籍などの違いを尊重し、誰でも仕事に参画・貢献する機会が平等に与えられる企業を目指す取り組みだ。そこには、90年の歴史を持つ「老舗企業」に残る同質性を打破し、多様な社員の切磋琢磨を促すことでイノベーションを生み出し続ける、という明確な戦略がある。就任当時、「初の女性社長」と各メディアで紹介されたことに驚いたという経営者の現在の本音と今後の展望を聞いた。

「女性社長」が驚かれない社会へ、アクション起こしたい

―――社長に就任した2020年、各メディアで「女性社長」と紹介されたことに驚いたそうですね。

「女性が社長になるのはそんなに珍しいのか」と、すごく思いました。企業のトップに女性がなることが世の中の話題になるようなダイバーシティの遅れは、それだけ女性に門が開かれていないことの証し。何とかしなければならないと思い、それまで社内でコツコツやっていた「ダイバーシティ&インクルージョン」をさらに推し進める決意をしました。女性であることより前に、個性や業績が評価され、手腕が期待されて社長になると思うんです。男性だったら「男性社長」とは言われない。

私の強みは組織マネジメントだと思います。ブランド改革もずっとやってきました。おそらくその点が認められたのでしょう。社員のエンパワーメント(能力を十分に引き出せる環境を整えていくこと)を進めて着実に歩むスタイルです。女性社長はまだ少ないけれど、いろんなところにいらっしゃる。その人たちと手を組んで、次の人のために門を開くアクションを起こしていきたいですね。

―――創業100周年の2029年までに女性管理職の比率を50%以上に引き上げる方針を打ち出しておられます。実現に向けてどういう取り組みを実践していますか。

当社の場合、総合職入社の男女比率は50%ずつになっています。なので、同じように育成していけば管理職の数は同数ぐらいになってしかるべきなのです。2023年は少し上がって女性管理職の比率が約36%になりましたが、やっぱり少ない。理由を突き詰めると、一つはライフステージ、出産や育児のところで自分のキャリアを諦めてしまう女性が多い。もう一つ気づいたのが、上司が推薦してこないことです。背中を押さないんですよ。推薦者リストを見ると、自他共に認める「スーパーマン、スーパーウーマン」はリストに入っています。

ただ、男性は「普通に頑張っている人」も入っているのですが、女性は入っていなかったんです。普通に頑張っている人が管理職になることで、個性や才能が花開くことがある。だから推薦することがとても大事です。でも、「彼女には荷が重いから」とか「彼女は妊娠を望んでいるから」といった、ある意味の「優しさ」の裏返しで推薦してこない。これは本人の問題ではなく上司側の問題なのです。そこで、推薦の仕組みを再確認し、管理職に必要な要件も定義し直しました。具体的には、業務的な部分だけでなく「未来志向」「協力する力」といった要件も加えて、より多面的にポテンシャルが見えるように変更しました。合わせて推薦者リストを作成する管理職クラスを対象にバイアスを取り除くべく、研修を実施して意識改革を図りました。これによって、管理職候補者のリストも多様化してきています。その他、全社員を対象にジェンダーバイアスを取り除くために様々な研修も行っています。

社員育成の幅を広げると、会社全体の思考の幅が広がる

―――既に成果が現れていますか。

女性が活躍できる、というのはまだ入り口です。今まで、女性社員の可能性に目をつぶっていたわけですから。でも、最初から「個性の活躍」といってもなかなか難しい。まずはジェンダーの壁を取ることから、ダイバーシティを進めるところから始めています。このところ、管理職試験に挑む人たちの男女比は半々ぐらいになり、バランスが良くなりました。

社員育成の幅を広げることは、会社全体の思考の幅を広げることになります。男女問わず多様な個性を持つ人が互いに切磋琢磨するようになると、会社としての底上げができるのです。ここ数年で、スキルアップ研修に自ら進んで参加する人が2018年で約80人だったのが、2023年には約480人に増えました。また、業務改善・新規事業提案も2020年には60件弱だったのが、2023年には190件を超え、大幅に増加しています。

化粧品は「人の可能性を広げるもの」

―――ポーラは、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む企業を認定する日本最大のアワード「D&Iアワード2023」で最高評価の「ベストワークプレイス」に選ばれました。社内で理解を得ていくため、どんな工夫をしてきましたか。

「なぜ取り組むのか」を分かりやすく発信することに努めてきました。90年続いてきた老舗企業なので同質性が強い。終身雇用で中途採用も少なく、変化も乏しければイノベーションは生まれない。今のポーラには全員が活躍することが必要なのです。そのために、ダイバーシティ&インクルージョンは欠かせません。当社のビジョンは「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ。」です。「可能性を信じられる」ということは、全ての従業員の可能性を信じること、そのためには、誰もがチャレンジできる土壌がなくてはいけない。

化粧品にはもともと人の可能性をひらく力があります。性別や年齢を問わず、肌がきれいになることで気持ちが明るくなる、すてきなメークをすると元気が出て、人に会おうと思う。化粧品を扱う私たちは、そういった共通の価値観を持っているので、社内の理解を得ていくのはそれほど困難ではありませんでした。ただ、「及川さんは女だから女性に優しい」と言われないように、男性の協力者、理解者は必要でした。彼らにはずいぶん助けてもらいました。

及川社長をはじめ取締役・役員と社員が対話できる機会をつくっている(写真は2023年新入社員向け研修会)

コロナを経て、リアルを活かすデジタルを推進

―――コロナ禍で化粧品業界全体に大打撃を受けました。この時期をどう受け止め、コロナ後に向けてどのような準備をしていましたか。

コロナの影響で、「人に会う」「人の肌に触れる」といった、当社が大切にしてきたリアルのコミュニケーションが絶たれてしまった。私たちはこれからどのように仕事をしていくのか、マスクをすれば化粧はしなくていいのか、というところから、化粧品事業の本質や、私たちは何のためにあるのか、という原点に立ち返りました。

化粧品とは、人に見られるからというよりも、自分らしくあるために必要なもの。結局、生活を豊かにする、QOL(生活の質)を上げるために必要なものだ、との結論に至りました。そういうときにお客さまに寄り添って、相談に乗れる人が必要なんじゃないか、そこで出てきたのがデジタルでした。ただ、デジタルを取り入れるのではなく、リアルを生かすためのデジタルのあり方を考えました。お客さまは、全国に約2,700店あるポーラショップや、百貨店、ECサイトなどで化粧品を買ってくださっています。チャネルごとに管理していた顧客情報を統合して、ポーラ全体のお客さまとして、より良い体験をしていただこうと考えました。現在はデジタルでソリューションを提供し、リアルで体験できる近くのショップをご紹介する、というサービスができるようになりました。

―――「ポーラ幸せ研究所」を2021年に設立されました。化粧品会社が「幸せ」を考えるようになったのはなぜですか。

これもコロナ禍で、自分たちの存在意義を見直したとき、企業理念である「美と健康を願う人々及び社会の永続的幸福を実現する」の「幸福」をきちんと定義できているのだろうかと考えた結果、幸せとは何かを研究するために作りました。

実際に、従業員やビジネスパートナー、生活者に対して幸福度に関する調査を行い、調査から分かったことを「幸せにつながる美容ルーティン」や「エイジングを受け入れて幸せに暮らすヒント」などにまとめて、社会へ向けて発信しています。働くメンバー全員が幸せで結果を出すチームの共通点を紹介した本も2023年に出版しました。

ポーラ幸せ研究所が発刊した書籍「幸せなチームが結果を出す ウェルビーイング・マネジメント7か条」の出版記念懇親会で、共著者の前野マドカ氏(左)とのパネルディスカッション(2023年10月、東京・五反田のポーラ本社で)

Japan Beautyを世界にもっと打ち出したい

―――今後の展開をお聞かせください。

エステサービスや化粧品カウンセリングを通じて、「お客さまの豊かな時間」を創造する、という私たちの得意技はそのまま磨き続けます。さらに、お客さまのQOLを高めるには、精神の状態や環境、人間関係なども大事な要素です。こうした、化粧品にとどまらない分野のアイデアを社員がどんどん出していくことで、様々なイノベーションを生んでいきたい。今の時代、自社に閉じこもっていては発想が広がりません。いろんな企業や組織、人とつながりながらアイデアを出し合える関係を作ることを考えています。日本の化粧品は世界に誇る高い研究力を持ち、高機能・高品質・安心・安全です。さらには効果だけではなく、感触やデザイン、香りなどの感性的な価値にもこだわり、大切にしています。美容は外見のみならず生き方にまで影響し、力をもたらすと信じて開発しています。「Japan Beauty」を、もっと世界に打ち出していきたいですね。

「化粧品がもたらす幸せを世界に広げていきたい」と話す及川社長

【プロフィール】
及川 美紀(おいかわ・みき)
株式会社ポーラ代表取締役社長
宮城県石巻市出身。東京女子大学卒。1991年入社。子育てをしながら30代で埼玉エリアマネージャーに。2009年商品企画部長。12年に執行役員、14年に取締役就任。商品企画、マーケティング、営業などバリューチェーンをすべて経験し、20年1月より現職(トータルビューティー事業本部長兼務)。 誰もが自分の可能性をひらくことができる社会をミッションに、パーパス経営・ダイバーシティ経営を牽引している。
https://www.pola.co.jp/

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