政策特集半導体の現在地 vol.5

半導体の大波到来!中小企業もサプライチェーンに食い込むチャンス

半導体産業での活発な投資は、地域経済に大きなインパクトを与えている。建設や不動産、物流、交通、ホテルなど恩恵は幅広く及んでいる。

半導体産業はチップの生産以外にも、設計、原材料の供給、製造装置、組み立て、テストなど工程が複雑で多岐にわたり、サプライチェーンはたくさんの企業の分業によって成り立っている。そこで、これまで縁のなかった中小・中堅企業にもビジネスチャンスが開かれつつある。

熊本「金剛」はアルミ加工で半導体製造装置部品に参入。挑戦の機運高まる

熊本県熊本市に本社を置く「金剛」は、オフィスや図書館などで利用されるハンドル付きの移動棚を主力製品にしている。だが、熊本市の南隣・嘉島(かしま)町にある工場の一角では2023年秋から、移動棚の生産ではほとんど使わないアルミを加工する設備が稼働している。板状のアルミを指定通りの形に曲げたり、切ったりしていく。

納入先になっているのが、これまで取引実績がなかった半導体製造装置メーカーである。

1947年創業の金剛は、半導体産業への参入を決め、製造装置の部品の生産を始めた。アルミを加工している様子(熊本県嘉島町で)

1947年創業の金剛は、半導体産業への参入を決め、製造装置の部品の生産を始めた(熊本県嘉島町で)

金剛は2021年9月、「半導体関連事業グループ」を設置した。ペーパーレス化の加速もあり、移動棚の需要が伸びることは見込みにくいとみて、デジタル化の進展で需要の高まる半導体産業への参入を決めた。その約2か月後に、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町での工場建設を発表するとは、予想もしていなかった。

まずは、電気や信号を伝えるハーネスの生産から取りかかった。知り合いのメーカーと話をしているうちに、移動棚の生産で培った金属加工の技術をいかすことを思いつく。約1億円をかけてアルミ加工設備を導入するとともに、従業員のトレーニングを始めた。

金剛の田中稔彦社長は「半導体そのものではなく、半導体の周辺であれば、中小企業が挑戦できる分野が見つけられます。金属加工では、これまでとは桁違いの精度を求められるなど苦労はありますが、新しいモノづくりをしようという意識が社内で高まってきています」と話す。

TSMC熊本進出を機に九州では投資計画が目白押し。優秀な人材も吸い寄せる

九州は、半導体生産に必要な良質な水が豊富で、広い土地が確保しやすいことなどから、早くから日本の半導体生産の中心を担ってきた。TSMCの熊本での工場建設を機に、関連する設備投資が活気づいている。経済産業省のまとめでは、2024年2月時点で、熊本への進出または設備拡張を公表した企業は56社にのぼる。

半導体関連企業の主な設備投資計画・立地協定 経産省まとめ、JSM進出発表後の公表分

TSMCが熊本で予定している2つの工場建設はいずれも、経済産業大臣によって、「特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律」(5G促進法)に基づき、「特定半導体生産施設整備等計画」に認定され、多額の補助金を受けることになっている。熊本工場を運営するのは、TSMC子会社で複数の日本企業が出資をするJASMであり、その計画を見ると、JASMは「間接材料をローカルサプライチェーンから50%以上購入することを追求する」と明記されている。半導体の製造装置や部素材・原料で大きな需要が生じると見込まれることが、こうした投資ラッシュの一因になっている。

実際、日本政策投資銀行がまとめた「地域別投資計画調査」によれば、九州7県での2023年度の設備投資額(計画値)は前年度実績に比べて61.7%増となっている。これは、1956年の調査開始以降最大の伸び率となっている[i]

労働市場にも変化が生じている。TSMCの月給は大学学部卒で28万円、修士卒で32万円、博士卒で36万円と、全国平均と比べて5万円以上高い水準にある。大企業の相次ぐ進出とあいまって、現地では人材の獲得競争が激しさを増している。

中小企業の中には、人件費の高騰や採用難を不安視する向きもある。ただ、金剛の田中社長は「熊本では何か新しいことができそうだ、給料が上がりそうだという期待を抱いてもらえるようになり、これまでにない優秀な人材が流入している面もあるのです」と話す。金剛では実際、半導体関連の他社へ転職していった人材がいたが、その一方で、2023年春には、地元に縁もなかった首都圏の国立大学出身者が入社したという。

中小企業が“連合軍”。技術力向上、顧客開拓で協力を

2023年秋、熊本県工業連合会に加入する中小の製造業者らが台湾を訪れた。目的は、現地で年1回開いている商談会への参加である。

熊本県工業連合会が台湾・台北市で開いた現地企業との商談会(2023年9月)

熊本県工業連合会が台湾・台北市で開いた現地企業との商談会(2023年9月)

日本側は熊本県内の企業に加え、大分県などから計32社、台湾側は29社と2団体が顔をそろえた。132件の商談が行われ、話題の中心はやはり半導体となった。過去3年間はコロナ禍でオンライン開催だったこともあり、かつてない熱気に満ちあふれていたという。

熊本県工業連合会の会長でもある金剛の田中社長は、現地の商談会に出席して、中小企業同士で連携を組む必要性を改めて痛感した。「中小企業単独では、海外のメーカーにどうアプローチしていいのかも分からないことも多く、商談会は貴重な機会になります。また、中小企業同士が“連合軍”を組んでいくことは、デジタル時代にふさわしいモノづくりの技術力を高めていくためにも重要になっていくと考えます」と語る。

熊本県工業連合会には、九州の他の地域からも台湾での商談会に参加したいという要望が寄せられている。半導体ビジネスの発展とともに、規模の拡大が見込まれる。

政府の強力支援で大型投資が全国で。半導体が日本経済のエンジンに

政府は、国内で半導体を生産する企業の合計売上高について、2030年に2020年の約3倍にあたる15兆円超に引き上げる目標を設定している。それに向け、強力な支援策を打ち出していて、九州以外の各地でも、大規模な設備投資が相次いで計画・実行されている。

政府の支援により動き出している半導体関係の大規模な国内投資案件(経済産業省まとめ)

九州経済調査協会の推計によると、九州では2021年からの10年間で見込まれる半導体関連の投資総額6.1兆円に対し、関連する財・サービスの生産や消費活動までを含めた経済波及効果は20.1兆円にのぼるという[ii]。次世代半導体の国産化を目指して北海道千歳市に工場を建設しているラピダスに関しては、北海道への経済波及効果が2023年度からの14年間で10.1兆~18.8兆円になるとの試算を北海道新産業創造機構がまとめた[iii]。半導体は各地で経済成長のエンジン役になることが期待されている。

半導体産業の競争力向上は、デジタルサービスや自動車、電機、通信などをはじめとする他の産業でもイノベーションを生む原動力にもなりうる。中小企業にとっても、時代の波を捉えることで、成長を加速させる格好の機会になる。

[i] 2022・2023・2024年度 九州地域設備投資計画調査(日本政策投資銀行)
[ii] 九州における半導体関連設備投資による経済波及効果の推計(九州経済調査協会)
[iii] Rapidus株式会社立地に伴う道内経済への波及効果シミュレーション公表について(北海道新産業創造機構)

【関連情報】
▶半導体・デジタル産業戦略検討会議(経済産業省)
▶半導体・デジタル産業戦略(経済産業省)